RTA系勇者のせいで、もう1回この世界を救わないといけないんですが!?

クロイス

魔王という恐怖

 この国ではかつて、魔王とその一派が市民に猛威を奮っていた。

 あらゆる所で人々は魔王軍の侵攻を受けて、日々彼らは死の恐怖に苦しめられていた。

 その恐怖を打ち砕いたのは、異世界からやってきた勇者たちのパーティだった。

 あっという間に魔王城まで駆け抜けた彼らは、その圧倒的な強さで、魔王の一派を打ち倒すことに成功した。

 そうして再び勇者は、本来住むべき世界へと帰っていき、この国には再び平穏が訪れるのだった。



「とまあ、ここまでを聞けばいい話だったなー、で終わるんだけどな。」


 話し終えた長身の男は王宮の書庫で、大きなため息をついた。


「どういう事ですか、ミルズさん?」


 彼の隣には、資料をまじまじと見つめる黒髪の青年がいた。彼は資料から目を離し、さっきまで話していたミルズの方へ向く。


「いいかロバーツ。勇者のおかげで、確かに魔王とその一派は壊滅的な被害を受けた。そいつとその城内に居た、四天王2人も確保されて、今はすでに牢屋の中だ。」

「そうですね、さすがは勇者様ですよね!」

「それは俺も賛成だ。でもなんでだろうなぁ?残りの四天王は未だに全員捕まっていないし、捕まえた2人と魔王は、未だに処刑もされてない。」


 ミルズの声のトーンが、さっきまでとは大きく下がる。そして資料を睨みつけながら呟く。


「罪なき人々を容易く殺すなんて、あんだけの大罪を犯したんだ…。あいつらは今すぐ始末されて然るべきだろうが。」


 ミルズが不意に出してくる話し方に困惑しながら、ロバーツはとある資料に目を落とす。


「これが王宮を出てからのルートだ。異風の森、怪物館、そして魔王城の手前には、鏡の湖がある。それぞれ四天王がこれら道中に控えてたんだが…。」


 王宮から続くそのルートには、それぞれ赤い線でバツや矢印が書いてあった。

 しかしそのルート上にある、怪物館にはバツが付けられていたが、異風の森と鏡の湖には、そのバツが無かった。


「このバツがあるのと無いのとは、何が違うんですか?」

「簡単な話さ、そこに居た四天王を倒したか否か。勇者は怪物館に居た四天王と、魔王城で門番として戦ってた奴の二人しか倒してねぇって事になる。」


 ミルズが頬に手を添えながら、悩ましそうな表情で資料を見つめる。

 彼の中では、この魔王と勇者の伝説とやらに、納得がいっていなかったのだ。


 「どうして、勇者は道中にいた2人の四天王を無視したんだ?それに王宮は、魔王たちを未だに生かしているんだ?あの勇者の実力が本物だったなら、今頃全員倒されても不思議じゃないだろ…。」


 ミルズはさっきと同じくらい、大きなため息をつく。

 その表情から滲み出ているのは、いくばくかの焦りだった。

 ロバーツはまっすぐ、彼の目を見ながら尋ねる。


「もしかしてこの後の会議って、その魔王軍の残党に関してのお話ですか?」

「まあ…そう考えていいんじゃないか?俺たちは勇者様が残したあの魔物どもに、果ては四天王たちまで、お片付けしなきゃいけないらしい。」


 やれやれといった表情を浮かべながら、資料を見つめていたミルズらの背後に、長髪の女士官がやってくる。


「その前に…君たちにはやらなければいけない事があるんじゃないかしら?」


 二人の会話に割って入ってきたのは、2人の上司にあたるサエ少佐だった。

 サエ少佐はミルズを鋭い眼光で睨みつけた。

 突然の登場に焦るミルズ。

 まるでヘビに睨まれたカエルのようだ。


「げ、少佐。いつの間に俺らの会話聞いてたんすか…。」

「読むなとは言わないけれど、一冊の本を見るのにどれだけ時間をかけてるのよ?全く…指導する私の立場も少しは考えなさい。」


 呆れたような口調で、サエ少佐は2人をたしなめる。

 剣先のように鋭い眼差しは、ミルズからロバーツに移る。


「ロバーツくん、あなたはミルズみたいになるんじゃないわよ。いつまで勇者様に疑いの目を向けているんだかあいつは…。それにミルズ。あんたはもう少し、今の自分の立場というものを弁えて…。」


 いつの間にかサエの追求の相手は、傍らのミルズに移っていた。

 ロバーツはさっきミルズから聞いた話を、頭の中で輪唱させながら、書庫の整理という本題へ戻る。

 ───まだ倒されてない残党がいる…?

