魔王の息子ですが、平和主義なので家出して放浪の旅に出ました
ナツ
第1話 家出しようかな、とは言ったけどさ
魔王の息子、リオン・グラディウスは平和主義者だった。
リオンの母、ソフィアは人間の聖女であり、十八年前に魔王を倒しにやってきた勇者パーティの一員だった。
しかし、あろうことかリオンの父である魔王グラディウスと恋に落ち、最終的に魔族と人間との戦争を終わらせたのだ。
魔王はソフィアを溺愛し、平和を愛したソフィアの願いを叶え、戦争をやめた。
かくして、ソフィアのおかげで魔族の国フレスイードには平和が訪れ、少しずつ人間の世界と国交を持つようになった。
そんな父と母の愛の結晶として生まれたリオンは、まさに、ぬるま湯でぬくぬくと育ったお坊ちゃんだった。
しかし、その平和は長くは続かなかった。
一年前、ソフィアが人間の国に里帰りしていたときだった。
移動中の馬車が盗賊団に襲われ、ソフィアは殺害されてしまった。
最愛の妻、ソフィアを失った魔王グラディウスは、怒りと悲しみに暮れ、人間を憎んだ。
同じ頃、大陸の中心にある人間の国キグナシアは、圧倒的な軍事力で国土を拡大し、ついに魔族の国フレスイードに戦争を仕掛けてきた。
こうして、再び魔族と人間の戦争が始まったのだった――
空に黒々とした暗雲が立ち込める魔族の国フレスイード。その中心にあるのは、禍々しい紫の霧に包まれた巨大な黒い石造りの城――魔王城。
城の大広間、重々しい雰囲気で長大な黒檀のテーブルに集うのは、魔王と四人の息子、四天王、その他の有力な魔族たちだ。
現在、ここでは戦略会議が行われていた。
「人間どもめ、我がフレスイードに攻め込んでくるとは身の程知らずな……」
水の四天王、フロースベルグが拳を震わせ忌々し気に言った横で、地の四天王イグナティスが黒い手帳をめくりながら報告する。
「我が配下に調べさせたところ、人間どもは勇者パーティを複数こちらに送り込んできている模様。勇者ほどの人材が大量にいるとしたら、人間の力も侮れませんぞ」
イグナティスの言葉を受けて豪快な笑い声を発したのは、炎の四天王バーンハルトだ。
「なに、恐れることはない、勇者など見掛け倒しよ! 我は勇者どもに相対したが、あれはただの雑魚だ。我の力を見てすぐに逃げ帰ったぞ。今度の勇者どもは十八年前の勇者には遠く及ばぬ」
楽観的なバーンハルトの意見に、異を唱えるのは風の四天王カーディナルだ。
「……いや、引き際が良すぎる。勇者どもは斥候で、我々の力を図っているのでは? 迂闊に情報を与えるのは得策ではない」
高位魔族たちの活発な意見交換が続く中、一人だけ沈黙する人物がいた。
フレスイードの第四王子リオンは会議室の隅で、そっとため息をつく。
(あーだるっ。早く終わんねーかなあ……)
心の声が表情にも出ている。
母譲りの翡翠の瞳はげんなりと曇り、時折、金色の髪を指で弄びながら、口から出るのはため息ばかり。魔族らしからぬ容貌だが、髪から覗く二本の緋色の角が、彼が高位の魔族だと証明している。
リオンは魔王の息子ということで会議に召集されていたが、決して本意ではなかった。
リオンは、本心では人間との戦争に反対していた。
天井のステンドグラスから赤い光が差し、大広間に飾られたガーゴイルの石像を不気味に照らし出している。
この部屋はいつ見ても趣味が悪い。早く自室に戻りたい。
リオンの視線は、上座にいる父に向かう。
(わかんねーのかな? 戦争なんてしてても、母上は喜ばないって……)
リオンの父――魔王グラディウスは両手を前に組み、じっと考え事をしているように見える。
黒いローブから覗く漆黒の長い髪に、恐ろしげな三本の長い角。燃えるような赤い瞳に浮かぶのは憎悪か、深い哀しみか。
母が死んでからすっかり変わってしまった父は、母を害した人間を憎み、母がせっかくこの国にもたらした平和を台無しにしようとしている。
母ソフィアは誰よりも平和を愛し、それを望んだはずなのに――
その時、ほとんど会議に参加していなかったリオンに、突然話題の矛先が向いた。
フロースベルグが魔王に向かって提案したのだ。
「リオン様も、もう十五になられる。そろそろ戦場に赴く頃合いではないですか? ここは一つ、勇者パーティの撃退を任せてみてはいかがでしょう」
「ええっ!! ちょ……ま」
とっさに立ち上がって異論を唱えようとしたリオンの声は、バーンハルトの豪快な笑い声にかき消される。
「それはいい!! リオン様、此度の勇者どもはたいした実力もない雑魚ですぞ! 腕試しには丁度よい! 如何でしょう、魔王様?」
「ふむ……」
魔王は少し考えたのち、声を発した。
「よかろう。我が息子リオン、おまえに勇者パーティの撃退を命じる」
「えええーーー!! い……」
嫌です父上!! と叫びたいのは山々だった。
