美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません!? 聖なる力を思い知れ!

大濠泉

第1話 病気になったとたん、婚約王子は妹に乗り換え、私はゴミのように捨てられました。

 ある自然豊かな王国に、高貴な家柄の美しい姉妹がいました。


 公爵家のご令嬢で、姉をリリア、妹をイリスといいます。

 一つ違いの彼女たちはほんとうに仲が良く、少々お転婆な妹を、お姉さんが優しく面倒をみていました。

 そして、しっかり者のお姉さんのリリアは、幼い頃から王子様の許嫁いいなずけでした。


 王妃様はすでに亡く、王様も病気がちでしたが、王子はすこやかに育ち、元気いっぱい。

 そんなアモス王子もリリア嬢も、すでに十八歳。

 来月には、結婚式と披露宴が開かれることになっていました。

 そして王子様は、結婚を期に、新国王として即位する運びとなっていました。


 ところが、試練がいきなりやって来ました。


 突然、美しいリリアが、奇病にかかってしまったのです。

 赤や黒のあざが、ひたいほほにできてしまいました。

 綺麗に整った顔に、みにくい痣がたくさん浮かび上がったのです。


 突然の出来事に、公爵家は大騒ぎとなりました。

 なんとか痣を誤魔化せないものかと、侍女たちを総動員して、リリアの顔に化粧をほどこしました。

 ところが、いくら白粉おしろいを塗りたくっても、まるで空気を入れたボールのように、白粉を塗った肌から、たくさんのブツブツが姿を現わし、化粧をすればするほど、さらにお肌の状態が悪くなっていくようでした。


 打ちひしがれたリリアは、部屋にこもりがちになりました。


 妹をはじめ、家族のみんなも心配してくれました。

 妹は侍女と交代しながら、優しくリリアを看病したものです。


 ところが、リリアの病状は重くなる一方でした。

 全身に痣が広がり、お肌が醜くただれていきました。

 特に、額に出来た腫れ物が、赤くなって、大きくなる一方でした。

 さらに、生ものが腐ったような異臭が、身体からただようようになったのです。

 リリアの面倒をみる者はみな、鼻をつまむ必要があるほどでした。


 しかし、疫病なのか呪いなのか、痣の原因はまったく究明できません。

 手の打ちようがありませんでした。

 結局、高名な医者や魔術師に診せても、「治療はできない」と言われる始末でした。


「このままでは、王子との婚姻は延期せざるを得まい……」


 父の公爵閣下は苦渋の決断をし、その旨を王家に伝えます。


 ところが、アモス王子は承知しませんでした。


 すでに披露宴の案内は国内貴族をはじめ、諸外国の王侯貴族にも通達しています。

 このまま結婚式と披露宴を中止するのは、王家の恥になると思ったのでした。

 

