兄妹はじめての異世界生活!
yuyu
第1話 兄妹、異世界で暮らすことになりました―そして訪れる世界の変化
父が病で亡くなり、母と二人きりで暮らしていた美羽にとって、母の再婚は衝撃以外の何物でもなかった。
しかも、その再婚相手の連れ子――悠翔という義理の兄と、これから同じ屋根の下で暮らさなければならない。
「……なに考えてるのお母さん!なんでこんなに早く、知らない男と結婚できるの!」
美羽は荷物を抱え、玄関で声を張り上げる。悠翔の義父が仕事で居ない事を良いことに、美羽は自身の胸の内を晴らすよう、二人を責め立てるのに必死であった。美羽が声を荒らげるのと対照的に、彼女の母はただ俯くだけで、言葉が続かない。悠翔は少し離れて立ち、落ち着いた表情を浮かべている。
「落ち着け、美羽…お義母さんの気持ちも考えてやってくれよ」
美羽はくるりと振り返り、潤んだ目で悠翔をぐっと睨みつけた。
「はぁ? なんで赤の他人がそんなこと言うのよ! あたしのお母さんなんだから! あんたにわかるわけないでしょ!」
悠翔は息を呑み、少しだけ後ずさる。まだ十七歳の少女に、父の死後すぐに再婚した母、そして知らない兄との生活――美羽の怒りは当然だった。
「分かった……でも、俺はみんなで仲良く暮らしたいだけなんだ…」
悠翔の声は、必死さを抑え込んだように低く響いた。
美羽はぎゅっと荷物を抱きしめ、視線を逸らす。
胸の奥がちくりと痛んだけれど、悔しさと混乱が勝って言葉が溢れた。
「……そんなの無理に決まってるでしょ!」
震える声を無理にでも張り上げる。
「だってあたし、お母さんと二人で生きてくつもりだったのに……なんで知らない人と、知らない人の子供と、仲良くなんてしなきゃいけないのよ!」
美羽の視線は冷たく、言葉には拒絶の力が宿る。悠翔もそれに押されながら、ぎこちない沈黙が続く。
「――ごめん」
悠翔は消え入りそうな声で、しかし確かに届くように言った。
「俺……無理に仲良くしろなんて言えない。ただ、ここにいる限り……せめて、迷惑にならないように頑張るから」
その言葉は飾り気がなく、淡々としているのに、妙に重みがあった。
美羽はぎゅっと唇を噛みしめ、返事をしようとして――結局、声にならない。
ただ視線を落とし、胸の奥に渦巻くもやもやをごまかすように、彼女はリビングへと足を運んだ。
朝食の食卓。
トーストをかじる音、コーヒーをすする音、食器がわずかに触れ合う音。
それらがやけに大きく感じられるほど、空気は張りつめていた。
「……塩、取ってくれるか?」
悠翔が遠慮がちに口を開く。
「……」
美羽は視線を逸らしたまま、無言で塩の瓶をテーブルの中央に押し出す。
投げつけるわけでもなく、丁寧に渡すわけでもなく――そのそっけなさが、何よりも雄弁に彼女の気持ちを語っていた。
悠翔は小さく息を吐き、瓶を手に取ると「ありがとう」とだけ言った。
その声には責める響きはなく、むしろ穏やかささえ含まれていたが、美羽の胸には刺のように引っかかる。
学校から帰ったあと、転校から数日が経ったものの、美羽の気持ちはまだ落ち着かなかった。
新しい制服にも新しい教室にも、どうしても馴染めない。
家に帰れば帰ったで、義兄と顔を合わせるのが気まずく、息苦しさばかりが募っていく。
彼女は鞄をソファに放り投げ、台所に立つ母の背を見ながら、美羽は渋々エプロンをつけた。
帰宅早々、「美羽、手伝ってくれる?」と頼まれたからだ。
母の横で野菜を洗いながら、彼女は小声でつぶやいた。
「……なんで、あたしばっかり」
そのつぶやきに答えたのは、母ではなく、居間から顔を覗かせた悠翔だった。
「代わろうか? 俺、やるよ」
「いい! あんたに触られると、余計に落ち着かないから!」
思わず声を荒げる。
「……そうか」
悠翔はそれ以上何も言わず、引っ込んでいった。
包丁の音と換気扇の風の音だけが、再び部屋を支配する。けれど美羽の胸の奥はざわつきっぱなしで、落ち着くことはなかった。