巻き起こる拍手喝采。この場にいる全員の期待と羨望と激励の入り混じった視線をいっせいに浴びて、その上、父魔王の有無を言わさぬ無言の圧を浴びて、否と言える雰囲気ではなかった。
リオンは空気の読める子だった。
やっとのことで会議が終わり、自室に戻ったリオンは崩れ落ちるように椅子に座った。
白い大理石のテーブルに肘をつき、金の髪をかきあげる。その優し気な顔立ちには不貞腐れたような表情が浮かんでいた。
先ほどのおどろおどろしい大広間とは対照的に、リオンの部屋は明るい雰囲気だ。白を基調とした壁にはところどころに金の装飾が施されている。豪奢なクリスタルランプが光る天井を仰ぎながら、リオンは深いため息を一つ。
「ずいぶんお疲れのようですね、リオン様」
後ろから従者が声をかける。
リオンが振り返ると、青灰色の長髪を後ろで束ね、頭上には黒い二本の角。濃紺の長衣をきっちりと着こなした長身の男は、群青色の瞳でリオンを見つめながら優し気な笑みを浮かべていた。
この男はシルフィード・カーディナルという。風の四天王カーディナルの息子だ。
リオンの三つ上で、年が近いこともあり、幼い頃から何度も顔を合わせた仲だが、側近として正式に任命されたのはごく最近だった。
「いよいよ初陣ですね。おめでとうございます。私もリオン様のために精一杯戦いますので」
「シルフィードまで、そんなこと言うのか……」
リオンはじっとりとした視線をシルフィードに向ける。
「……オレ、家出しようかな」
「なんてこと言うんですか!」
ボソリと言ったリオンを、シルフィードが叱咤する。
「リオン様、お優しいのは知ってますが、これも魔王様のご子息としてのお役目です。勇者を退けて武勲を立てれば、魔王継承も夢じゃないですよ」
そう言ったシルフィードをリオンは不満そうに見上げた。
「おまえ、オレが魔王目指してると本気で思ってるの?」
「それは……」
言葉に詰まったシルフィードに、リオンは自虐的な笑みを浮かべる。
「わかってるさ。おまえは所詮、父上の臣下だ。オレの本当の望みなんてどうだっていい。オレが出世したら、側近であるおまえの株も上がるもんな」
そう言って、リオンはテーブルに突っ伏した。我ながら意地の悪い言い方だ。シルフィードを困らせただろう。
シルフィードが自分を大切に思ってくれているのは、わかっていた。その忠誠心を疑うわけではない。
ただ、リオンは悔しかったのだ。
皆がリオンに魔王の息子としての行動を求める。
勇者と戦え。人間と戦え。魔王の駒として武勲を立てろ。
そこにリオンの意思はない。
そんなことは望んでいない。
理不尽だと思うが、どうにもできない。
それが悔しいから、ただ愚痴ってみただけだ。
これくらいは、シルフィードなら許してくれると思う。
「………わかりました」
「ん?」
なにが? 顔を上げたリオンの目の前で、シルフィードはにっこりと微笑んだ。
「リオン様の仰せのままに」
その深海のような青い瞳を見た瞬間、リオンの意識はぷつりと途切れた。
冷たい風が頬を撫でる感触に、リオンの意識が浮上する。
「ん…?」
気がつくと馬の背に乗っていた。黒く艶やかな毛並みに赤いたてがみ。リオンの愛馬、
(なんで……馬……?)
「気が付かれましたか、リオン様」
すぐ後ろからかけられた声はシルフィードのものだ。
リオンはハッと我に返る。
振り返ると後ろには、黒いフードを被ったシルフィード。リオンも同じようなフード付きのマントを着せられていた。
そして現在リオンがいる場所は、険しい山の上だった。
夜の闇の中、雪交じりの冷たい風が吹く岩の斜面を、二人を乗せた魔獣の馬が八本の脚で軽やかに登る。この馬の能力で、地面から僅かに浮き上がることで振動をほとんど感じさせずに迅速な移動が可能だ。
さすがは我が愛馬……と感心している場合ではない。
「シルフィード! ここ何処だよ!?」
焦るリオンの後ろで手綱を持ち馬を駆りながら、シルフィードは、にこやかに言った。
「ブラッケン山脈の山頂付近です。もうすぐフレスイードの国境を越えますよ」
「えええーーっ!? なんで!? どうしてそうなるんだよ!!」
驚愕するリオンに、シルフィードはしれっと言った。
「だって、リオン様が言ったじゃないですか。家出したいって」
そして、シルフィードは驚くほど真剣な目でリオンを見つめた。
「私の忠誠心を舐めないでいただきたい」
こうして、リオンの放浪の旅は、なかば強制的に始まったのだった。
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※登場キャラクターのイラストと設定です。興味がある方はご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/natu0817/news/822139837277316466
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