第弐話:曇天の下で名を問う


 翌日。雲が低く垂れこめる昼下がり。


 山の奥へ続く道を、黑と白哉が並んで歩いていた。

 昨日の約束通り、凛響と奏の落とした財布を探しに来たのだ。風が止むと、湿った土の匂いが濃くなる。


 やがて、木々の隙間から見えてきたトンネルの入口。古びたコンクリートの縁には蔦が絡み、奥は薄闇に沈んでいた。


「……やっぱ、昼間でも空気が違うな」

「まぁ、夜よりはマシじゃが……好き好んで来る場所じゃなか」


 黑が口を引き結び、目を細める。白哉は笑って相槌を打とうとしたが、すぐに何かを見つけて小さく声を漏らした。


「あ。兄ちゃん、あそこ」


 トンネルの手前、柵の脇に二つの人影。昨夜【鬼】に来ていた凛響と奏だ。

 二人はトンネルから距離を取り、落ち着かない様子で辺りを見回している。どうやら、気になって様子を見に来たらしい。


 白哉は笑みを浮かべると、手を振りながら小走りで駆け寄った。黑はゆっくりとした足取りでその後を追う。

 湿った風が頬を掠める――……その時だった。


「こんにちは。お兄さんらも、あの幽霊トンネルに来たん ? 」


 背後から、不意に声がした。低く明るい声。

 振り返ると、赤茶色の髪をした男が立っていた。黒いマスク越しでも、笑っているのがわかる。


「……そうじゃけど、お前さんは?」


 黑の問いに、男は軽く首を傾けた。どこか飄々とした態度で、ポケットに手を突っ込んだまま答える。


「俺も、幽霊トンネルに用があんねん。昨日の夜に見たバラエティー番組で、おもろいもん見てさ。


 それを確認しに来たんよ」

「バラエティー番組……何を見たんじゃ ? 」

「ええ ? ん~髪の長い女 ? 」

「……服装は ? 」

「白いワンピース」


 黑の眉が僅かに動く。赤髪の男は肩を竦め、笑った。


「……俺は、黑じゃ。お前さん、名前は ? 」

經永のぶなが

「え、第六天魔王 ? 」


 その言葉に、赤髪の男……經永の目が細くなる。笑みの奥に、何かが光った。


「んな訳……てか、お兄さん普通の人とちゃうやろ ? 」


 白哉の呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。黑は僅かに目を細めると、經永の問いには答えず再び歩き出した。




 すると、再び風が吹き抜け……――――トンネルの奥から低い音を響かせる。

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