 結果、アモス王子は、リリアとその家族の心情に構うことなく、自らリリアの寝室にズカズカと押し入りました。


 リリアに痣ができたといっても、どうせたいしたこともあるまい、と王子はタカをくくっていたのです。

 部屋にこもったのも、結婚を控え、緊張しているんだろう、くらいに思っていました。


 ところが、アモス王子はリリアの顔をひと目見た途端、


「おええええ!」


 と嗚咽おえつし、吐いてしまいました。


 リリアの病はますます深くなっていました。

 今では頬だけでなく、全身に赤い痣ができ、肌もすっかり黒ずんで、とても見られたものではありませんでした。

 額に出来た腫れ物に至っては、真っ赤にふくれ上がり、今にも張り裂けそうでした。


「なんとけがらわしい。余は化け物をめとるつもりはない!」


 王子様は顔を真っ赤にして、そのまま立ち去ってしまいました。


◇◇◇


 王子様がリリア嬢の病床を見舞いながらも、即座にきびすを返し、退去なされたーー。

 そうした噂が、あっという間に、ちまたささやかれるようになりました。


 それを期に、リリアに対する家族の応対は冷たいものになっていきました。

 もとより母親は見舞いに顔を出したことはありませんでしたし、妹のイリスも姉の身体を濡れ布巾ふきんいてあげる日課を取りやめました。


「伝染したら嫌だわ」


 などと、妹からも陰口を叩かれるようになってしまったのです。


 親しい身内の人々までもが、リリアに冷たい視線を投げつけるようになリました。


 結果、リリアは女中部屋にまで追いやられてしまいました。

 長年お仕えしてきた侍女頭じじょがしらだけが、リリアの許に食膳を運び、部屋を掃除してくれるだけとなってしまったのです。


 それでも、病状と同じく、リリアを取り巻く環境は悪くなる一方でした。


 父の公爵閣下は、娘、リリアのことを不憫ふびんには思っていました。

 でも、王国の宰相でもある父は、政治的にも、これ以上、アモス新王の即位を遅らせるわけにはいきませんでした。

 かくなるうえは、「リリアには身をひいてもらうしかない」と考えたのです。


 幸い、公爵家にはもう一人、美しい娘ーーイリスがいます。

 実際、貴族や国民にとって、今、強く求められているのは〈新国王の即位〉であり、アモス新王のお相手たる王妃が、リリアである必要はまったくありませんでした。

 リリアの代わりに、一歳違いで、同じように美しい妹のイリスが王妃となっても、王家にとっても、公爵家にとっても、何ら問題はないのです。

 問題があるとすれば、アモス王子自身が、これまで、リリアこそ、愛する婚約者ーー将来の妻だと思い、イリスはその可愛らしい妹程度に思っていたことだけです。

 そしてイリスは、姉のリリアほど厳しいきさき教育を受けていないので、少々奔放ほんぽうに振る舞うきらいがあるといったくらいでした。


 結局、王様と公爵は相談し、醜くなった姉リリアの代わりに、妹イリスに、アモス王子のところにとつがせることに決したのでした。


 結果、王家からリリアに、婚約破棄が通達されました。

 そればかりか、自分に代わって、新たに王子の許嫁いいなずけになるのが、妹のイリスであると知らされます。

 リリアは深い絶望の淵に叩き込まれました。


(ひどい! 私の中身は、そのままなのに……)


 婚約破棄通知の手紙を、リリアの許に持ってきたのは、妹のイリスでした。


「ごめんなさい、お姉さま。このようなことになるなんて……。

 でも私、お姉さまに代わって、お家の勤めを立派に果たして参りますので、ご安心を」


 これまでずっと、リリアは妹イリスと仲良しでした。

 もっとも、わずか一歳違いでありながら、一方的にリリアがイリスの面倒を見ていたという格好ではありましたが。

 リリアは幼い頃からきさき教育を受け続けていたのに対し、次女である妹イリスは、いずれ他所よその貴族家に嫁ぐものとして、かなり自由に育てられてきました。

 食事の際、姉妹が顔を合わせても、おしとやかに振る舞うよう叩き込まれたリリアに対し、妹のイリスは好き勝手に振る舞い、テーブルマナーですら覚束おぼつかなかったほどでした。

 皮肉なことに、それがまた、両親に気に入られているかのようですらありました。

 四方に聞こえた〈美人姉妹〉でしたが、そもそもの立ち位置が大きく違っていたのです。


 とにかく、妹のイリスは感情をすぐ顔に出す性格で、今回、姉に向けての婚約破棄通知を手渡す際にも、喜びの表情を隠そうともしませんでした。


 イリスはすぐに退室しましたが、勝ち誇った妹の顔が、目に焼きついて離れません。

 リリアは悔しくて、婚約破棄通知の手紙を握りつぶし、自分に言い聞かせました。


(イリスはーーあのはいいのよ。もとより、ああいう娘だったのですから。

 それでもーー)


 リリアが思い浮かべる顔は、父上、母上ーーそしてアモス王子でした。


 公爵家では、両親ともが、「将来は王妃になるのだから」と、姉にはいろんな課題を押し付けておいて、妹には「可愛い娘はお前だけだ」と可愛がる傾向がありました。


「あなたは、お姉さんなんだから、妹の面倒を良くみてーー」


 と、リリアはいつも両親から言い聞かせられてきました。


 王子からも、


「将来、僕の妻ーー王妃になるのだから……」


 と言われ、あれこれと注文をつけられ、気を使わされ続けました。

 それなのにーー。

 いきなり婚約を破棄され、将来の王妃の座すらも、妹に譲り渡す羽目になるだなんて……。

 リリアは唇を強くみました。


(今までの、あの苦難の日々は何だったの?

 長年の苦労の結果が、この仕打ちだというの?

 そんなの、納得いかない。

 おかしいわよ、そんなの。

 だいたい、王子も王子よ。

 何年、付き合ってきたと思ってるの?

 学生時代、学園祭の時に、王子は言ってくださったわよね?)


 庭園を散歩しながら、笑顔いっぱいでアモス王子は言いました。


「結婚して、子供ができて、どんなに忙しくなろうとも、こうして一緒に公園を散策して、花をでる時間をしっかりとっていこう。

 僕ら二人のために、世界はあるのだから」


 と、そう言ってくれたじゃない?

 それが外見が変わったからといって、この仕打ち!?

 王子様と誓った永遠の愛の約束は、嘘だったの!?


 醜い身体を引きずりながら、リリアは動き回りました。

 両親のみならず、王様やアモス王子にまでも、その真意をたずねて回ったのです。

 その際、リリアは胸の内を全て打ち明けて話しました。

 それでも、誰からも相手にされませんでした。

 誰もが、変わり果てたリリアの顔から目をらせるだけ。

 リリアにとって、自分には味方がいないと痛感するだけの日々となってしまいました。


 その一方で、リリアから責められることを、みなが恐れ始めました。

 特に、リリアのお母さんが、堪忍袋の緒を切らせました。

 彼女はリリアお付きの侍女頭に命じました。


「親を困らせるような娘は、娘じゃありません!