――土曜の朝。
母親と義父は二人で出かけており、家には美羽と悠翔だけが残されていた。
普段ならぎこちない会話で気まずさを紛らわせらる悠翔も、今日は静かにソファに座り雑誌をめくっている。
美羽はリビングのドアの前で腕を組み、ちらりと義兄を横目で睨む。
「……あんた、なんでそうやって落ち着いてられるの?」
悠翔はページをめくる手を止めて、わずかに首を傾げた。
「別に、落ち着いてるわけじゃない。ただ……何していいかわからないだけだ」
「ふーん。だったら話しかけてこなくていいから」
美羽はわざとらしく大きなため息をつき、玄関に向かって歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「外! 二人きりとか息が詰まるし!」
ドアノブに手をかけ、勢いよく開け放った瞬間――美羽の目の前に信じられない光景が広がった。
そこに広がっていたのは、街の景色ではなかった。渦を巻く漆黒。光をも飲み込み、音さえ吸い込むような、底知れぬ“穴”が玄関先に口を開けていた美羽は思わず後ずさる。
「――え……?」
恐怖で体が固まる。慌ててドアを閉めようとしたが、重力に引きずられるようにドアは勝手に揺れ、ガタガタと震え出す。
「や、やめ……やめて!」
美羽はその場にしゃがみ込み、膝を抱えた。
悠翔も慌てて駆け寄る。
「美羽、しっかり! ここから離れろ!」
「う……無理! こんなの……どうなっちゃうの……」
次の瞬間、家ごと世界がぐらりと傾き、空気が渦を巻く。
耳をつんざく轟音と、体を押し潰すような重力――そして、一瞬の光。
気づけば、美羽と悠翔は見知らぬ風景の中に立っていた。
辺りには巨大な樹木が生い茂り、空は鮮やかな紫色。
草の香りも空気の感触も、家の庭とはまったく違う――完全に異世界だった。
「……な、なにこれ……」
美羽は玄関の外に立ちすくみ、声を震わせた。
足元には見たことのない大きな葉が広がり、遠くには紫色に輝く樹木の森がそびえている。
空は淡い青に金色の光が混じり、雲ひとつなく澄み切っていた。
「……間違いない。ここ、俺たちの知ってる場所じゃない」
「そ、そんなの見れば分かるでしょ! どうするの!?」
美羽は振り返り、必死に声を荒げる。
リビングの照明はまだ灯り、冷蔵庫のモーター音も変わらず聞こえていた。
だが、窓の外に広がるのは住宅街でも隣の家でもなく、未知の大地。
「電気も水も動いてる……家ごと転移した、ってことか?」
悠翔は自分に言い聞かせるように呟いた。
「ふざけないでよ! 帰る方法は!? ねえ、どうやって帰るの!?」
美羽は胸の奥に込み上げる恐怖を隠せず、強く言い募る。黙り込んだ悠翔を無視し、美羽は慌ててキッチンに駆け込み、蛇口をひねった。
――水は出る。しかも冷たいまま。
「……嘘でしょ……」
リビングに戻り、照明のスイッチを押す。
蛍光灯がいつも通り白い光を放つ。
テレビも、冷蔵庫も、電子レンジも、すべてがまるで何事もなかったかのように動いていた。
「ありえない……電気も水も、どこから供給されてるのよ……?」
美羽は声を震わせ、思わず悠翔を見る。
悠翔も腕を組み、険しい表情で首を振る。
「外には電線も水道管もない。つまり……家そのものが、こことは別のルールで動いてるってことだ」
「別のルール……? なにそれゲームみたいに言わないでよ!」
「でも実際そうなんだろ。今は使えるけど、いつ止まるか分からない。むしろ“今使えること”の方が不自然だ」
二人のぎこちない義理兄妹関係は、そのままにだが、未知の世界で生き残るためには、協力せざるを得ない状況が目の前に広がっていた。
こうして、美羽と悠翔の、ぎこちない義理兄妹の日常は、一瞬にして非日常へと変わってしまったのだった
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