テーマ 嘘/宝 正

@Talkstand_bungeibu

1


 昔から鏡が怖かった。

 自分の真っ黒い目がこっちを睨んでるような気がして、幼い頃から鏡を見れずに過ごしてた。


 小学校の渡り廊下にある大きい鏡が、昔、人を吸い込んだという都市伝説を聞いたからかもしれない。

 引き込まれるんじゃないか。

 鏡に映るもう一人の自分が、本当の自分に成り代わって生きるんじゃないかと怖がっていたんじゃないかって思っていたのかもしれない。


 小学校を卒業して、中学に進学した。

 トイレの手洗い場にある鏡。

 手が当たって割ってしまった日。

 親が謝ってるのを見た日。割れた破片が刺さり、手からダラダラと流れている血を見た日。

 保険医の先生が巻いてくれた包帯。

 保健室にあった鏡。

 その中に居る自分はじっとこっちを睨んでいて。


 高校の通学路。

 その頃は、名称が分からないんだけど、道路に置かれた、対向車が来てないかとか歩行者が来てないかを確認するための鏡に映る自分すら見れなくなった。

 エレベーターの鏡も怖くて、ガラス窓すら怖くて。

 そうやって怖がってることを、友達どころか家族にまで隠して生きてきた。

 お母さんとお姉ちゃんがボサボサの髪を直してくれて。

 ずっと、鏡が怖い事を言えずに過ごした。


 社会人になる頃には、触った感触だけで身嗜みを整えられるようになった。

 髭剃りも、歯磨きも。何もかも上手になった。

 一人暮らし。

 洗面台。

 鏡の裏に収納があるタイプの洗面台。

 怖くて開きっぱなしにしてた。

 家族が家に来る時には閉じて、見ないように過ごした。

 ガラスの反射も怖いからカーテンも閉じっぱなしで、ベランダに出れなくて、外に干せないから部屋に干して。

 カーテンは安いレースのやつを買って、遮光カーテンも重ねて、そのせいで、前女の子だと思われたのか、部屋に男の人が入ってきたこともあって。

 その人は自分を女の子だと思ってたみたいで。


 ご近所さんが通報してくれて、おまわりさんに何も盗まれてないことを話してたら、おまわりさんの持ってるボールペンに反射する自分と目が合った。

 おまわりさんは怖がる自分を見て背を撫でてくれた。

 おまわりさんには先端恐怖症なんだと嘘を付いた。


 そのあと、カウンセリングに通い始めた。

 そしたら先生は「鏡恐怖症、もしくは醜形恐怖症じゃないか」と言ってくれた。

 病院のエレベーターの鏡を見た。

 じっとりと見つめる鏡の中の自分。

 自分は目を逸らさなかった。

 背に流れる汗。浅くなる息。

 本能的に思った。

「殺さなければ殺される」

「なら殺してやらなきゃ」


 一階に到着した。自分は息を大きく吐いて、男子トイレの個室に駆け込んだ。

 そして、吐いた。

 睨んでた。確実にあいつ自分をじっとりと睨んでた。

 何も食べてないから胃液しか出なくて、トイレの便器に映る自分とまた目が合った。

 叫びながら個室から飛び出すと、トイレの鏡に映った無数の自分が自分を睨んでいて。


 そして気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る