第二章:亡霊たちの回廊
“嘆きの尖塔”は、アクセルより遥か西、人の踏み入ることさえ忌避される「忘却の荒野」に、あたかも巨人の墓標のごとくそそり立っていた。天を衝く黒曜の尖塔は、幾星霜もの風雪に耐え、その威容を今に伝えている。されど、かつてそこにあったであろう壮麗な意匠は見る影もなく、城壁は崩れ、窓という窓は、虚ろな眼窩のように不気味な闇を覗かせているばかりであった。
「うう……、なんという邪気……。わが神聖なる美が、この澱んだ気に蝕まれてしまう……」
アクアが、見るからに怯えた様子でカズマの外套の裾を掴む。その身体は、女神とは思えぬほど微かに震えていた。
「臆したか、水の女神よ。だが、亡霊の類ならば、汝の聖性も無駄にはなるまい。もっとも、それ以外に汝の使い道はないがな」
カズマが冷ややかに言い放つ。
城門は、永い年月のうちに半ば崩れ落ち、彼らの侵入を拒むものは何もなかった。一歩、足を踏み入れる。ひやりとした空気が、死者の吐息のように彼らの肌を撫でた。広大なエントランスホールは静寂に支配され、ただ、どこからか滴り落ちる水の音だけが、不規則なリズムを刻んでいる。
「ふふふ……、感じる、感じるぞ。この淀んだマナの流れ……、長きにわたり蓄積されし怨念の気配を。爆裂魔法の贄として、これほど相応しい舞台はない!」
めぐみんが、杖を握る手に力を込めた。
一行が、大理石の敷き詰められた回廊を進むと、闇の中から、いくつもの燐光がゆらりと浮かび上がった。それは、この城の元城兵たちであろうか。朽ちた鎧を身に纏い、錆びついた剣を携えたスケルトンの群れが、無音のままに彼らを取り囲む。骨と骨とが擦れ合う微かな音すら、そこにはない。
「来たか……!亡者の軍勢よ!さあ、このララティーナの、鍛え上げられた肉体に、汝らの無念の刃を突き立てるがよい!」
ダクネスが、盾を捨て、両腕を広げて敵の前に躍り出る。その姿は、あたかも悲劇のヒロインのようであったが、スケルトンたちは、その奇行に困惑するかのように、動きを止めた。
「そこを退け、倒錯の騎士!路を塞ぐな!」
カズマがダクネスを突き飛ばし、短剣を抜く。
「なっ……、倒錯と……!なんと不名誉な、しかし、心惹かれる響き……!」
恍惚の声を漏らすダクネスを尻目に、カズマは叫んだ。
「アクア!汝の出番ぞ!その存在の意義を示せ!」
「人に指図されるのは癪だが……まあ、よい!この女神の真価、その目に焼き付けるがよい!闇に帰れ、彷徨える魂よ!聖なる摂理の光に抱かれ、安息を得るがよい!浄化の光!」
アクアが両手を掲げると、まばゆいばかりの青い光がほとばしった。聖なる光は、亡者たちの穢れた魂を浄化し、その骨の身体を塵へと還していく。その威力は、まさに女神の御業と呼ぶにふさわしいものであった。
しかし、その時である。アクアが勝利に酔いしれ、高笑いを上げた瞬間、彼女の足元の石畳が、音を立てて崩れ落ちた。
女神の、およそ神聖さとはかけ離れた絶叫が、虚ろな回廊に響き渡った。階下へと続く、巧妙に隠された落とし穴であった。
「……天は、なぜこれほどの愚か者に女神の座を与えもうたのか」
カズマは、もはや驚きもせず、ただ深く、深いため息をついた。
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