紫煙揺蕩う碧い空

@Koribana

第1話

ぼんやりと空を眺める。綺麗な青空に揺蕩う煙が一筋。

こんな天気のいい日は空を眺めながらたばこをふかすに限る。割と終わっている結論に至ってしまっている26歳。

「マジで私、終わってるな」

そんなことをつぶやいてもまわりには誰もいない。それもそのはず、ここはここに赴任してやっとの思いで見つけた私の聖域だから。椅子と灰皿が置いてあるだけの質素な聖域。喧騒から離れてゆったりするにはちょうどいいのだ。

「この仕事、向いてねえなぁ」

高校生と話すのは嫌いではないしむしろ好きな方ではあるけど、前途有望な若者の光に当てられるとこんな私はじゅっと干からびてしまう。結局いつも休み時間になったらたばこに逃げている。どうしてこんなものに逃げているのか、思い出せないけどこの白い筒に結構助けられてきた。

息を吐くと白い煙が立ち上る。目を閉じてちょっと落ち着くとゆっくりと足音が聞こえてくる。この聖域の住人は私一人だけだったはずなのにここ最近は一人増えているのだ。私が望まずとも。

まだ吸える白い筒をぽいっと灰皿に落として煙を消す。


「あ、いた~!」

やっぱり彼女だった。

「柊せんせっ!みーつけたっ!」

なぜかうら若き女子高生に懐かれている私。『保健室の先生』としては生徒に好かれることは悪くないのだけど、この子は役職を超えて明らかに懐いている。

「こんなとこ、あなたの来るところじゃないよ。鬼庭」

鬼庭碧羽(アオバ)。今どきの女子高生っぽい女子高生というかかわいい系の美人、といった感じの生徒だ。

「いいじゃん。せんせだって休憩してたんでしょ?」

「……授業時間にここ来たと思ったんだけどな」

「残念、もう終わっちゃったよ?」

そんなに長くぼーっとしていたっけか。

「そんなにたばこ吸ってたの?健康に悪いんじゃないの?」

「ゆっくり吸ってただけだから」

「私何か気にせず吸っててもいいのに」

「高校生の前でたばこふかす教師なんているわけないでしょ」

「少しくらいいてもいいんじゃないの?」

きょとんとした顔でそんなことを言ってくる。分かってるくせに。

「私の仕事、分かってて言ってるでしょ」

「んー……私のお姉ちゃん?」

「養護教諭!」

「今どきのお姉ちゃんってそうやって書くんだね」

「……分かってて言ってるでしょ」

この子は本当にもう。私のことをお姉ちゃんと呼んで来たり先生と言って来たり……あんまり親密になるのは推奨されないのに。

「だって楓華ちゃん優しいんだもん」

「柊先生って呼びなさい」

「楓華ちゃん」

「あのねぇ……」

いつの間にか腕に手を回されて彼女の頭が肩に乗る。

「こんなすれた大人じゃなくて同級生と一緒にいればいいのにねぇ……」

「みんな部活に行っちゃったもん」

ちょっとだけ間をおいてそう答える。この子は部活にも入らずに……入ってなかった私が言えることでもないけど。

「……碧羽、大丈夫?ちゃんと学生生活送れてる?」

この子が友達と一緒にいる所を見たことがない。もしかして友達がいないなんてことはないだろうか。

「私?大丈夫だよ」

「困ったらいつでも言うのよ?」

「なんか先生みたいだね、楓華ちゃん」

「先生なんだけど……あなたも最初先生って言ってたでしょ」

「えぇ~そうだっけ?」

なんかごまかされた気もするけど本人がそう言うなら一旦ほっといてあげるべきな気もする。出会った頃は楓華先生って言ってくれていた気もするのになぁ。

「先生の匂いっていいよね……」

「何よ藪から棒に」

「すごい私好みの匂いがするんだよね~」

私の腕をぎゅっとしていたと思ったらすんすんと私の服の匂いを嗅いでくる。私なんてたばこの臭いくらいしかしないと思うけれど。

「ちょっと……どうして脇の匂い嗅ぐのよ」

「先生なのにノースリーブなのは挑発的なんだもん。いい匂いだよ?」

「最近気温上がってきたんだからやめてよ。汗臭いでしょ」

「だーめっ」

そう言って私の腕を上にあげさせてさらに匂いを嗅いでくる。ほんの少し汗ばんだ脇に風が当たって涼しいけど恥ずかしい。

「ちょっと、恥ずかしいからやめて。誰かに見られたら……」

「誰も来ないよ。ここ。楓華ちゃんいっつも一人でたばこ吸ってるじゃん」

「誰か来たらどうするの……!」

「保健の授業、って言えばいいんじゃない?」

小悪魔的な笑みを浮かべている彼女。本当にいたずらっ子なんだから。こういうところはいつまでたってもつかめない。

「もう……!」

いつまでの碧羽のペースに飲まれるわけにもいかずとりあえず立ち上がる。

「あれ、保健室帰っちゃうの?」

「いつまでもこんな不健康な場所に教え子をいさせるわけにいかないでしょ」

「あは……先生ってやさしいねぇ」

「当たり前。ほら行くわよ」

彼女の手を引いて保健室までの短い距離を歩く。ちょっとだけ彼女の手が湿っていたのは暑いせいだろう。

「わ、涼しい。エアコンもうつけてるんだ」

「除湿をつけてるだけよ」

机の上においてあるうっすらシトラスの香りがする制汗剤を軽くスプレーする。たばこの臭いを薄れさせるのにも結構便利で助かっている。そして椅子に掛けておいた白衣を着ていつものスタイルに戻る。

「そう言えば楓華ちゃんって新しい喫煙所って行かないよね。どうして?」

「人が多いから」

「他の先生苦手なの?」

「別にそんなことないわよ。ただ肩に手を回されたり飲み会に誘われたりめんどくさいだけ」

「それって苦手ってことじゃ……」

「たばこを吸う時くらい一人でゆっくりしたいもの。生徒について話したかったら職員室でいいし……人のたばこの臭い、苦手なのよね」

「なんか楓華ちゃんって変わってるなぁ」

この子に言われたくはない。いや、今どきの高校生ということで考えればイヤリング付けたりアクセサリーを付けるなんて当たり前だろうけど、保健室に入り浸って私と毎日話すなんてちょっと変わっている。カウンセリングも仕事だし否定はしないけど。

