【1-14】襲撃の謎

 タルタと挨拶を交わした後、チオッラの提案でチオッラの家に行く事になった。

 扉を開いて早々、沢山のスライム草が出迎えた事によりちょっとした騒ぎになったが、チオッラによってスライム草を退かされると、そのまま奥の部屋に入っていった。


「いやぁ、噂には聞いていたけれど……何というか、すごいね」


 と、席に着くなり笑みを貼り付けたタルタは呟くと、チオッラは笑顔で返した。


「こちらとしてはタルタ大先生に見てもらえて嬉しいですけどね。記念として、このラブラブスライム草とかどうですか?」

「んー、いいかな」


 間に合ってるし。と、タルタはやんわり断る。

 桃色に赤い模様が沢山入ったそれは、見ただけでも怪しい草である。

 断られた事でチオッラは少し残念がっていたが、それを棚に戻した後、ウォレスが咳払い交じりに言った。


「タルタ先生はいつからここに?」

「二週間前だよ。ラピスラでの公演後にここの里の人と会ってね。怪我人がいるから手当てしてやってほしいと」


 タルタ曰く、トウの怪我は大した事はなかった様だが、しばらく何も口に出来ていなかったのか身体が弱っていたという。更には精神的な不調もあり、しばらくここに滞在しているという。

 ちなみにチオッラはタルタが来ていた事は知っていた様だが、研究に没頭していて、今日初めて顔を合わせたらしい。


「じゃあチオッラはドラゴンの事もあまり知らなかったり?」


 そうレンが訊ねると、チオッラは苦笑いを浮かべつつ頭を縦に振る。


「被害があったのも、この上にある神樹の里のエルフ達なんです。だからあまり知る人がいなくて」


 元々あそこは奥地の方だから、被害に気付くのも時間が掛かったとチオッラは話す。

 ここまで話を聞いていた俺は、一つ疑問をチオッラに投げかける。


「その被害が分かったのは一ヶ月前か?」

「いえ、二週間前です。その時にはもう神樹の里のエルフは全滅していましたから」

「全滅……?」


 思った以上の被害に、つい怪訝な声を上げてしまう。それにはマコト達も驚くと、レンがある事に気付き「あれ」と声を漏らす。


「でもジークヴァルト様は一ヶ月前には知っていたんだよね? エメラルからここまではかなり距離がある筈なのに」

「それに全滅までしているのに……何なんだ、この動きの遅さは」


 情報伝達の違いに、被害状況に似合わない異様な空気と動きの遅さ……

 レンの疑問に続いて、マコトも呟くと、俺はチオッラを見る。チオッラはチオッラで不安げな表情を浮かべ、俺達を見ていると、タルタは頭を抱えつつ口を開いた。


「えっと……一旦整理しようか。キサラギ達はエメラルでドラゴンの退治依頼を受けた。その際に聞いた情報では一ヶ月前に被害があったと」

「ああ。それでタルタ達は」

「僕は二週間前に、この里のエルフ達がトウを制圧した後に、手当をしてほしいと頼まれてここに来た。チオッラは制圧時の事は知っているのかい?」

「詳細は知りませんが、村の戦士達の話だとタルタ先生が来る直前に彼を抑えたと」


 それは間違いないとタルタにチオッラが言えば、ウォレスは胸の前で腕を組みつつ、チオッラに更に訊く。


「その、神樹の里のエルフ達が全滅したのはいつだと分かるか?」

「それは、確かタルタ先生が検案したかと」

「ああ、そうだったね。それもついでに頼まれたから……とは言っても、僕が見た限りではそう時間が経った感じではなかった」


 だから最近起きたんだと思っていたとタルタは話す。その上で気になる所もあると、彼は話す。


「ドラゴンの姿になってトウが暴れていたのは確かなんだけど、遺体を見て時その傷が爪や牙によるものじゃなかった」

「えっ」

「どういう事だ」


 タルタの言葉にチオッラとウォレスが反応する。俺は無言でタルタを見つめると、タルタは眼鏡を掛け直しつつ、静かに言った。


「普通獣による傷というのは、その生物の大きさにもよるけど、強い力も合わさるから傷が酷い場合が多いんだよ。けど彼らの傷は着衣の乱れはあれど、どう見ても刃物による傷だった」


