第1章 光の指す方へ

第1話 回想:始まりはこここから


薄暗い部屋の奥、老いた冒険者バルデン・ローガスは、エルフの賢者と向かい合っていた。かつて世界中を股にかけ、伝説を打ち立てた男も、今はただの老人に過ぎない。


バルデン:「黄金の鉱脈か……」


バルデンは遠い目をして呟いた。貧しい生まれから、たった一人で富と名声を手に入れた彼を、世間は「成り上がり者」と嘲笑った。


それでも、共に冒険した仲間たちと分かち合った黄金は、彼の心を温かく照らしていた。


だが、故郷に戻った彼を待っていたのは、成り上がりに群がるハイエナのような親族と、見る影もなく変貌したかつての友たちの姿だった。


バルデン:「仲間、か……」


バルデンの顔に深い影が落ちる。富は人を変え、友情を引き裂く。彼の人生は、栄光と裏切りの連続だった。


エルフの賢者は、そんなルークの隣で静かに目を閉じていた。彼らの間に流れる沈黙は、時に言葉よりも雄弁に、バルデンの心の傷を物語っていた。




トントン── 静寂を切り裂くように、扉を叩く音が響いた。


バルデン:「……入りなさい。」


老いた冒険者の低く落ち着いた声が部屋に響く。扉はゆっくりと軋みを立てながら開き、そこに現れたのは二人の若者だった。


一人は鋼の甲冑に身を包んだ戦士、ロッド・プラント。鋭い眼差しと整った礼儀作法が印象的な青年だ。


ロッド:「失礼します。」


彼は恭しく一礼し、無駄のない動きで部屋へと足を踏み入れる。


もう一人は、深紅のローブを纏った魔法使い、ハルト・ラスパル。静かな気品を漂わせる彼は、ルークの一番弟子として知られている。


ハルト:「お呼びでしょうか、お師匠様。」


彼もまた一礼し、バルデンの前に立つ。その瞳には、師への深い敬意と、どこか不安げな色が混じっていた。


バルデン:「今後のことで、お前らに相談したいことがあるのだ。」


その言葉に、ハルトの眉がわずかに動く。


ハルト:「……今後のこと、ですか。」


一瞬、彼の表情に影が差す。老いた師の言葉が、嫌な予感させる。


だが──


バルデン:「心配するな。儂はまだくたばらんよ。」


そう言って、ルークは口元に柔らかな笑みを浮かべる。


ハルト:(・・・考えすぎか)


それを見たハルトも、苦笑しながら小さく頷いた。




バルデン:「アルジェリカが殺されたことは、もう知っておるよな。」


バルデンの問いに、ロッドとハルトはただ無言で頷いた。その顔には、深い悲しみと、そして静かな怒りが浮かんでいる。


アルジェリカ――かつてルークが心から愛し、そして愛された女性。若き日の二人は結ばれることはなかったが、歳月が流れてもなお、彼らの心の繋がりは途切れることはなかった。互いの存在を深く感じ合い、密やかに愛を育んでいたのだ。


バルデン:「あの愚かどもが。」


バルデンは血が滲むほどに唇を噛み締め、怒りに打ち震える声で絞り出した。


バルデン:「あの黄金は、もはや儂らには不要なものじゃ。だからこそ、彼女のために残してやりたかっただけなのにのぉ……」


その声には、悲しみとも憎しみともつかぬ、複雑な感情が滲んでいた。


ルーク:「強欲な奴らめ。」


かつて、バルデンは誰も知らぬ秘境で黄金の鉱脈を発見し、それを元手に巨万の富を築き上げた。


最近、バルデンは残された黄金をアルジェリカに遺すべく、遺言をしたためた。 それは、彼女への最後の贈り物──静かなる愛の証だった。


しかし、その想いは踏みにじられた。


その事を知った子供たちや親族たちは、欲望のままに動き、ついにはアルジェリカの命を奪ったのだ。


ロッド:ハルト:「・・・・・」


孤独な師の告白に、ロッドとハルトは無言で答えることしかできなかった。


バルデン:「じゃが、それ儂のせいでもあるのじゃ。彼女の死は儂にも責任がある。」


その言葉に、ハルトの眉がわずかに動いた。


ハルト:「そんなことないですよ。お師匠。そう悲観なさらずに。」


ハルトは静かに言葉を返す。



ロッド:「そうですよ。ルーク様。」


ロッドもまた、師を気遣うように頷く。二人の若者の表情には、不安と戸惑いが浮かんでいた。


そんな彼らを見て、バルデンはふっと微笑んだ。


バルデン:「いや、元をただせば、儂が黄金を手に入れた事から始まったのじゃ。儂が手に入れた黄金は呪われておるのじゃ。」


それを聞いて、ハルトとロッドは顔を見合わせる。


確かに、ルークの身に降りかかった数々の不幸は、呪いと呼ぶにふさわしいものだった。だが――


ハルト:「…ほんとに、”呪い”なんでしょうか?。」


ハルトの声には、疑念が混じっていた。


彼もロッドも知っている。ルークは現実主義者だ。迷信や呪いなど、鼻で笑うような人物だったはずだ。


腑に落ちない二人の表情を見て、ルークは再び笑みを浮かべた。


バルデン:「そうじゃ。呪いなんてもんじゃない。そんなモンで、人が変わってたまるか。」


バルデンは肩をすくめ、老人らしい悪態をついた。


バルデン:「黄金の光は、人の心を惑わせる。欲望を掻き立て、その欲望に群がる魔族をも引き寄せる……それが、呪いの正体じゃ」


バルデンの声は低く、重く響いた。まるでその言葉自体が、長年の苦悩を背負っているかのようだった。


彼の視線が、静かに前方の席に座るエルフの賢者へと向けられる。賢者は何も言わず、ただ一度、深く頷いた。


ハルト:「魔族が関与しているということですか?」


ハルトが眉をひそめながら問いかける。


ルークの代わりに答えたのは、エルフの賢者セドウィックだった。


セドウィック:「負の感情は、魔族の力の源だ。欲望に取り憑かれた人間をそそのかし、時には手を貸す魔族もいる。そういう連中が、黄金に群がってくる可能性は十分にあるということさ。」


その言葉に、ハルトは小さく息を呑む。ロッドもまた、険しい表情で黙って聞いていた。


バルデンは目を伏せ、しばし沈黙した後、ぽつりと呟いた。


バルデン:「それでも……儂は、アルジェリカの息子に黄金を残してやりたいと思っておる。あの黄金が、儂を幸せにしてくれたことは、紛れもない事実じゃからな」


ロッド:「息子さんが……いたんですか? でも、それでは……」


ロッドが言いかけると、ルークは静かに首を振った。


バルデン:「心配は無用じゃ。確かにこのまま渡せば、アルジェリカの二の舞じゃ。──そこで、お前たちに頼みがある。」


その瞬間、バルデンの眼差しが鋭くなった。老いた瞳に宿る光は、かつて伝説を築いた冒険者のそれだった。


ハルトとロッドは、思わず背筋を伸ばし、バルデンの次の言葉を待った。




















































































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