俺を一人にした君

松ノ枝

俺を一人にした君

夏の昼間、太陽が照り付ける灼熱の日に俺は幼馴染とベンチに腰かけていた。

「暑いな」

「そうね。蜃気楼が見えるほどだもの」

と幼馴染は指を指す。その先には確かに蜃気楼が見える。それはゆらゆらと視界をくねらせ、虚実を映している。

「で、話ってなんだ?忙しいんだが」

俺が彼女とベンチにいる理由は話があると言われたからだ。

「うん、それね。あなたは自分がひとりだと思う?」

ひとり、その言葉に少し考え込む。

「ひとりだと思うぞ」

「じゃあそのひとりは一人、それとも独り?」

ベンチに指で文字を描くようにして、一人と独りを書く。俺から見て左に一人、右に独り。

「こっちだな」

俺は右を指す。

「何故?」

「人はいつだって独りだから。産まれてから死ぬまで誰も自分の人生を他人には共有できない」

「それは悲しいわね、私たちみたいに一緒に育っても独りといえるの?」

「もちろんだ。結局自分の人生は自分だけのものだ。一緒に生きても流れる時間は皆違う」

彼女はどこか悲しそうな目を向けてくる。隣に座る俺は目を合わせず、下を向く。というより合わせられなかった。

「何で聞くんだ、こんなこと」

彼女の顔は見えないが、視界に映る彼女の足が少し震えているように見えた。

「私ね、病気なの」

俺は顔を上げられなくなった。何だか宙に浮かされたみたいに思考が宙ぶらりんになった気分だ。

「……いつからなんだ?」

「去年の秋、私が倒れたじゃない?あの時かな」

秋に彼女が倒れたことがあったが、当時、ただの風邪だと彼女は言っていた。

「何で言わなかった」

「心配させたくなかったの、あなたに言えば思い悩むと思って」

彼女の声が震えて聞こえる。この時、俺は顔を上げた。

「…まだ言いたいことはあるんだろ」

彼女は頬を伝う涙を拭う。そうして重苦しく口を開けた。

「ええ、私、余命があと一年なの」

彼女と目が合う。口角を上げ、笑顔を守ろうとしているが目は涙を流して赤くなっている。

「一年…」

「そう、一年」

二人を静寂が囲む。夏の風のはずなのに嫌に寒気がした。

「ひとりかどうかってお前が居なくなるからか」

「そう、生きてる間に聞いておきたくて」

唐突に定められた別れに頭が追いつかない。現実味が体から抜け落ちて、感覚が遠くなる。今、俺は足が地についているかも分からなくなっていた。

「俺は…お前が居ても居なくても独りだ」

「でも私が居なくなればあなたの隣は誰も居なくなる。一人になってしまうわ」

隣に座る彼女は立ち上がり、俺もそれに着いていく。

「見て、ここ。一年後には大きな店が立つのよね。楽しみだわ」

建築中の建物が見え、看板に来年にオープン予定を書かれている。

「…」

一年後、彼女の言葉に胸が痛くなる。俺には一年後のことなど想像できなかった。

「でもお前は…」

「そうね、でも余命が一年だからって一年後を想像しちゃいけないわけじゃない。何だったら十年後でも想像するわ」

「想像した未来に君は居ないかもしれない」

かもしれない、自分が何故そう曖昧にしたのかは分からないが、居ないと決めつけるのは出来なかった。

「居なくても私は未来を想い続ける。先が無いから希望を持たないのは辛いもの」

彼女は依然笑みを浮かべたが、先ほどの悲しさを隠すものではなく決まった未来に抗う、希望の笑顔だった。

「君に聞いてもいいか」

「はい、何かしら?」

聞いてもいいのかと声に出すまで悩み続けるが、意を決して口に出す。

「君は独りなのか?」

彼女は空を見上げからこちらへ顔を向ける。

「君に聞かれるとは思わなかったわ。…私は独りじゃない」

そういいながら彼女は俺を指した。

「俺?」

「そう、あなたが居るから私は独りじゃない。あなたが何と言おうと私はあなたと人生を共有してるの。あなたの論理じゃなく、私の論理ではね」

「そうか…、俺が居なくなれば君は独りか?」

「それより先に私が居なくなるわ。でも私はあなたを一人にしても、独りにはしない」

家への距離は近づいてくる。この会話が終わらなければどれほど良いか。考えなくても分かってる。

「私は魂のまま、あなたと共に生きるわ、魂ならあなたと一つになれるから」

彼女の笑顔、その輝きが俺の心に入り込む。温かな思いが伝わって来る。

「一つ自惚れてもいいかな?」

「いいわよ」

「君は俺のことが好きか?」

「えっ」

彼女が少し驚きを見せる。

「ええ、好きを越えて愛してる」

「そうか、嬉しいな」

気づけば家の門の前。数歩歩けばさよならだ。

「そういうあなたはどうなの?」

「俺も愛してる」

「そう…、嬉しいわ」

「……」

「……」

再び彼女との会話が止まり、心臓の鼓動すらうるさく感じる。

「さよなら」

「ええ、さよなら」

彼女に手を振り、別れを告げる。彼女も手を振り返し、家へと帰る。

「やっぱ、待った」

彼女の手を握り、歩みを止める。

彼女は顔をこちらへ向け、

「どうかした?」

ここで言わなきゃ後悔すると俺は思った。

「明日から一年間、出来るだけ思い出を作ろう。俺と君で」

「…分かったわ、最高の一年にしましょう」

ここから俺と彼女は一年間の思い出を作った。それは人生で一番濃い一年間だった。


夏の日、葬式を終え俺は一年前のベンチに座っていた。

隣には誰もおらず、一人だ。でも彼女の魂はいつでも俺の傍にいる。

「…確かに独りじゃないな」

彼女との思い出をなぞりながら俺は家路に着いた。

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俺を一人にした君 松ノ枝 @yugatyusiark

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