 あなたも、今後、リリアの面倒を見るのを禁じます。

 親不孝な娘は、地下に閉じ込めてしまいなさい!」


 それを期に、さらにリリアの扱いは酷くなりました。

 リリアは地下牢に押し込められるようになったのです。


 地下牢に閉じ込められて、一日に一度、一枚の皿に入った水と、硬いパンが、下人の手によって投げ入れられるようになりました。

 しかも、逃亡されることを恐れて、両手両足を鎖でつながれてしまいました。

 そんなリリアは、犬のように皿の水を舐め、涙するしかありません。

 病状は悪化し、すでに全身の皮膚が爛れて、身を起こす気力も湧かなくなっていました。


 それでも、リリアの不幸は続きます。

 両親と妹が、さらなる追い討ちをかけてきたのです。


 リリアが奇病に罹ってから一ヶ月経った、満月の夜ーー。


 妹と父親がやってきて、地下牢からリリアを引っ張り出しました。

 下男に命じて、リリアを担がせ、そのまま、ロバが繋がれた車輪付きの荷台に乗せたのです。


 父の公爵は顔を伏せ、正面から娘リリアを見てはくれませんでした。

 醜く変わり果てた娘の顔を見たくなかったのです。

 リリアは悔しくて、涙も出ませんでした。

 母親は、見送りにすら来てくれませんでした。

 妹のイリスは、父のかたわらで、表向きは悲しげに涙を浮かべていました。

 けれども、彼女の口のがわずかにほころんでいたのを、姉は見逃しませんでした。


 妹のイリスが鼻をつまみながら、荷台に乗せられたお姉さんに顔を近づけました。


「ごめんなさい、お姉さま。このようなことになるなんて……。

 でも、恨まないでね。お家のためですもの」


 姉の額に出来た腫れ物を目の前にしながら、一切、手に触れることなく、妹は笑顔をみせます。

 そして、「もう行きなさい」と下男に金を握らせて命じました。


 荷台には、リリアのほかにも、ゴミや家畜の餌も一緒にせていました。

 文字通りの「汚物扱い」です。

 腐った匂いの只中で、リリアはしくしく泣きました。


 荷車が向かった先は、〈投げ込み穴〉と通称されているところでした。

 性病や伝染病にかかった売春婦や遊女を放り込む穴が、地面に大きく穿うがたれているところです。


「恨まないでくださいよ」


 下男は、リリアをぐるぐると簀巻すまきにして担ぎ上げ、穴の中へと放り込みました。


 リリアは悲鳴をあげることもできませんでした。

 あまりの酷い扱いに、声を失っていたのです。


 穴の底に落下した衝撃で、全身が痛みました。


 今宵は満月ーー。


 簀巻きになったリリアにとって、ただ眼だけが動き、周囲の景色を眺めることができました。

 彼女の傍らにあったのは、人間の死体ばかりでした。

 腐った死体。

 乾涸ひからびた死体。

 白骨化した死体ーー。


 リリアは両眼に涙をいっぱいに溜め、夜空を見上げました。


(私の中身は何も変わらないのに……。

 身体が醜くなったというだけで、人々の態度がこんなにも変わってしまうだなんて……。

 お父様もお母様も、そして妹もーーいえ、長く仕えてきた侍女たちまでもが、私を汚物でも見るかのような目つきになって……。

 それに、アモス王子まで……。

 今までの愛情は何だったのでしょう?

 こんなにも浅い人間関係しか、私にはなかったのでしょうか?

 ああ、もはや何も信じられない。

 これ以上、生きていたくない。

 もう死ぬしかないんだわ……)


 リリアの身近に広がる世界は、腐った死体だらけで、陰惨を極めていました。

 ところが、穴の中の様子に関係なく、夜空は美しい。

 満月が白く輝き、星々がまたたく、美しい夜空が広がっていました。


 星空に向かって、リリアは声を出して泣き続けました。



 そして、翌朝ーー。


 星空に代わって、朝日が輝く青空が広がっていました。


 陽光を浴びて、リリアが目を覚ますと、すぐ目の前に、鳥がいました。

 額にできた大きな腫れ物の上に、白い鳩がとまっていたのです。


 気づけば、穴の上から声がしていました。


「おや、まあ! 生きている人がいるのかい!?」


 おばあさんが顔を出し、穴の中を覗き込んでいたのです。

 

 おばあさんは呪文を唱えて杖を振ります。

 すると、リリアの身体は宙に浮かび、そのまま穴の上へと昇っていきました。

 次いで、おばあさんは、紐をほどき、簀巻きの状態からリリアを解放したのです。

 おばあさんはリリアの腫れ上がった額や痣だらけの身体にまったくひるむことなく、頭を撫でてくれて笑顔をみせました。


「私は呪術師パリスーー魔術師のお仲間みたいなものだ。

 不幸な女性の供養のために、たまにここに来るのだがね。

 今日はペットのぴーちゃんが思わぬものを見つけたよ」


 おばあさんの足元に犬もいました。

 ふさふさのけむくじゃらの、丸くて真っ白な犬です。

 おばあさんは犬の散歩も兼ねていたようでした。

 その犬が近づいてきて、リリアの顔を舐めました。


(ああ、優しいーー)


 人間とは違い、犬はまっすぐリリアをいたわり、癒そうとしてくれました。

 その事実に、リリアは感動しました。


 こうして、リリアは九死に一生を得たのでした。

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