「普通の保健室の先生よ。お茶でも飲む?」

「飲む~」

いつも放課後1,2時間は彼女がくつろいでいるので慣れたものだ。落ち着くように紅茶を淹れてあげる。

「楓華ちゃんのお茶、落ち着くなぁ」

「ただのティーパックよ」

「じゃあ楓華ちゃんと一緒にいるからかな?」

「からかわないの」

いつもの通り他愛のない話をしたり宿題を見てあげたりと一般的な先生と生徒をする。

「先生が担任だったらいいのになぁ」

「そんなこと言わないの。担任の先生がかわいそうでしょ」

確か碧羽の担任は体育系のさわやか教師だったか。一瞬名前も思い出せないのは少し申し訳ない。

「かわいそうじゃないよ。私あの人苦手だもん」

「あら……そうなの?」

「なんか優しさの裏になんかありそう」

「変なことはしないと思うけど……まぁ無理して話す必要もないわね」

そう言えばちょくちょく私のことを食事に誘ってきてたなあの先生。暇なんだろうか。

「でしょ?」

「だからと言っていつでも私のところに居ていいわけじゃないのよ」

「えっ……私ここに居ちゃダメなの……?」

急に信じられないといったような顔をする。

「そんなこと言ってないでしょ。要は頻度の問題よ」

ずっとここにいたっていいけど、若いうちから他人との付き合いをめんどくさがるとあとでろくなことにならない。

「いーじゃん。どうせ人いないし」

ちょっとすねたようにほっぺを膨らませる。ちょっとかわいい。

と、そんな話をしてたら保健室の引き戸を開いて生徒が入ってくる。

「楓華ちゃんせんせ~ぶつけちゃった~」

どうやら部活で怪我をしてしまったらしい。いつものことだし手早く処置をする。

「あんまり無茶しちゃだめだからね?」

目の前の体操着を着ている子はたまに怪我をしては保健室に来る娘だ。ドジなのかわからないけど他の子と比べてケガが多い気がする。気を付けてほしい。

「いやぁ大会近くなくてよかったよ~」

「あと、楓華ちゃん先生じゃなくて柊先生って呼んでね」

「はーい。楓華ちゃん先生~」

私、もしかして生徒に舐められてる?いや、親しみやすいんだろうか。うーん……。

「じゃあね、楓華ちゃん先生!ありがと~」

手当てが終わったら嵐のように彼女は帰って行った。生徒とのかかわり方を考えるべきかもしれない。

「……あの子帰った?」

後ろの方から碧羽の声が聞こえる。

「なんてとこに隠れてるのよ」

いつの間にかカーテンの影に隠れていた。見た目ギャルなのにすごいギャップがある。

「……あんまり人に会いたくないから」

不思議な娘だ。私に会うのはいいのか。

「まぁいいけど。一応聞くけど本当に悩みはないの?」

「ないよ」

間髪入れずに答えるあたり何か隠してそうだけど言いたくなさそうだし聞かないでおくか……。


「そろそろ帰るね」

「気を付けて帰るのよ」

結局今日も日が落ちるまで二人で話してしまった。いつものことだけどこんな遅くまで私と話して楽しいのかしら。

「分かってるよ。楓華ちゃん」

「柊先生」

「はいはい、柊先生~」

手を振って見送る。部活も終わってぱらぱらと生徒が帰ってるし私も仕事をさっさと片付けて帰ろう。

さっさと帰ろうと考えていたのに家についてみれば時計は2100。碧羽と話してるとなんだかんだ楽しくて仕事を忘れてしまう。社会人としてこれはどうなんだ……。

「明日はもっと早めに終わらせよ……」

薄着に着替えて冷蔵庫から缶チューハイを取り出して晩御飯を食べる。酒もたばこもいつの間にかやめられなくなってしまった。保険医がこれでは世も末だ。

「マジで向いてねぇ……」

ちょっとだけ散らかっている部屋を眺めながらぼやく。休みになったら掃除しようか、なんてことを想い続けてはや数ヶ月。私ってもしかしてズボラ?



けたたましくアラームが鳴る。これがないと起きれない。

「朝……?うるさ……」

私、鬼庭碧羽の朝はだいたい不機嫌から始まる。せっかく気持ちよく寝ていたのに不快音で叩き起こされるのだから当然だ。手を伸ばしてスマホのアラームを切る。時刻は06:31。

「……顔洗ってご飯食べるか」

ゆっくりと起き上がって洗面所へ向かう。途中パンをオーブンに入れたし顔洗い終わったら焼けてるだろう。

「つめたっ……」

お湯と間違って水を出してしまった。はぁ……こういう小さいところがついてないとテンションが下がる。

幸い、パンは焦げずにいい感じの焼き目を付けていた。顔を洗うまでは死ぬほどめんどくさいのに洗った後はあまり後悔がないの、少し不思議だ。冷蔵庫からジャムとサラダチキン、野菜ジュースを取ってリビングに戻る。

「いただきます」

いつもと変りばえのしない朝。適当に流した動画はおいしそうな料理を作っている。家族一緒に食卓を囲む、なんていつ以来ないだろうか。というか前に家族に会ったのは何時だっけ。進級した時も姉以外は連絡なんてくれなかったし。元気にしてるかな。

「……まぁいっか。ごちそうさまでした」

最後にサプリメントを飲むヨーグルトで流し込む。時計を見るともう7時を回っていた。そろそろ行く準備をしないと間に合わない。と言っても荷物は普段と変わりないし制服を着るだけ。

ブレザーに腕を通してきちっと真面目な碧羽が演じられてるかをチェックする。髪を染めないで少し伸ばして物静かにしてると真面目にみられるからチョロい。

「よし……っ。跳ねてもないし大丈夫そう」

学生らしいバッグに財布とアクセサリーをしまって家を出る。

「行ってきます」

誰もいない部屋に向かって呟く。

いつもの通学路、いつもの駅、いつもの地下鉄。一緒に行く友達もいないし面白みのない時間。多分みんな私と同じような人ばっかりだろう。スマホをいじりながら歩くまわりの知らない人を見ながらそんなことを考える。一人には慣れた。

教室に行ってもそれはほとんど変わらない。誰かと話すこともないしスマホを見るか本を読むかの二択。

「おはよ、碧羽」

そんなつまらない時間も彼女が来れば少しはましになる。

「ん、おはよ」

彼女は一ノ瀬成実。クラスで私が唯一と言っていい心を許せる相手。ちょっと派手な子で私とはタイプが違うけどいい子だし、一緒にいて割と落ち着く。

「今日も仏頂面だねぇ」

「何もなかったら私だって表情の動かし様がないでしょ」

「私は今日も碧羽に会えたから幸せだよ~?」

本当に彼女はこういう事を平気で言う。別に私だって彼女に会えてうれしくないわけじゃないがここまで分かりやすく微笑むことはない。かわいいし優しすぎないか?

「……私だって嬉しいけど。表情に出ないだけ」

「スマイルだよスマイル~ほら口角あげて」

ほっぺをつついて私の口角を上げようとする。

「ちょっと……!もう、やめなさいって……」

「ほらほら笑って~」

今度は後ろからほっぺたをマッサージしてくる。ほのかに温かい彼女の手のおかげでちょっと気持ちいい。正直、構ってくれるおかげで救われてるところもあるかもしれない。そんなことを考えてたらチャイムが鳴った。

