爪の話

青山アオ

1.ディレクターとの電話

もしもし? あーどうもどうも! 久しぶり!

いやあ、元気? こっちは相変わらずドタバタですよ。秋の編成が押しててさ。

……ああ、急に電話して悪いね。今ちょっと時間あるかなと思って。


でね、実は一個頼みがあって。秋の特番。うちのチームで仕切るやつ。

タイトルはね――まだ仮だけど『秋の夜長 怪談大博覧会2025』。

サブタイトルは“あなたの町の消えない怪談”。

どう? キャッチーでしょ。会議で決まったばっかり。笑


いやあ、夏の怪談スペシャルが思った以上に数字取れたんだよ。

ゴールデンで10%超えたから、編成局長が『もう一本いけるだろ』って。

それで秋もやることになった。ちょっとムチャ振りだよね。

こっちはもうヒーヒー言ってる。だって準備期間ないんだから。


で、思い出したんだよ。あなたのこと。

ほら、前に取材で世話になったろ? 現場慣れてるし、何よりネタ持ってる。

編集長筋からも『あいつなら裏取りもできる』って評判聞いてさ。

いやあ、まさに適材適所だと思ったんだよ。


出演? もちろん。顔出しで。

ただ“専門家”ってより、“現場リポーター”って肩書きにする予定。

今どき大学の先生呼んでも固すぎるし、かといってお笑い芸人だけだと軽い。

その中間に欲しいんだよね。信じてもらえるけど、話は分かりやすい。

そういうポジション。で、あなたピッタリだと思って。


……あ、いやギャラはね、そこそこ出すよ。

二桁まではいかないけど、まあ片手で収まらない程度には。

交通費・宿泊費も制作持ち。地方ロケが入るからね。

うん、ロケ地はね、今リストアップ中。埼玉とか長野とか、北関東もありそう。

地元の古い噂を掘り起こす感じでやる。


で、今回の企画の目玉は“あなたの町の怪談は本当にあるのか”っていう検証コーナー。

ここにあなたを当てたい。

地域の資料を集めて、実際に場所に行って、証言取って……

で、最後はスタジオで語る、と。

分かりやすいでしょ? 視聴者にとっては“怪談紀行”みたいなノリ。


出演者も決まってきてるよ。

俳優の藤堂迅。今いちばん事務所が押してる若手イケメンね。

それからお笑いコンビのスリーピース。あいつら入れるとどうしてもふざけるんだけど、数字持ってるんだよ。

あと、怪談師の黒瀬誠心さん。定番枠。黒い着物で“いかにも”って雰囲気出してくれるから、やっぱ外せない。


この辺で固めて、スタジオ盛り上げる。

で、現場リポートであなたが差し込まれる。

いい塩梅になると思うんだよね。視聴者にとっては“あ、これは本当に調べてきたんだな”って箸休め的な信憑性になる。


……そうそう、演出プランもある程度固めててさ。

最初はスタジオでワイプ抜きつつ、『各地に伝わる未解決怪談』って煽り。

そこからVTRに飛んで、あなたが現地を歩きながら『この町では古くからこんな噂が…』って語るわけ。

で、カメラが墓地や神社の石段とかを抜いていく。夜間撮影もやるかもしれない。

どう? イメージ湧くでしょ?


“嘘くさくならないこと”が肝心なんだよ。

視聴者は敏感だから。『またやらせかよ』って言われたら終わり。

だから、現場で本当に聞いた証言とか、古い資料とか、そういうのをあなたから出してほしい。

ネットのまとめ記事を読み上げるだけじゃダメ。

“現場で掘ってきました”って空気を、テレビの前に届けたい。


ただね、もちろん全部ガチガチにやる必要はない。

多少演出してもいい。ほら、石碑のアップとか、風の音とか、ね。

けど根っこに“これは本当にある話だ”っていう一本筋が欲しいんだ。

それを持って来れるのはあなたしかいないと思った。


で、もし手元にあるなら、ちょっと先出しで教えてほしいんだよ。

どんな話を仕込んでる? 記事にしようと思ってるやつがあるんでしょ?

俺としてはね、“爪がどうのこうの”っていう怪談をちらっと耳にしたんだよ。

知ってる?ああ、知ってるか!

有名なのかな?

