第4話・完結
「ごちそうさまでした。お会計、お願いします」
「もう少しゆっくりしていってもいいのに」
キッチンから出てきた店長も私を見て、店員の言葉に頷いて見せる。
「いえ。そろそろ帰らないと」
「そう。会計はこちらになります」
電子決済用の端末が私に向けられる。現金をあまり持ち合わせていなかった私は安堵した。
「チョコレート、美味しかったです」
「赤いチューリップの花言葉は愛の告白なんですよ。頑張って」
花言葉?
私が尋ねる前に会計が済んだ電子音が響く。
瞬きをすると同時に目の前をトラックが通り過ぎた。
「わっ!」
びっくりしすぎて一歩下がった。間一髪といったところだろうか。
なに、白昼夢?
足先が冷たく感じられて視線を下げれば、大きな水たまりの上に自分が立っていることに気づく。
サイアク……。
スニーカーはびしょ濡れであるが、怪我はしなかったのだからよしとしよう。
「おい、大丈夫か?」
知った声が近づいてくる。私は振り向く。
私よりも背が高くて、私よりもずっとキラキラとした少年が小走りにやってきた。私の、憧れの人。憧れだった人。
「先輩」
いまさらどんな顔をすればいいの?
私はぎこちなく微笑んだ。
先輩の顔は青ざめている。
「赤信号なのにふらふらしてただろ。目の前で轢かれるんじゃないかと焦った」
「もっと早く声をかけてくれたらよかったのに」
「それを君が言うか? 気まずいだろ、振ったばっかの後輩を引き止めるって」
気まずいと思っていても、帰り道が反対側なのに様子を見に来てくれたのか。
親切で優しい彼なのだ。その万人に向けた優しさを独り占めしたいだなんて思ってしまった。彼との思い出は、私に生きる理由をくれた。
だから、告白して振られたとき、すべてがどうでもよくなった。
「先輩、優しすぎなんですよ。私みたいに勘違いしちゃう女子、増えますよ」
「でも、だからと言って放っておけないだろ」
ほんと、優しいひとだな。
私は笑顔を作り直した。
「もう大丈夫です。本当に、大丈夫ですから」
「そういうけど、さ」
「じゃあ、家まで送ってください。前みたいに。それで最後にします」
「……そうだな」
納得してくれたようだ。
信号が赤から青に変わって、私たちはゆっくりと歩き出す。
《終わり》
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