「ほら、席に座って!鳴ったよ!」

「おしいな~……またあとでやるからね~!」

何とか彼女を席に返すことに成功した。





「ねぇ、楓華ちゃんって学生の時はどんな生活してたの?」

「何?藪から棒に。普通の学生生活を送ってたわよ?」

「普通……意外と生足出してまわりの男子勘違いさせてないの?」

「どういう印象!?」

私ってそんなふうに見られてたの!?雰囲気柔らかく生活しているはずなのに……。

「だって、今日の楓華ちゃんちょっと派手じゃない?」

「え?あぁ……今日はちょっと合コンに誘われてね」

「えっ!?」

「な、なに急に大声出して」

そんな驚くようなこと言っただろうか。今どきの子は彼女彼氏作るのでも合コンと称して集まるらしいと聞いたのに。

「楓華ちゃんも合コン行くんだね……」

「言っても人数合わせなんだけどね」

「人数合わせ、って言う割には足出して……」

彼女のちょっとひんやりした手が私の太ももをなぞる。

「人数合わせ、って言う割にちゃんと彼氏作りに行こうとしてない?」

太ももをなぞりながらにやぁっと笑う碧羽。ちょっとこの子小悪魔的過ぎる。

「……いいでしょ。最近知り合いが結婚してちょっと幸せそうだったし。彼氏なんて大学生の時に少しいた以来だし」

「楓華ちゃんもそう言うこと考えるんだぁ」

「当たり前でしょ」

「私も彼氏作ろうかなぁ」

「いいんじゃない?碧羽、かわいいし。でも健全なお付き合いをしなさいよ?」

高校生の内からそんなことはないと思うけど今どき経験率的に若気の至りで一線超えることはありそうだしそこだけは気を付けてほしい。

「大丈夫だよん。楓華ちゃんみたいに酔わせて一発狙うみたいなのはしないし~」

「人聞き悪いわね!」

「わぁ怒った~!」

本当にこの子は……かわいいから許してしまうけど。

「先生こそ気を付けるんだよ~!じゃあ、私も予定あるから帰るね!」

「はいはい。気を付けて帰るのよ」

まだ夕方だから校内はほんのり騒がしい。早く仕事を終わらせよう。




私は急いで帰って私服に着替えた。早くしないと楓華ちゃんが学校を出てしまう。いったい誰だ楓華ちゃんを合コンに誘ったやつは……。

「……よしっ。これでバレないはず」

全身暗めの色でまとめて目立たないようにする。鏡で軽くチェックしてスマホと財布だけ持って急いで出かける。

走って学校まで付いたころには日は落ち始めていた。保健室を外から確認するとまだ電気がついている。

「よかった……」

窓から明かりが消えるのを十分くらい待ってから校門を張っていると彼女が出てきた。やっぱりいつもよりかわいい。

「……何でこんなことしてるんだろ」

自分でもわからないけど楓華ちゃんに彼氏ができるとなんかちょっと嫌だ。きっと彼氏ができても私にやさしくしてくれるだろうけど。

駅の方まで歩いていく彼女の数十メートル後ろから追っていく。多分駅向こうの飲み屋街に向かうと思う。駅を通り抜けていく時、何回かナンパされていた。そのたびに出ていこうとしたけど彼女は軽くあしらって足早に抜けて行ってた。流石に流されないのは先生、ということだろうか?

ステンドグラス前で集合していたみたいで、楓華ちゃんが一つ集団に近寄っていく。派手目の女、いけ好かない男数人の集まりだ。人数合わせ、って言ってたけど正直一番かわいいしスタイルがいい。

「……は?」

なんか流れるように肩に手を置いてる男がいる。許せない。あのチャラ男……。思わず声が漏れてしまった。

どうやら楓華ちゃんが一番最後に来たみたいで彼らは移動を始める。夜の商店街は人が本当に多くて一瞬見失いそうになった。数分歩いて商店街に面した雑居ビルみたいなところの飲み屋に入っていく。流石に中までは入れないし……と思っていたら対面のビルにカフェがあった。しかも外を見やすい窓際の席まである。

「あそこで監視するか」

どうせ二時間くらいは出てこないだろうしフラペチーノを頼んでケーキも付けちゃおう。とは言えあの(恐らく)個室で彼女が卑しい獣に襲われてないか気が気ではない。私達の保健室の先生にはあんないけ好かなそうな男と付き合ってほしくない。……そう考えると私って思ったより楓華ちゃんが誰かと付き合うの嫌なのかもしれない。

暇を持て余していたら時刻はもう2200過ぎ。高校生が出歩いてていい時間ではない。

「いつまで飲んでるのよ……!もう……!」

すっかりフラペチーノもケーキも無くなった。人通りも段々減ってきた。なのにまだ誰一人として出てこない。ふしだらな。

というかそろそろこのカフェも閉店の時間だし。早く出てきてほしい。そんなことを思っていたらべろべろに酔っぱらった女が出てきた。この女、楓華ちゃんと一緒にいた女じゃないか?やっと出てきたし私もカフェを出て通りの反対側から監視をすることにする。

「……ちゃん、酔いすぎじゃない~?」

そんな声が聞こえる。確かに見た目べろべろだし顔も赤い。と思ったら楓華ちゃんも降りてきた。壁に手を付けながらふらふらと降りてくる。あの女より顔赤いし大丈夫かな……。

「は……?」

そんな彼女を支えるようにチャラそうな男がベタベタ触ってる。しばらくすると二人組で続々解散してって最後に楓華ちゃんとチャラ男が残った。

「大丈夫?どこかで休む?」

「んぅー……帰るぅ……」

「でも歩けないんじゃ帰れなくない?そこらへんで休む場所あるし……」

近づいていくと怪しい話が聞こえてくる。

「ほら、肩貸すから。行こ行こ?」

「……行くぅ!」

楓華ちゃん……?とんでもない声が聞こえた。と同時に私の体は動いていた。

「お姉ちゃん!何やってるの!」

「えっ?」

二人の前に現れる。

「楓華お姉ちゃんこんな時間まで何してるの?帰るよ!」

「あれ、妹さん?」

「碧羽ぁ……?」

「すいません。お姉ちゃんがご迷惑をおかけしたみたいで。それでは失礼します」

楓華ちゃんの体を引っ張って私が支える。あっけにとられてるチャラ男。

「あー……駅まで送ろうか?もう遅いし」

「いえ、タクシー拾うので大丈夫です」

さっさと彼女を連れてその場を離れる。これ以上絡まれるのも面倒だ。全く手のかかる人だ。お酒の匂いが臭いし、重い。幸い、さっさとタクシーは拾えた。

「えーっと……ここまでお願いします」

ごめん楓華ちゃん。お財布から身分証借りちゃった。勝手に見てごめんね。ていうか結構近所に住んでるんだ。ふぅん。タクシー代は私がとりあえず出した。高くもなかったし。

「ほら楓華ちゃん。おうち着いたよ~?鍵どこ~?」

「ここぉ……」

そう言ってバッグから鍵を渡してくれる。かわいいキーホルダー付きでかわいい。彼女の部屋は7階らしい。

「ただいま~……。ほら靴脱いで楓華ちゃん」




頭が痛い。目を開くと見知った白い天井だ。昨日飲み過ぎたことしか覚えてない。

体を起こすと昨日着ていた服が椅子に掛けられている。しわにならないように脱いだ私、えらい。

「マジで頭痛い……こんなに飲むんじゃなかった」

昨日どれくらい飲んだか正直覚えてない。何でこんなになるまで飲んじゃったんだろう。単純に合コンがつまらなくて飲み食いだけしてた気もする。

「……水飲も」

ベッドから降りようとしたら腰に何かが引っ掛かっている感覚がある。

「んぁ……?」

なんか聞き覚えのある声が聞こえる。目線を落とすとそこには私の教え子がいた。それと同時にサーッっと血の気が引いていく音がする。嘘、でしょ?私、酔った勢いで教え子に手を出したの?彼女も私も下着で寝てるし。

「あ、碧羽……?」

「……あ、楓華ちゃん……起きたぁ?」

「何でここに……ここ私の家よね?」

目をごしごしこすりながら私の腰から手を放す。

「……昨日はちょっとびっくりしちゃった」

ちょっと頬を赤らめてそんなことを言う碧羽。ちょちょちょっとまって。

「昨日私お酒飲んで……それで……」

「たまたま通りかかったら楓華ちゃんがべろべろになってたから介抱してあげたんだよ?」

「そ、そうなの……?」

「ほら、こんな感じで可愛かった~」

そう言ってスマホをササッと取り出して何やら動画を見せてくる。と思ったら見覚えのある顔が真っ赤になって戯言を吐いていた。

『あはぁ~酔っちゃったよ碧羽~』

『はいはい、服脱いで。しわになるよ』

『んぇ……脱がして~?』

なんだこの酔っ払い。介抱してくれた教え子に対して、はだけた姿で手を広げている。バカなのか?

