世界が終わるには、まだ早い。

よっしーよっ君

第一章

プロローグ

 世界が終わるとは、どのようなときだろうか。

 未知のウイルスが蔓延し、人類が滅亡するとき?

 巨大隕石が落下し、地球が火の玉になるとき?

 あるいは、太陽が寿命を迎え、世界が静かに凍りつくとき?

 それとも、異世界の門が開き、魔王が現れるとき?

 ーーいや、どれも違うだろう。


 “天の戦い”。

 それは、大天使ミカエル率いる神の軍勢と、堕天使ルシファー率いる反逆の軍勢との、天界における決戦を指す。

 そして、天の戦いで敗れた堕天使たちは地に堕ち、今度は地上で世界の終末を象徴する最終戦争を始める。

 それこそが、“ハルマゲドンの戦い”。

 全人類を巻き込み、神の軍勢と悪の軍勢とが激突する最終戦争を指す予言だ。

 この戦いは、単なる物理的な破壊ではない。

 それは、世界の意味や歴史の「記憶」の終焉とも捉えられる。故に、世界が終わるとは、


 人類の記憶が消滅したとき


であろう。



 * * *



 「先輩、こっちは終わりましたよー。あとで頭、撫で撫でして下さいね♡」


 警報音がけたたましく響き渡る中、インカム越しに聞こえたのは、場違いなほど甘くほんのりとした声だった。


 「あ、ああ。こっちも片付いた。あとはにーー」


 バンッ!

 俺の言葉を遮ったのは、甘い声ではなく、一発の銃声だった。

 嫌な沈黙がインカム越しに流れ、俺はすぐに叫ぶ。


 「おい、エリル。どうした!?」

 「・・・」


 返事がない。数秒待っても、何の応答もなかった。

 それは、俺が彼女のいる場所へ駆け出そうとしたーーまさにその瞬間だった。


 「あー、先輩すみません。一人だけ、まだ息してたみたいだったので」


 軽い調子の声が戻り、俺は思わずその場で足を止める。

 胸を撫で下ろしながら確認する。


 「そうか・・・で、大丈夫だったのか?」

 「はい。ちゃんと息の根を止めておきました♡」

 「いや、そっちじゃなくて・・・」

 「はい?」

 「さっきの銃声。撃たれたんじゃないのか?」

 「あー、私ですか。全然平気ですよ。この私に銃は効きません。先輩も良く知ってるでしょ?」

 「・・・確かに、そうだったな」

 「はい♡」

 「じゃあ、あとは逃げるだけだ。作戦通り、例の場所で合流しよう」

 「はーい♡」


 通信が途切れる。

 甘い声が消えると、俺は深紅に染まった短剣を一振りし、羽織っている黒コートの内側にある鞘へと静かに納めた。

 足元には、うつ伏せに倒れた男の亡骸。

 俺は振り返ることなく、その場を後にした。


 ーー今、この世の中は、終わりの足元に包まれつつある。

 原因は、世界の終末を望む者たちーー異能を持つ悪の組織 《アルマゲドン》、略して《アルマ》。

 彼らは人間の理性や倫理を“幻想”だと嘲笑い、力による再構築を目論んでいる。

 彼らの狙いは、ただの支配ではない。

 一度、世界を完全に壊し、自らが新たな神として君臨することだ。

 世界の終わりを告げる焔をもって、神の創造を否定し、新たな楽園を築こうとしている。

 放火、窃盗、虐殺、人体実験、拉致ーー

 それらはすべて、終末の鐘を鳴らす“儀式”であり、“宣戦布告”であり、そして“復讐”なのだ。

 だから、俺は戦う。

 名もなき罪なき人々が殺される前に、誰にも気づかれず、俺が“それ”を消す。

 なぜ、そんなことをしているのかって?

 それはーー俺が、どんな標的でも確実に仕留める凄腕の暗殺者だからだ。

 そんな理由でって?

 ・・・いや、もちろん、それだけじゃないさ。ほら、君もそう思うだろ?


 ーー世界が終わるには、まだ早い。

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