1章 庭

1話

 目が覚めたのか、目を開けたのか、それすら思い出せないまま、私は立っていた。

 どこかの路地のような、誰かの夢の断片のような、白く靄のかかった石畳の道。周りには、誰もいなかった。ただ風だけが、遠くから草の匂いを運んできた。

 靴の底がコツ、コツと音を立てて、私はどこに向かっているのかも分からず歩いていた。

 歩かないと崩れてしまいそうで、ただ前に出していた足。


 目の前に現れたのは、高く伸びたアーチと、

 その向こうに広がる、奇妙なほど静かな庭園だった。荒れ果てているわけではない。

 でも手入れがされすぎているわけでもない。枯れかけたバラと、花盛りのベゴニアが並んで咲いていた。

 苔むしたベンチ、ほつれたレースのような蔦が絡まるアーチ。


「おかしい」と、どこかで思いながらも、「懐かしい」とも感じていた。

 初めて見るはずなのに、なぜか、ここに来たことがある気がした。


 庭の奥へと続く道があった。私は、吸い込まれるように歩き出した。


 どこかが欠けている気がした。何を忘れたのか、何を失くしたのか、思い出せないまま、ただ、それが自分の一部だった気だけがしていた。


 行くあてもないのに、足は庭の奥へと進んでいた。どうしてかは分からない。

 でも、どこかに帰る必要はない気がした。

 風が揺れて花の香りがする。


 たぶん、私はここでしばらく生きていくんだと思った。

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