『も~……しょうがないなぁ』

『ん~……碧羽好きぃ』

『……!?今のほんと?』

『ほんとほんとぉ~』

『じゃあまた遊びに来ていい?合鍵も作ってお世話してあげるから』

『ん~……おっけぃ!』

「っていう事だから」

「えっ?」

「これからよろしくね」

過去一で可愛い笑顔を振りまいてくれる。どういう事?

「だ、だめでしょ!教師の家に生徒が入り浸るなんて……!」

「え?私は楓華ちゃんの家に遊びに来るんだよ?先生の家じゃなくて」

ああ言えばこう言う……。

「そんな言葉遊びしたって事実教師と生徒なのよ!」

「はぁ……。こんなことまでしておいてよく言うよね」

ため息をついた彼女はある写真を見せてくる。そこには下着姿で彼女を押し倒しているような、襲っているようにも見えるような写真があった。

「強引にしてきたくせに。ちなみにうちのローカルにも残ってるからこれだけ消しても意味ないよ」

「い、いつの間に……」

「こんな写真が出回ったら楓華ちゃん、さぞ困るだろうなぁ~」

いつもの小悪魔的スマイルが現れる。今日に限っては本当に悪魔かもしれない。

「こ、こんなの証拠に何て……」

自分で言いかけて思った。だめだ普通に私が捕まる。

「ん~?何々~?」

「……分かったわよ。好きなときに遊びに来ていいから、その写真は……!」

「分かればいいんだよ、楓華ちゃん」

作戦通りという感じで笑う碧羽。また頭が痛くなってきた。

「……水飲んでくる」

「いってらっしゃ~い」


水を飲んで一息ついて、トイレで用を足そうとしたときふと違和感があった。私、こんな勝負下着みたいなの履いていったっけ。

「いつもと一緒の履いていったと思うんだけど……あっれぇ……?」

首をかしげながらトイレを出て手を洗うと、キッチンに碧羽が立っていた。

「あ、キッチン借りたよ。簡単に朝ごはん作っちゃうね」

「ありがとう……」

何から何までさせてしまっている気がする。情けない。

「そうだ。楓華ちゃんの脱いだ下着ネットに入れておいたからね」

「そうなの?ありがとう」

ん?脱いだ下着?

「にしても意外と派手なの持ってるんだねぇ」

「ちょっと待って!?いつ脱いだの!?」

「え?寝かせてあげようとしたらトイレ行く~って言うから待ってたら下着脱ぎ捨てて帰ってきたから……」

「う、嘘……」

そんなはしたないことまでしたのか。もうしばらくお酒を飲むのはやめよう。

「大丈夫。綺麗だったよ」

顔から火が出そう。教え子にそんなところまで見られるなんて。

結局碧羽に作ってもらった朝ご飯を食べながら忘れようとしたけど忘れようとするたびにどんどん恥ずかしくなってきた。



それから季節は進んで秋の雰囲気が漂ってきた。あの日以来、碧羽はちょくちょく家にやってきてはご飯を一緒に食べることが増えたし、保健室に来る時間も増えた気がする。

今日は秋晴れ、と言った陽気か。いいタバコ日和だ。いつもの通り誰もいない快適な場所で火をつける。すーっと息を吸って空に向かって白い煙を吐く。

「はぁ……このくらいの気温が一番過ごしやすいなぁ」

空を見上げれば青い空が広がっているし、まわりには誰もいない。と、思っていたら少し離れたところから誰かが近づいてくる音がする。こちらまでは来ないみたいで角を曲がったところで止まったみたい。危ない、私のオアシスが侵されるところだった。

「ふぅ……」

どうやらそこにいるのは男子生徒みたい。気合いを入れているのか緊張しているのか息を吐いている。まさか……?今どきこんなことってあるのか?今更だけどあまり生徒のプライベートに関わりすぎるのも良くないしもし告白しそうになったら退散しなきゃ。

一応まだ吸えるたばこをぐりぐりと揉み消しておく。しばらくするとどうやら相手が来たらしい。

「あ、先輩。それで何の用ですか?」

もしかしなくても予想は当たってしまったみたい。

「実はな、一つ伝えたいことがあって……」

これ以上聞くのはやめておこう。少し気になる声だった気もするけどまぁいい。おとなしく保健室に戻ることにする。


それから1週間くらいして。いつものように碧羽は保健室にいた。

「ねぇ楓華ちゃん」

「どうしたの?」

「楓華ちゃんって告白されたことってある?」

「んー……何回か、学生時代にあるかなぁ」

1,2回お付き合いに発展することもあったけど、結局いまいち楽しくなかったなぁ。

「告白されたときって嬉しかった?」

「うーん。こっちはあんまり知らないから驚きの方が多かったかなぁ」

「そっか……そうだよね」

ちょっと物憂げな表情を浮かべる碧羽。珍しいこともあるものだ。

「どしたの?好きな子でもできた?」

「んー……まぁ近いかな」

あの碧羽に好きな人とは。本当に珍しい。そんな気配少しもなかったけど確かに年頃の子だし当たり前か。

「応援してるわ。がんばってね」

「……ん。ありがと。今日はもう帰るね」

「気を付けて帰るのよ~」

いつもより早い帰宅。いつもここにいて青春らしいことしてる姿を見られなかったからちょっと微笑ましい。



今日はいつもより早く出てしまった。あれ以上あそこにいるとぼろが出そうだったし。

それにしてももう1週間も経ったのに振ったときのあのショックそうな顔が頭の隅から離れない。悪いことしてないのに悪いことしたみたいな気持ちになる。先輩のことは正直少ししか知らないし、そんな状態で付き合おうだなんて思えない。確かに顔はかっこいいかもしれないけど面食いじゃないし。楓華ちゃんよりいい人がいない。

「はぁ……」

靴箱を開くとファンレターが入っている。土日を挟んでから入るようになってきた。どうせ中には罵詈雑言しか書いてないだろうし置いて帰ろう。

「気分転換したいな……」

空は澄んでるのになんかもやもや。


それからしばらく、1,2週間くらいずっともやもやしながら過ごしていた。唯一の癒しは楓華ちゃんのところだけ。相変わらずファンレターも届いている。たまに読むと内容が段々過激になってる。殺してやるとか、覚悟しろとかお前のせいだとか。と言ってもまだ危害を加えられたりはしないけど。


トイレの鏡で軽く髪を梳かしていると後ろから数人入ってくる。女子って集団で行動するの本当好きだよね。と、思っていたら私を取り囲むように集まってきた。

「な、何?」

「あんたなんで昨日来なかったのよ」

「え?」

「手紙見てないなんて言わせないわよ」

「あ、あー……」

そう言えばここ二、三日一通も読んでなかった。

「ごめん、読んでない」

「は?」

いきなり乾いた音と頬に刺激があった。叩かれた?

