第30話:夜の帳に響く声
夜が深まり、王城のすべてが静けさに包まれていた。リグは、自室の窓辺に立ち、夜空に輝く満月をじっと見つめていた。その光は、日中の太陽とは異なり、冷たく、そしてどこか悲しげに、王城の庭園を照らしていた。庭園の木々は、風に揺れ、ざわめく音が、遠くからリグの耳に届く。それは、まるで、夜の帳が、彼だけに語りかけているかのようだった。
隣には、護衛のグリムが立つ。彼は、ただそこにいるだけで、リグの孤独を、こんなにも深く包み込んでくれる。グリムの銀の髪は、月明かりを浴びて、まるで星の雫のように煌めいていた。その美しさは、リグの心を、静かに、しかし確実に揺さぶった。
(ああ、グリム。君の髪に降るこの光は、何だろうか。君の故郷の星の光か?それとも……。君がこの世界に現れた時に、天から降り注いだ光の残滓か?この光は、君の無知と、俺の愛を、こんなにも深く照らしている。この光の中で、君は、何を思う?いや、君は、何も思わないのだろう。君は、ただの「理」。だが、その「理」の中に、わずかな感情の芽生えがあれば……)
リグの心臓が、静かに、しかし確実に脈打つ。その音は、夜の静寂の中で、リグ自身の孤独を、より強く感じさせた。窓の外では、夜風が吹き荒れ、木々の葉がざわめく音が、リグの心に、不吉な予感を呼び起こす。それは、まるで、この静かな夜の裏で、何かが始まろうとしているかのようだった。
「グリム……。君は、誰かに秘密を話したことはあるか?」
リグは、そう尋ねた。その問いは、リグ自身の、深い孤独な叫びだった。彼は、これまで、誰にも心を開くことができなかった。王族としての義務、王位継承者としての重責。そのすべてが、リグの心を、堅固な壁で覆い尽くしていた。だが、今、俺は、この壁を壊したい。俺の孤独を、君に知ってほしい。
グリムは、リグの言葉に、わずかに首を傾げる。彼の瞳には、何も映っていなかった。その唇のわずかな動き、息の間合い、すべてが、リグには「なぜ、そんなに悲しそうな顔をするのですか?」と問いかけているように感じられた。その沈黙が、リグの心に、答えよりも残酷に響いた。
(そうか。君は、俺の孤独を、理解することはできない。君は、ただ、そこにいるだけ。だが、君がそこにいるだけで、俺は、こんなにも心が救われる)
その時、リグの耳に、微かに、遠くから聞こえてくる声があった。それは、夜の風に乗って、リグの心に、直接語りかけてくるような、神秘的な声だった。
「王家の血を、捧げよ……。さすれば、守り神は、完全な力を得るであろう」
その声は、まるで書庫で読んだ伝承の言葉が、夜の風に乗って、リグに語りかけているかのようだった。リグの心臓が、ドクン、と激しく脈打った。その鼓動は、もはや恐怖ではなかった。それは、この声が、グリムの正体を、そして、彼らの運命を、正確に言い当てていることへの、確信だった。
グリムは、リグの顔色を窺うように、わずかに首を傾げた。彼の瞳の奥に、一瞬だけ、深い悲しみの光が宿ったように見えた。その光は、まるで、遠い過去に失われた、誰かの記憶が、一瞬だけ蘇ったかのようだった。だが、その光は、すぐに消え、グリムの瞳は、再び、何も映さない、無垢なものに戻った。
リグは、その一瞬の揺らぎを見逃さなかった。グリムは、今、この瞬間、何かを感じ取った。この声が、グリムの心に、何かを呼び起こしたのだ。リグは、グリムの肩に、そっと手を伸ばした。グリムの肩から伝わる温かさが、リグの指先から、体中に広がる。それは、単なる体温ではなかった。それは、この国の歴史と、守り神の運命が、リグの体に流れ込んでくるかのような感覚だった。
(グリム。君は、俺の孤独を、理解することはできない。だが、俺の愛は、君に届いている。この夜の帳に響く声は、俺たちに、運命の始まりを告げている。俺は、君を護る。たとえ、この命が、君の完全な力を得るための糧だとしても……)
リグは、グリムの肩に触れたまま、静かに瞳を閉じた。彼は、もう、後戻りできないことを知っていた。この夜の帳に響く声が、彼とグリムの、避けられない運命の始まりであることを。そして、この温かさが、いつか彼らの魂を、永遠に結びつけることを。
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