あれって本当にネタになる? いや、今すぐ全部じゃなくていい。ちょっと概要だけでも。

いやいや、こっちも探してるんだけど、ネットで出てくるのはバラバラでさ。

『夢の中で墓を掘る』とか『指に泥がついてる』とか、断片しかない。

だから、あんたが一度まとめてくれれば、それだけで番組一本作れるんだよね。


いやあ、本当助かるわ。こういうのは信頼できる人じゃないと無理だから。

現場慣れしてないディレクターが行ったら、まず地元で煙たがられる。

でも、あなたなら話も聞けるし、資料も追える。

だから俺も上に押したんだよ。『こいつなら数字取れる』って。


でね、スケジュールの件なんだけど。

ロケは来月頭からスタート予定。10月2週目までに2〜3本撮る。

編集は詰め詰めでやって、オンエアは10月末。

ハロウィンの週に合わせるんだ。編成からも『そこに当てろ』って命令きててさ。

子どもから大人まで、怖い話を求める時期だろ? だから数字も見込める。


あ、ちなみにスポンサーは飲料メーカーと菓子メーカー。

どっちも“夜更かし需要”狙ってる。

だからCM明けに『怖くて眠れない夜のお供に!』って繋がると最高。

分かるでしょ? 視聴率とスポンサーの相性ってやつ。

だからネタのチョイスも大事なんだよ。

『ただ怖い』じゃなくて『話したくなる怖さ』が欲しい。

翌日、職場とか学校で『昨日の番組見た?』って話題になるやつ。


で、編集部経由で噂聞いたんだよ。爪の話。

あれってなんか不気味だよな。寝てる間に墓場に行って、自分の爪を探すとか……。

で、朝起きたら爪に泥が詰まってる? そういうの。

いや、俺もネットで見ただけだから断片なんだけどさ。

正直、下手な心霊スポットよりインパクトあると思うんだよ。

『夢が現実に影響する』ってフレーズ、強い。

制作会議で口にしたら、全員『いいじゃん!』って乗っかってきた。

だからさ、これはあなたに掘ってもらいたいんだ。


……ああ、もちろん『死人が出た』とかそういうのは言えないよ。

スポンサーが嫌がるし、局も検閲で切る。

でも、体調崩した人がいた、妙な一致があった、くらいなら使える。

そこは上手く料理してほしいんだ。

ね? 分かるでしょ、テレビ的さじ加減。


正直、あなたがどんな話を持ってくるかで、この企画の成否が決まる。

いや、プレッシャーかけるつもりじゃないけど、まあ事実だからね。

こっちは編成局長から『夏より怖くしろ』って言われてる。

夏より怖い秋、そんな無茶あるかって感じだよな。笑

でも無茶を形にするのが俺らの仕事。

だからこそ、あなたの力を借りたいんだよ。


そうそう、さっき言い忘れてたけどさ。

実は俺、この前ちょっと変な夢を見たんだよ。笑

いやいや、怖がらせるつもりはないんだけど……なんかどこかでしゃがんで、土をいじってたんだよな。

で、指先真っ黒になって、『あれ、俺何探してるんだ?』って思ったら目が覚めた。

いやほんと、寝不足でロケ資料漁ってたから、そのせいだと思う。

笑い話だよ、笑い話。


でもさ、そういうのがあると企画的には盛り上がるよな。

『スタッフも実際に怪異に触れた』とか、ほら、ワイドショーで煽れる。

もちろん本番では言わないけど、裏話としてはおいしい。

いやあ、制作ってのは怖がるよりも、どう美味しく料理するかだから。


で、あなたも記事にまとめるんでしょ?

だったら、ちょうど番組とタイアップできるじゃない。

テレビと雑誌で相乗効果、スポンサーも喜ぶし、あなたも名前が売れる。

悪い話じゃないだろ?


……あ、そういえば。

編集部から聞いたんだけどさ、爪の話って本当にみんな同じ内容なんだって?

『墓地で爪を探す』『朝起きたら爪に泥が詰まってる』。

ねえ、これマジ? ネットだと断片的でよく分かんないんだよ。

でもみんな同じなら、ちょっとヤバいよな。

夢って普通バラバラじゃん。

『同じ夢を見てる』って、もうそれだけで怪談として一本立つよ。


いや、別に信じてるわけじゃないよ。

ただ、数字の匂いがするってだけ。


――ま、そんなわけで。

とにかく爪の話、本番で使えるよう、資料とかいろいろ出してよ。

これが目玉になるかどうか、企画の肝だから。

こっちは演出とテロップで盛り付けするから、あなたは素材をしっかり持ってきてくれればいい。


あ、あとスケジュール。来週中に仮台本あげるから、確認お願い。

撮影は10月頭からね。衣装は地味目で、スーツでもカジュアルでもOK。

とにかく“胡散臭くない人”って感じでお願いしたい。

キャラが濃いのは他にいるから、あなたはむしろ普通でいてほしいんだよ。

その“普通”が、視聴者にとっていちばん怖いから。


……何? いやいや、心配しすぎだって。まあありがとう。気にしてくれて。

怪談が本当だったことなんかあったかい?あくまで番組なんだから。

もし本当に変なことが起きたら、それはそれで裏話にできるし。

『あの回は呪われてた』ってネットニュースになったら、むしろ宣伝効果だよ。

スポンサーは嫌がるけど、視聴者は飛びつく。

だからまあ、いいんだよ、そういうのも含めて。


とにかく、頼んだよ。ちょうどいいじゃん。

話題性あるし、イメージ強いし、何より視聴者が『自分も見たことある』って思ったら最高。

再現ドラマも簡単に撮れる。

演出チームもノリノリで『土の指先のアップ』ってコンテ描いてたし。


いやあ、ほんと助かるわ。これで俺も編成に顔立つ。

あなたも名前が売れる。Win-Winってやつだよ。


――よし、じゃあ今日はこのへんで。

また連絡するわ。よろしく頼むね。

……あ、そうだ、最後にひとつ。

あんまり夢の中で土いじるなよ――ハハハ、冗談冗談。


じゃあ、切るね。

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