「えっ……?」

「あんたのせいで先輩が調子崩して大会出られなかったのよ」

「……?何の話?」

「とぼけるのもいい加減にしなさいよっ!」

次はお腹に衝撃が来た。思ったより痛い。うずくまったところで髪を掴まれる。

「ちょ……っと!痛い!」

「あんたが先輩を振ったせいで……!あんたごときのために……!」

お腹を蹴られる。ほんとに痛い。

「……謝りなさいよ」

「な、何を謝るのよ……何もしてないわよ、私……」

無駄な反骨心を今ほど憎んだことはない。この発言の後また叩かれた。蹴られた。

「もういいわ。あれ、するわよ」

しばらく暴行を受けた後、個室に連れて行かれた。体が痛くて抵抗も出来ない。そして、いきなり彼女たちは私の服に手をかけてきた。

「ちょ、ちょっと……!?」

声を上げるだけでまた叩かれる。力を振り絞って抵抗しようとしたら今度は腕を掴まれて身動きが取れない。しばらくしてカシャっと撮影音が響いた。

「この写真バラまかれたくなかったら言うこと聞くことね」

そこには力なく座っている局部を晒した私がいた。学生証まで丁寧に映っている。写真を撮って満足したっぽい彼女たちは扉を閉めてどこかへ行ってしまった。


この日を境に、突然日常は暗転した。




最近、碧羽が来ない。別に保健室に毎日来るように言ってはいないし問題はないんだけどいつも来ていただけに少し心配。

「はぁ……」

煙草をいつもの通り吸っても少しもやもやする。もう三本目、普段だったらこんなに吸わないのに。

「なんでだろうなぁ」

流石に吸い過ぎた。保健室に戻ろう。

「あ、楓華ちゃん」

保健室に戻ってみるとさっきからずっと考えていた子が座っていた。ジャージで。

「碧羽、どしたのその恰好」

「あはは……掃除中に水被っちゃってさ、そこのジャージ勝手に借りちゃった」

「ちょっと……寒くなってきたんだから気を付けてよ?風邪ひいちゃうわよ」

髪も軽く塗れているしタオルで拭いてあげる。

「風邪ひいたら楓華ちゃんちで看病してもらおうかな」

「すぐには休めないんだからそういう事しないの」

軽く乾かしてあげて梳いてあげるといつものサラサラの髪が復活する。

「それにしても最近来てなかったけど忙しかったの?」

「あー……うん。ちょっとね」

ちょっと話しにくそうにする碧羽。もしかして前話していた恋バナ系のあれだろうか。

「あんまり無理しちゃだめよ?急に顔見えなくなったら心配になるし……」

「……あは。楓華ちゃん優しいね」

「当たり前でしょ!先生なんだから」

大事な生徒のことなんだから心配くらいする。当然だ。

「今日は……ちょっとゆっくりしてってもいい?」

「いいわよ。お茶、淹れるわね」

久しぶりにカップ二つを使う。ちょっとしたお茶菓子もつけちゃう。


結局日が落ちるまで一緒に話していた。久しぶりに彼女とこんなに話した気がする。

「楓華ちゃん、今日はそろそろ帰るね」

濡れていた制服がちょうど乾いたし帰るにはちょうどいい時間か。

「気を付けて帰るのよ。この時間でももう暗いんだから」

「うん。気を付ける」

やけに素直な碧羽。ちょっと拍子抜け。いつもなら何か言い返してきそうなものなのに。

「そうだ、楓華ちゃん」

「何?」

部屋を出ようとした碧羽がこっちを向かずに尋ねてきた。

「楓華ちゃんは、私が困ったら助けてくれる……よね」

「当たり前でしょ」

「……えへへっ。じゃあ、帰るね!」

「また明日ね~」

なんだろう。不思議なことを聞いてきて。



その日以来、碧羽はまた来るようになったけどそれとは別に校内でちょくちょく見かけるようになった。

あるときは放課後女子の集団と一緒に帰る姿。またある時はお昼時に数人の女子と一緒にいるところ。なんか友達増えたみたい?で傍から見るといい感じだ。担任の先生と話した時にはなんか派手になった、とか少し遅刻が増えた、とかサボりが増えたなんてことも聞いたけど。生活リズムが不安定になったのかな、なんてことを思う。私のところに居る時は普通なのに。

そんなこともあって最近ほんのりと碧羽のクラスの近くの様子を見に行くことにした。と言っても今日は碧羽、もう帰っちゃったみたいだけど。教室に残っている子にそう聞いた。仕方ないしついでに上層階に荷物を運んでおこう。