 背表紙を見つめるロバーツの胸中は、これから起こるいやな予感が支配していた。



 彼らが書庫で魔王について、ある疑念を抱いていたその頃。

 王宮の地下深く、重厚で大きな扉を3つ通り、そこから続くあまりに長い階段を下りた先に、その牢獄はあった。

 最も奥の牢で、肉体を厳しく拘束されていた男。

 ──彼こそが、かの魔王ブラニカ。

 この国を、周辺の国を、その力で震え上がらせた、凶悪な王とされる男。

 彼は不敵な笑みを浮かべて、誰に話しかけるわけでもなく、自らの力を誇示する。


「この拘束がなんだというのだ…内なる我が力、もうはち切れんばかりに溜まって来たところよ。」


 隣の牢に居たのは、森のような髪型をした男。

 膝を抱えて、石畳の隙間から生える苔を、そっと指先で撫でる。

 その指先からは、小さな緑の芽が宿り、静かに石の間へと根を伸ばそうとしていた。

 

「…陽など要らん。湿り気さえあれば、根は密かに、確実に這う。」

 

 低く落ち着いた声は、牢の湿った空気に吸い込まれていった。

 その向かいの牢にも、壁にもたれ片足を投げ出して、鎖を小突いている者がいた。

 彼の名はブライズ、魔王に仕える四天王の一角だった男だ。

 

「こんなところ、普段なら今すぐにでも燃やし尽くせるんだがな…。」

 

 その瞳に宿した闘志が消えることはなく、暗闇の中でじわりと、くすぶるように燃え続けていた。

 廊下の奥、別の牢から声がした。

 

「なあ。外はどうなっているかな?」

 

 また別の何者かが隣の牢に話しかける。

 彼は鉄格子に軽く指先を添え、わずかな空気の流れや足音を拾うようにしていた。

 その眼差しは氷のように冷たく、壁の向こうの世界で起こっていることを、静かに読み取ろうとしていた。

 

「さあな。だが…間違いなく動いてる。風も山も…あいつらのことだ、じっとしてるわけがねぇ。」

 

 そんな彼の質問に、陽気な響きを帯びた声で返答するのは、それぞれの四天王に仕える者たちの集まり”十二聖団”の一人であるレグルスだった。

 鉄格子に背中を預け、腕を組みながら口角を上げている。

 その瞳には、ただ待つ者の諦めはなく、確信めいた光があった。

 ブラニカはゆっくりと目を開き、薄闇の中、廊下越しに視線を送る。


「……遅かれ早かれ、この鉄格子は用をなさなくなる。」

 

その一言を合図に、ブライズは鎖を引き鳴らして炎のような笑みを見せた。

 

「久々に焼き払える日が来そうだ。」


 その瞬間、灯火が一度だけ揺れる。

 この五人は、同じ予感を胸に抱いていた。

 それは冷たい湿気の中でも確かに感じられる、遠くから忍び寄る熱の気配だった。



 しばらく整理を続けていると、休憩を知らせる鐘が鳴る。ぞろぞろと昼飯を食べに向かう人だかりの中に、ミルズは居なかった。


「ミルズさん、行かないんですか?」


 ついロバーツは足を止めてまで、ミルズに声をかけてしまった。とある書物をじっくり読んでいたミルズは、驚いたような表情を浮かべながら笑いかける。


「ははっ、そういうロバーツこそ。」


 分厚く、比較的新しそうな書物へすぐ目線を戻す彼だったが、ロバーツは構わず話を続ける。


「私はその、最近入りたてなもので…。なかなか輪に入れないというか。」

「いや、だったらそれこそみんなのところ行けし…。」


 ミルズがぐうの音も出ないような正論を叩きつけながら、ロバーツをなじる。ただ、ロバーツは言いにくそうに口を開く。


「ですが…、かなり派閥意識が強いといいますか…。なんか、あの空気になじめる気がしなくて…。」

「あぁ…そういうこと…。確かに入りたてのお前さんにとっては、あの空間はきつかったか。」


 うつむくロバーツを尻目に、ミルズはしれっと言いのける。


「俺たち王宮兵は、どうも出身だとか実績とかを気にしたがる。そもそも王国兵の中でも選ばれし者たちだからこそ、なのかもしれんが…。」


 この国を外敵から守るために、徴兵や志願兵たちで構成されているのが、いわゆる”王国兵”である。

 そして王国兵の中でも素養があるもの――兵士に求められる戦闘などのスキルがずば抜けて高い上位数名――だけが、試験を受けて入隊できるのが、この”王宮兵”なのだ。

 要するにこの国における兵士の中でも、上澄みの上澄みで構成されている部隊ともいえる。

 ミルズは読んでいた本を閉じると、そんな王宮兵たちの今の事情について教えてくれた。


「今特に幅効かせてるのは、スコール街出身の連中だな。あそこはとにかく層が厚い。戦闘教育の最先端を行く地域、とすら言われてたからな。前線を張り続けてきた本隊長に、偵察班と警護班のトップ、3人合わせて3大佐だな。そしてそれらのトップに君臨しているのが…、今の指揮官、タリスカー大将だ。」


