変な部長

大電流磁

変な部長

 スタンガンで人を気絶させられる?無理。200万ボルトの電撃ってもコンデンサのラダー回路使って昇圧してるだけで、ビリッときてびっくりするだけ。

 刑事ドラマの後頭部にチョップもおとぎ話。

 薬品をハンカチに染み込ませて嗅がせる?無理無理無理。


 美術部部員くんは、そのことを知っている。なぜなら、美術部部長が、何度も彼を気絶させようとしてきたからだ。


 部長は綺麗だ。肩でスパッと切った髪型と、凛々しい目力。整えられた眉。己の美意識で自分を作品化している。


「部員くんの輪郭、完璧よ」


 そう呟くその視線に、部員くんは何か特別なものを感じていた。部長の視線は、独特で歪んでいても、存在を認められるのは嬉しかった。


 部長はかわいい。年上なのに背が低く、ちょこまか歩く。

 そんな部長は、部員くんをスタンガンで驚かせ、チョップを浴びせ、消毒液の匂いのハンカチを押し当てた。なぜ彼女がそんなことをするのか、部員くんは知りたくて、退部届を何度も破り捨てた。


 今日、部活終わりに部長が紅茶を淹れた。奇妙な味がしたが、部長の紅茶を飲まない選択肢はない。


「また明日、部員くん。」


 笑顔で去る部長。

 家に帰り、ベッドに腰掛けた瞬間、意識がぐらり揺れた。


(なるほど、今回は口からか。)


 意識が遠のく中、部員くんは部長の企みが成功したことを確信し、ぼんやり期待した。次は何が起こるのか。


 今日は部長が五円玉に赤い毛糸を通したものをそっと取り出し、ゆらゆら揺らした。


「部員くん、眠くなるよ。瞼が重くなる。」


 部員くんは術にかかったふりをして目を閉じ、ソファに倒れた。チョン、チョンと跳ねる部長の足音。やがて、小さな息遣いが耳元で聞こえ、甘い匂いが鼻をくすぐる。スマホのライトの光が瞼を通して眩しく伝わる。彼女は軽く触れる。それはまるで羽のように軽く、それでいて、次の瞬間には何かが始まるような予感に満ちていた


「やった。やっと効いた。」


 部長が呟き、トランクを開ける。カチャリと音が響く。

 部室のカーテンが閉められる音がした。

 部長は部員くんの胸部をラップで覆い、部員くんの頭にゴム性の水泳キャップをかぶせ髪をカバーした。その後顔中にたっぷり『ニベア』を塗りたくった。

 その上で、骨折時のギプスを作る石膏ガーゼ『P&Oギプス』を細かく切って顔に貼り始める。顔がくすぐったい。

 薄目を開けて見ると、部長の真剣な表情が見えた。

 動くわけにはいかない。眠ったふりを続けた。瞼も口も塞がれた。鼻だけは気道確保されている。

 極力ゆっくりと呼吸して部長の芸術活動を邪魔しないようにした。

 石膏ガーゼは強化されるように重ね貼りされていく。

 一時間ほどして、儀式は終わり、顔から石膏の塊は外され、宝物のようにトランクに収められた。

 ニベアは拭き取られ、石膏の屑も綺麗に掃除された。

 それでも部員くんはソファで寝たふりを続けていた。


 部員くんは苛立ちを感じていた。勝手に顔を触られ、型を取られ、まるで自分の存在が素材のようだ。


「部員くんは、目を覚まします、1、2、3はい!」


 何度かその呪文は繰り返される。

 部員くんの心には悪戯心が沸き立っていた。ここは、目を覚さない。


「起きて、お願い、部員くん起きて。」


 部長の声が震える。


「ごめん。わたし……ただ、あなたをちゃんと見て、残したかったの。」

 部長の涙が、ぽたと頬に落ちる。冷たく、温かい感触。

 部員くんは、くすぐったい気持ちで、初めて「見られた」ことに安堵を覚えた。


「ばあっ!」


 目を開け、舌を出した。部長は驚き、へたりこみ、子供のように泣いた。その顔は、誰にも見せない、彼女の本当の姿だった。


 翌日、部員くんは部長の顔の型を取った。互いの石膏型にシリコンを流し、生きているように化粧を施し、向かい合わせに木箱へ。幕をつけて舞台のようにした。


 誰にも見せない、二人だけの作品。それは、互いの想いを映す鏡だった。

 二十年後、屋根裏で眠るその作品は、あのときの心の形を永遠に封じ込めている。

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変な部長 大電流磁 @Daidenryuji

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