「重い……」

なんで私がこんなものを持って行かなきゃいけないんだ……。ただでさえ体力ないのに。私家庭科室の担当じゃないのに……!。

「勘弁してよね……!」

せめて台車を使わせてほしかった。いったん荷物を置いて鍵を開けて指定された場所に荷物を置く。

「疲れたぁ……」

いつも家庭科の先生にはお世話になってるしこれくらい大したこともないんだけど本当に疲れた。

すぐ鍵を閉めて家庭科室を出る。鍵返して保健室でゆっくりしよう。

「って……あれ?」

奥の方で誰かがたそがれている。

「ちょっとー?こんな暗いところで何してるの?」

こちらを向いたその生徒は私のよく知ってる生徒だった。

「ふ、楓華ちゃん?」

「碧羽?なんでこんなとこでたそがれてるのよ」

「べ、別にいいでしょ」

「それになんでブレザー脱いでるのよ。寒いでしょ」

「それは……」

「碧羽ちゃん持って来たよ~」

後ろから女子生徒がブレザーをもってこちらに走ってくる。なんだ、ちゃんとあるじゃない。

「あ、ありがとう」

「じゃあほら、行こ?楓華ちゃん先生また明日~」

碧羽にブレザーを着せたと思ったら足早に去ろうとする二人。ただ、引っ張られた碧羽の動きを見て気になる。

「ちょっと待って」

「え?」

「碧羽、足怪我してるでしょ」

「……」

なんか歩き方が危なっかしいというか体重のかけ方が変だったので声をかけてみたけど当たりみたい。

「こういうのはほっておくと後で痛い目見るんだから早く手当しちゃうよ」

肩を貸して、エレベーターの方へ向かう。

「も~。怪我してるならちゃんと言ってよね~」

「……ごめん」

いつもと違って保健室に三人目がいると少し新鮮かもしれない。彼女に友達が増えてるならいい傾向だ。

「ほら、見せて」

「ん……」

やっぱり。ちょっと腫れてる。痛みを我慢してるのかいつもの笑顔はどこへやら、ちょっとむむぅっとしている。

「とりあえず冷やすからね」

「……ありがと」

冷蔵庫から冷やすための氷入りの袋を取り出す。とりあえずしばらく当ててあげる。

「20分くらいは冷やさないとだからね?」

「わかった」

もう一人の彼女は暇そうにスマホをいじっている。

しばらく冷やしていると少しずつ碧羽の顔も緩んできた。私が見上げるとちょっと微笑んでくれるくらいには余裕が出てきたみたい。

「ん……そろそろいいかな」

腫れも落ち着いて来たみたい。ちょっとぬるくなってきた冷却材を机の上において、棚から湿布を一枚と包帯を持ってくる。

「大げさだよ楓華ちゃん……」

「大げさじゃないわよ。ほら、足出す」

ペタッと湿布を貼ってあげてその上から軽く締めるくらいに包帯で巻いてあげる。

「きつくない?」

「だ、大丈夫」

そのまま靴下も履かせて立ちあがる。

「とりあえずはこんな感じの処置、ね。無理はしちゃだめよ。今日はお家に帰って安静にすること」

「……わかった」

「終わった~?じゃ、帰ろ?」

「うん……じゃあね、楓華ちゃん」

そう言って引っ張られていく碧羽。なんか少し嫌な雰囲気を感じた。気のせいだといいだけど。手を振って見送る。


だが、その嫌な雰囲気は的中した。

それから日が経って寒さを気にする季節になった。外でたばこを吸う時ちょっと足が冷える。今日は1時間目から私はたばこをふかしていた。ちょっと暇だったから。自分でも終わっているとは思う。

「ん?」

この時間外には誰もいないはずなのに誰かが登校してきている。と思ったら碧羽だった。

「ちょっと碧羽こんな時間に来て……何してるのよ~」

一応たばこを揉み消してから声をかける。

「あ、楓華ちゃん……」

「遅刻よ?まったくもう」

「ごめん……ちょっと気分悪くて」

「そうなの?じゃあ保健室でいったん休む?先生には言っておくから」

「いいの……?お願い」

そう言っていつもより素直に甘えてくる。ちょっとかわいい。とりあえず保健室に入れて体温計を渡して測らせる。顔は赤くないし熱はなさそうだけど念のため。その間に担任の先生にちょっと休ませていることを知らせておく。

「6度3分……特に熱はないみたいね」

「楓華ちゃんに会ったおかげで少し楽になったかも……」

「私なんかでいいならよかったわ。とりあえず二時間目から行って来たら?」

「…うん、そうする」

ちょっと不安げに頷く碧羽。この時私が止めておけばよかった、とあとから思った。

「そんなに不安そうにするなんて……嫌なことでもあった?」

「ううん。そうじゃ……ないんだけど」

「わかった。後で様子見に行ってあげるから」

「ほんと……?」

「ほんと。昼過ぎくらいに行くわね」

「ありがと」

ほんのり安心している雰囲気を出してくれる。そろそろ二時間目が近づいて来たしそろそろ送ってあげる。エレベーターってやっぱり便利だな。

「はい、行ってらっしゃい」

「行ってくるね」

さっきよりは少し顔色もよくなったしまたあとで様子見に来ようっと。


そんなこんなであっという間に昼休み。私はお昼の時間がある程度自由だし今のうちに様子見に行こうか。購買に行く生徒や学食に行く生徒とすれ違いながら教室へ向かう。

教室を見ると窓際で一人でぼーっとしてる碧羽が見つかった。

「あれ、楓華ちゃんせんせーじゃん。どしたのどしたの~?」

「ちょっと様子を見にね。あと楓華先生」

誰にもちゃんと呼んでもらえない……。ちょっと悲しくなっていたら碧羽がこちらに気づいて近づいて来た。

「来てくれたんだね。楓華ちゃん」

「そりゃ、行くって言ったんだから。顔色は……大丈夫そうね」

「おかげさまでね」

「じゃあ、いったん帰るわね」

「楓華ちゃんお昼食べた?」

「ん?まだだけど」

「じゃあ、一緒に食べようよ。後でおべんと持って行くからさ」

「仕方ないわね……わかったわ」

「じゃ、またあとでね~?」

「はいはい」

帰りくらい階段使って帰るか。エレベーター混んでそうだし。健康に気を使う……にはちょっと早いけど。と、階段を下りて踊り場についたところできゃっと小さな悲鳴が聞こえた。振り向くと手すりにつかまりながらこちらに落ちてくる碧羽がいた。景色がゆっくりと進んでいく。そして階段を踏み外した彼女はこちらに向かって飛んできている。とっさに手を広げて受け止めた。

「な、何やってるの!?」

「痛ったぁ……」

どさっと音がして腰から背中に衝撃が走る。と同時に上の階から何か聞こえる。

「碧羽……大丈夫?」

「あ、うん……大丈夫。ったぁ……」

少し顔を上げるとちょっと顔を青ざめさせた生徒とどこかへ行こうとする生徒が見える。

「ちょっと……!そこの二人待って!」

体は痛むけど何とか起こして立ちあがる。碧羽も大きいけがはなさそう。

「ふ、楓華ちゃん大丈夫?痛そうだけど……」

「いや……それよりも」

階段の上は人が集まって何やら騒がしい。

「今あの子のこと転ばせたでしょ!何考えてるの!」

「知りません」

「見たわよ!足かけたの!」

「知りません」

なんか押し問答をしている。他の先生も集まってきて事情を聴き始めたしとりあえず保健室に行って治療が必要か確認する。

「碧羽、足、かけられたの?」

「……たぶん。そうだと思う」

「やっぱりいじめられてた、よね」

肩を貸してくれていた彼女が足を止める。

「……気づいてたの?」

「ごめんね。確証がなくて……こんなになるまで何も出来なくて本当にごめん、碧羽」

ただただ申し訳ない。怪我に至らずとも今までずっと一緒にいたのに何にもしてあげられなかった。

「……でも、何か引っかかったから様子見に来てくれたんでしょ?」

「もしかしたら……ってだけでまさかこんなことになってるなんて……」

「私のことをそこまで気にかけてくれたのは楓華ちゃんだけだよ」

ちょっとこちらを向いて微笑んでくれる。情けない私に。

「それに私を受け止めてくれたのは先生、だけだよ」

そうは言っても胸に罪悪感は残るけど、あっという間に保健室についた。

「……碧羽、頭とかはぶつけてない?」

「ううん。転び方が派手だっただけ。楓華ちゃんのクッションもあったし」

「病院一応行った方がいいとは思うけど……この時間だとね」

「どっちかって言うと楓華ちゃんの方が重傷じゃない?私を受け止めてるんだし」

「体がちょっと痛かっただけだから……」

「ほら脱いで。背中冷やしてあげるから」

そう言って冷蔵庫から氷と専用の袋を持ってくる。

「い、いいわよ。大したことないから」

「ちゃんと冷やさないと大変って言ったの楓華ちゃんでしょ」

そう言われては言うとおりにするしかない。白衣を脱いで彼女に背中を晒す。

「ひゃっ……!」

いきなり冷たい感触があって思わず声がこぼれてしまった。

「かわいい」

「もう!いきなり……」

ただひんやりしてきてだいぶ気持ちいい。その後、ある程度処置が終わった後に他の先生が来て簡単な話を聞かせてくれた。やはりさっきの二人組は碧羽のことをよく思っていなかったらしくいじめていたらしい。詳細は明日以降らしいけど彼女がそんな目に合っていたのに気づかなかったなんてと思わずにはいられない。