 タリスカー大将。

 彼はかつて、勇者パーティと共に魔王一派と戦ったとされている、軍内部でも五本の指に入る実力者だ。

 勇者が去りし今、彼はその実力と実績を笠に、過去最速に匹敵する速度で、今の大将のポストまで上り詰めた。


「そしてその次に幅利かせてるのは…北アッシュ地方の奴らだ。実は、俺の出身もそこなんだ。力でねじ伏せようとするのがスコール街なら、知略で責め立てるのがうちらのスタイル。戦闘力というよりは、頭がどれだけ回るかってのが重要視されてるな。今うちらで頭張ってる存在は…分隊長のロックス中佐ってところだ。」


 ミルズが各出身地の話をしていると、一人の男が歩いてくるのが見えた。

 かなりしっかり、支給されている軍服を着こなしているようだった。

 キラキラ輝いて見えたのは、数多くの勲章だろう。


「おや、ミルズくんじゃないですか。」

「あれ、ヤマさんじゃないっすか!ご無沙汰しております!」


 相当仲良く話しているこの二人、きっと同じ地域なんだろうか。

 そんなことをロバーツが思っていると、”ヤマさん”と呼ばれていた男がこちらに気が付き、唐突に話しかけてくる。


「ん…あぁ!君が例のロバーツ君ですか!あぁ、一度お話ししたかったんですよ。お会いできてよかったです。」


 ヤマさんが片手を差し出し、ロバーツはその手を取る。

 しっかりとした握手を交わしながら言われる、社交辞令のようなセリフ、ただそれでいて、何か内に秘めた興奮を隠せていないような。

 ロバーツはその温度差に、若干の違和感を抱いた。

 腕時計をチラりと見てから、名残惜しそうに、しかしにこやかに、ロバーツたちから離れる”ヤマさん”。

 彼は去り際、ロバーツたちにお誘いをかける。


「また今度、お時間がある時じっくりとお話しましょう。いいウイスキーが、最近入りましたからね。」


サブロウが颯爽と立ち去るのを見届けると、ロバーツは不思議そうな表情を浮かべながら、ミルズに話しかけた。

 

「…あの、さっきの方って?」

「あぁ、あの人はサブロウ・ヤマザキ。昔直属の上官だった時代があってな、今もああして話したりするのさ。あの人は肩肘張ったのが苦手でな、基本的にはヤマさんって呼んでる。」


 言われてみれば確かに結構気さくに話してくれたな…と思っていたロバーツに、ミルズは話を続ける。


「ヤマさんがまさしくそうなんだが、最近急激に台頭してきた勢力がある。それが東ジャポネ島の連中だ。戦闘力のスコール街、知力の北アッシュ地方、じゃあ東ジャポネ島の連中は何がすごいのか。それは、精神力だ。」

「精神力…。」

「どんなに苦しい戦局でも、決して負けないド根性と、それを支える工夫ってのがある。耐えて、耐えて、ただひたすらに耐えて。そして援軍がやってくる頃には、相手は既に戦闘不能状態になってる、ってわけさ。」


 スコール街、北アッシュ地方、そして東ジャポネ島。

 戦闘能力的にも、経済的に潤った場所からも、ここに人は集まってくる。

 だからこそ王宮兵は、高い戦闘能力と継戦能力を有していたのだ。

 ひとしきり話が終わると、ミルズは何気なく質問する。


「そういうあんたは、どこの出身なんだ?まあ別に、人のことを住んでた地域でくくるつもりは無いんだけどな。」


 ロバーツはその質問を聞いた瞬間、少し身じろいでしまう。

 その表情には、焦りと緊張が混ざりあっているように見えた。

 なんだ、この焦り方は?という疑問が口をついて出てきそうだったミルズだったが、その質問にロバーツが答える前に、また横やりが挟まる。


「ロ、ロバーツさん…、探しましたよ…!」

「あれ、ユウダイ?お前どうしたんだよ?」

「ど、どうしたじゃないですよ…!今日の昼食、同期のみんなで、食べるって、言ったじゃないですか…!」


 息を切らしながら、慌てて駆け込んできた長髪の男、彼はユウダイ・マツダ。

 どうやらロバーツと同じタイミングで、この王宮兵へと入隊したらしい。


「…あー、そうだった!朝そんな話してたっけか!」

「全くロバーツさんったら…、ミルズさんごめんなさい、彼連れていきますね。ほらロバーツさん、行きますよ!」


 ミルズは苦笑いを浮かべながら、ズルズル引きずられていくロバーツを見送った。そしてミルズは、また1人で熟考し始める。


 ───あの彼の表情はなんだ?ただ出身地を言うことに対して、何か抵抗があるのか?よっぽどの事がなければ、基本的にはあの3地域からしか王宮兵は選ばれないはず…。


 ミルズがその日、さっきまで熱心に読んでいた本を、再び開くことはなかった。

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