その先生を見送った後、また碧羽と二人になった。この事件のせいで既に日は落ちていた。

「碧羽、こんなことあったし家まで送って行こうか?」

「いいの?ありがと楓華ちゃん」

普段こんなことはしないけれど今日くらいはせめて。

「荷物……上においてあるよね」

「うん。取ってくるね」

「私もついていく」


数日後、碧羽は保健室に登校してくるようになっていた。彼女をイジメていた問題の調査も進んできていろいろなことが判明した。あの二人だけでなく5,6人が関わっていたこととか数か月はこの状態が続いていたとか。彼女の友達と思っていた子達がそれらしいと聞いて自分の目を疑った。

「……あの二人は停学になるらしいわね」

「ふぅん」

「結局学内で処理しちゃうのね、はぁ……」

「もうどうでもいいよ。私は解放されたし、楓華ちゃんが話聞いてくれるし、ここで授業サボれるしね」

「こら。サボるなんて言わないの」

表向きはいつも通りに戻ってきたけど大丈夫かな。ちょっと髪を梳いてあげると喜んでくれた。

「成実には心配かけちゃったなぁ」

時折彼女のスマホが震えている。たまにメッセージを送っているみたい。

「成実って最近よく様子見にくる子?」

「そうそう。いい子なんだよね~」

そんな話をしていたら扉を開けて誰か入ってくる。

「あ、成実」

「休み時間になったから来ちゃった~」

「最近ずっと来てない?」

「だって心配じゃ~ん。あんなことがあったんだよ?碧羽が来てるのがむしろびっくりだよ」

「そう?私そんなに怪我してないし、楓華ちゃんも成実もいるしね」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ~」

ニコニコしながら碧羽に覆いかぶさる成実ちゃん。微笑ましい景色だ。

「もう私を苦しめる者もいないし」

「……碧羽ぁ~!私が今度こそ守るからね!」

「頼りにしてる」

同学年の心が許せる友人って言うのもとっても大事だ。碧羽の傷を癒すためにも。


さらにひと月経った頃。すっかり騒動も落ち着いて段々と碧羽が保健室から教室に戻れるようになった。こんなに早く戻れるなんて、彼女はメンタルがだいぶ強い子らしい。学内でこんな大規模な事件が起きたから何とか平静を取り戻そうと教師陣は右に左にと大変そうだ。

私は全体の方針に口を出すこともできないし碧羽に付きっきりだけど。

ただ、最近碧羽の家の近くでちょっと怪しい人が見かけられているらしくて教師の一部や警察が見回っているらしい。少し心配だ。

今日はちょっと早く帰れるし様子でも見に行ってあげようかな。余計なお世話になるかもだけど何もないならそれでいい。

冬もさらに進んできて帰るころには薄暗くなっていた。

「そろそろ帰ろうかな……」

歩きで駅の方へ向かう。昔から思ってたけどここら辺は住宅地が半分入っていて人気が少ないからちょっと怖い。そう、ちょっと前にいる黒いハイエースとか。

そんなことを考えていると何やら争う声が聞こえる。

「ちょっとなんですか!」

「は?お前が誘ってきたんだろ!大声出すな!」

「きゃっ……!」

曲がり角のすぐ近くらしい。こんな住宅地で何やってるんだ一体。そう思って角を曲がると男一人がうちの生徒の手を掴んでいた。

「ちょっと!何してるの!」

「ふ、楓華ちゃん……」

「なんだぁ?って、後で迎えに行こうとしてた女じゃねえか。知り合いかよ……まぁ手間省けたからいいか」

なんか一人で納得している目の前の男。意味わかんない。

「うちの生徒に何しようとしてるの」

碧羽の前に割り込んで守るように動く。ちょっと怖い。

「何しようってわかってんだろ。まぁ二人とも面も体もそこそこいいし稼げそうだな」

ニヤッと笑って体に触ってこようとする。

「触らないで!」

その手を叩く。二ヤって笑っていた彼は見る見るうちに不機嫌になっているのが分かった。

「舐めんなよこのアマ!」

そう言って太い腕が迫ってきたと思ったら髪の毛を掴まれてハイエースの車内に頭を押さえつけられた。痛い。初めてこんなに力強く押さえつけられている。殺される……?

「あんまり調子乗んなよ。生徒の写真バラされたくなかったらな」

そう言って少し力を緩めて私にスマホの画面を見せてくる。そこには碧羽が局部をさらけ出した姿で座らされている写真があった。

「あ、碧羽……!?」

「わかったらおとなしくしろよ」

そう言うと少し力を緩めて体を起こしてくる。相変わらず髪を引っ張ってくるのでとても痛い。

「おい、携帯出せ」

車内から袋を取り出して携帯を出すように手を出してくる。警察を呼ぶなら今だろうか。1mも離れていないし運しだいになりそうな気はするけど。手が震える。碧羽も不安そうに私の服をつまんでいる。

「け、警察呼ぶわよ……」

一歩後ずさって距離を気持ち取りつつ震える手でスマホを取り出す。

「あ?おとなしくしろって言ったよな。これ覚えてないのか?」

また例の画像を見せてくる。

「あ、あの画像……」

「……全部警察に任せるわ」

とにかく今助からないといけない。そう思って緊急通報をした。

「助けてください!今襲われてて……!」

「テメェ!」

つながって一方的に叫んだと思ったら顔面に衝撃が襲ってきた。思いっきり殴られてスマホが滑って行ってしまった。

「楓華ちゃん!」

やばい。頭がくらっとした。初めて思いっきりぶん殴られたかも。

「お前マジで覚悟しろよ」

さっきと違って首を掴んで車の中に押し込もうとする。喫煙運動不足のおかげで落ちた体力をフルで使って抵抗しようとする。

「碧羽……!逃げてっ……!」

「黙れって!」

今度は腹パン。しかも一回だけじゃない。本当に殺されるかも。本能的な恐怖が来た。命がけで抵抗する。

「チッ。一人で来るんじゃなかったな」

お腹の上に膝を乗っけて車内に転がっていたガムテープをビリビリと破いて口に押し付けてくる。貼られないように暴れれば暴れるほどまた殴られる。せめて碧羽が逃げる時間だけでも稼がなきゃ。

そんなこんなで5分粘った。もう限界。体中が痛い。痛すぎる。抵抗しようにも体が動かない。

「おい!何してる!」

また知らない声が聞こえた。そして少し遅れて警察の音も。助かった気がする。

「楓華ちゃん!大丈夫!?」

「あぁ……碧羽。大丈夫だった……?」

「私は大丈夫!先生呼んできたから!」

そう言って体を起こしてくれる。本当に心配そうな顔をしている彼女を見るなんて珍しい。結局その男は警察に連れていかれた。あの男がアホで助かった。あそこでちんたら私のことを殴っていたからこうなるのだ。

「病院行こ!絶対怪我してるし……!」

何かを言おうとしたけど彼女の不安そうな顔を見て、言われるがまま病院へ連れて行かれた。幸い手術に至ることもなく、骨を折られることもなく数日の間は安静にしているようにと言われ、治療の後帰された。

「じゃあ楓華ちゃん。送るね」

準備のいいことにタクシーを呼んでくれたらしい。

「ここまでお願いします」

私の住所はそう言えばばれてるんだっけ。車が走り出すとカーラジオの声だけが聞こえた。会話をしようとしても何をしゃべればわからない。まぁ私は体が痛すぎるって言うのもあるけど。

家についてタクシーを降りたとき、すっかり夜も更けて寒い風がコートの中に入ってきた。

「寒いね」

「早く部屋に行こ?」

ずっと肩を貸してくれる。別に足に怪我をしているわけではないけどその気遣いが少しうれしい。

「ただいま」

暗い部屋。電気をつけてリビングへ連れて行ってもらう。なんか今日一日本当に怖かった。それを知ってか知らずか碧羽がソファーで隣に座ってくれる。

「手、震えてる」

「寒いからだよ」

本当は恐怖も含まれている気がする。もちろん暖房をつけたばっかりなので寒いのもあるけど。彼女の手はほんのり温かい。

「碧羽……大丈夫?今日、怖くなかった?」

「……」

ちょっとだけ黙る彼女。

「今は二人しかいないから正直に言っていいんだよ」

軽く背中を撫でてあげながらそう言う。

「……怖かった」

少しこちらに体重を預けながら震える声でそう言ってくれる。そのまま撫でてあげながら抱き寄せる。

「最近うちの周りに変な人いたし……何か起こると思ってたけどまさか帰り道になんて……」

「手を掴まれたときほんとに怖かったけど……それより楓華ちゃんが殺されちゃうんじゃないかって……ほんとに怖くて」

「私の大好きな楓華ちゃんが私を守って死ぬなんて……嫌。もっといっぱい話したいことあったのに」

ちょっとだけ泣いてるっぽい。私の胸で顔が見えないので確かなことは分からないけど。ずっと背中をさすってあげると少しずつ落ち着いてきたかな。

「……私はここにいるよ?碧羽が助けてくれたんだから」

「でも……」

「碧羽のせいなんかじゃないよ。私があんなになったのは、ちょっと蛮勇だったかな……あはは」

ちょっと強がって笑うとちょっと顔を上げてこちらを見上げる碧羽。目がちょっと赤くなってる。

「しばらく大丈夫だとは思うけど、今日は遅いしとりあえず泊っていくよね」

「……うん」

「他にしてほしいことある?」

「一つだけ……お願いしていい?」

「いいよ。何でも言って」

今日みたいに怖いことがあった日はとにかく良い思い出で埋めてあげよう。

「……引っ越していい?」

「え?どこに……?」

「言わせないでよ、もう」

もしかして私の家?確かに運よく家賃のわりに広くて綺麗な家を手に入れることができたけど学生を住ませるのは倫理的にどうなんだ。いや、怖い思いをこれからもするかもしれない可能性があるのに一人で過ごさせるのは良くないのか。

「……親御さんは大丈夫なの?」

「大丈夫。あの人たち私に興味ないから」

「そっかぁ……」

また変な地雷を踏んでしまいそうになった。少し考えてひねり出した言葉はもう最終確認だった。

「本当に私と暮らすのでいいの?」

「うん。一人で帰るのも怖いし、楓華ちゃんと一緒に帰りたいしね」

「なら……いいかぁ」

「それにほら、私が学校サボるのも防げるでしょ?」

「……わかった。いいわよ」

「ほんと!?」

急に嬉しそうに、私をソファーに押し倒すようにして跨ってくる。

「ええ。本当」

「嬉しい……!」

そのまま私に抱き着いてくる。急に元気になったな。かわいいけど。

「一緒に登校することになったら同棲してるのバレちゃいそうね」

「別に良くない?」

「私、いじめられてた生徒の弱みに付け込んで同棲してたみたいに報道されちゃわない?」

「言わせときゃいいじゃん。楓華ちゃん別に私の弱みに付け込んでないでしょ」

それはそうだけど。

「そういう事になったら私仕事失うんだけど……」

「じゃ、じゃあ私のところに永久就職すればよくない?」

彼女はちょっと言葉に詰まりつつそういう事を言ってくる。永久就職?碧羽のところに?

「私なら三食不自由なく提供するし住む場所も綺麗にするし、何より私がいるよ!」

「なら……いいかぁ」

ちょっと情けない図にはなりそうだけど住み込みメイドと考えれば悪くないかもしれない。

「言質取ったからね」

「はいはい」

結局その日はソファーで彼女の背中を撫でながら眠ることになった。とんでもない約束をしてしまったかもしれないな。


翌朝。まだ日も登り切らないところで二人とも起きて、先に碧羽にシャワーを浴びるように勧めた。一緒に入りたがってたけどこういう線引きは重要だ。少なくとも今の内は。

ベランダに出ると息が白い。軽く羽織る物を持ってきてよかった。

「これで、最後だなぁ」

たばこの残数は残り一本。ちょうどよかったのかもしれない。

「はぁ~……」

火をつけて煙を吸う。一緒に住む人ができたなら喫煙はやめよう。特に、碧羽にこんな煙を吸わせるわけにもいかないし煙臭い私で会いたくはない。彼女のことは大事にしたいし幸せに過ごしてほしいのだ。外の空気は冷たくて急に目が覚めていく。昨日はあんなことがあったのにたばこの味も外気の味も変わらない。

「生徒一人を気にかけるので精いっぱい……ほんとに向いてないのかもしれないな、先生」

どうせいざとなったら就職先は決まってるし。

そんなことを考えながら吸っていたらあっという間に燃え尽きてしまった。

「朝ごはん、作るかぁ」


「やっと楓華ちゃんと……!」

シャワーを浴びながら、すごい嬉しくて踊りだしさうだった。昨日あんなに怖い思いしたのに人間って単純なものだ。楓華ちゃんと一緒に過ごせるようになるなんて、そんなことが本当に許されるなんて。

「しかも永久就職してくれるかもしれないし!」

私と一生を添い遂げてくれるなんて最高。何不自由何てさせない。改めて心に誓う。

何より、一緒に過ごすってことは登校下校ももちろん朝ご飯も夕ご飯も一緒に食べられる。

「私が朝ごはん作ってあげなきゃ」

手早くシャワーを済ませてキッチンへ向かうことにする。


「って……楓華ちゃん?」

「あれ?もう上がったの碧羽?」

珍しく出汁をしっかりとって味噌汁を作ろうとしていたら彼女が一瞬でシャワーを浴びてきた。

「朝ごはん……私が作るよ!楓華ちゃんは休んでて!」

「いいわよ、私が作るわ。ゆっくりしてて」

せっかくなら前は碧羽に作ってもらったし今日は作りたい。

「怪我してるんだから!もう……!」

隣に来て替わろうとするの、心配してくれているのが感じられて嬉しい。

「じゃあ、一緒に作ろ?」

「っ……!わ、わかった!」

気合いの入っている彼女には具材を切るのを頼んだ。これからこういう光景が毎日続くと考えるとちょっと嬉しい。人と過ごすのって思ったより楽しいな。

「な、なに?」

「ううん。ありがとね、碧羽」

「私こそありがとう、だよ」

そう言ってほっぺたにキスをしてきた。キス!?

「あははっ」

いつもの感じの小悪魔的いたずらだろうけど、これから私の心臓持つかな……。


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紫煙揺蕩う碧い空 @Koribana

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