 あれはどの医術師でも分かると思うけど。と、彼は呟く。俺達は顔を見合わせると、レンが苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「これじゃあ、まるでジークヴァルト様が怪しいって言っている様なものじゃん」

「ここまでの話を聞いていたらな。けどジークヴァルトがどうやって情報を得たかまではまだ知らない」


 少なくとも直接赴いて知る事はないだろうから、兵士や民等を通じて知ったのだろう。怪しい所と言ったら、先ずはここら辺ではないかと思う。


(とは言っても、ジークヴァルト本人の疑いは完全に晴れた訳じゃないけどな)


 昨晩話していたが、ここの里のエルフとあの街にいる海エルフは仲が悪かった筈。彼の性格を考えればあり得ないとは思うが、外から見たらそこを突っ込まれる可能性もあるだろう。

 故に、それをも利用しエメラルやトウに濡れ衣を着せた黒幕がこの事案に潜んでいる。


「……ま、怪しいといったらやはりあそこだろうな」


 そう小さな声で呟くと、ウォレスは腕を組んだまま息を漏らす。

 レンやタルタも理解する中、マコトとチオッラは首を傾げると、ウォレスはそれを口にした。


「見た感じではヴェルダの仕業だろうな。しかし、それでもまだ疑問は残る」


 何せトウはヴェルダに所属しているからだ。捨て駒にした所で、ヴェルダは真っ先に疑われてしまうだろう。それに遺体の傷の事も気になる。


(……本当にヴェルダの仕業か? いや、腕輪が関わっている以上ヴェルダは無関係ではなさそうだが)


 もしかしたら俺達の知らない別勢力が関わっている可能性も?

 皆して悩んでいれば、レンがふと扉の方を見る。それに気付いたマコトが声を掛ければ、レンが自らの口元に人差し指を当てた。


「シー……」

 

 レンの言葉と仕草に俺達も口を閉ざすと、外から微かにだが怒号と悲鳴が聞こえる。ただならぬ様子に、俺達の間に緊迫した空気が流れると、俺は扉に近づきそっと外の様子を伺う。

 瞬間鼻腔に入ってきたのは焼けて焦げた様な匂いだった。同時に煙も室内に入ってくると、咳き込みながらも扉を閉める。

 咳き込んだ事で、心配したのかマコトが傍に駆け寄ってきた。


「キサラギ!」

「……何かが燃えている。恐らくは敵襲か何かだ」

「敵襲だと?」


 袖口を当てながら伝えると、マコトが深刻そうに顔を歪める。

 そうしている間に、扉とは別に背後から煙たい匂いが漂ってくると、確認しに向かったチオッラが戻るなり声を上げた。


「っ、上の階から火の手が上がってる‼︎ 僕のスライム草が‼︎」

「とにかく逃げるぞ……!」


 ウォレスがそう俺達に向けて叫ぶと、袖を口で押さえつつ、再度扉を開ける。外は煙と炎で視界が明るく真っ白になっていた。

 その光景にマコトは絶句すると、俺はマコトの肩を抱き、共に外に出る。続けてウォレスとレン、そしてタルタが出た所で、いくつかのスライム草を抱えたチオッラが転がる様に出ると、外から火の粉が降ってくる。

 見上げれば、チオッラの家の上部の方から炎が上がっていた。


(とにかく一体ここから離れるか)


 そう思い、逸れぬ様にマコトの肩を掴んだまま、その場を動く。すると、風を切る音と共に殺意を感じ、俺は短刀を引き抜き様に振るった。

 短刀は白い煙の中から現れた大剣を弾き返すが、その反動は凄まじく、マコトと共に膝をつく。


「ッ」

「キサラギ! マコト!」


 レンの声が響く。すぐ様立て直したその鎧騎士は、もう一度大きく剣を振り上げた。


(っ、くそ、間に合わねえ)


 せめてマコトだけでも守るか。

 そう捨て身の覚悟でマコトを庇おうと、彼女の前に出た時、騎士の背後からウォレスが刀を振るう。その刀は鎧の合間を上手く切りつけ、騎士の背から血飛沫が上がると騎士はそのまま横に倒れていった。

 返り血を浴びながらも、平然とした様子で「大丈夫か」とウォレスに言われれば、俺は放心しつつも小さく頷く。


「そうか。なら良いが。……まだ敵はいる。警戒しろ」

「……ああ」


 分かったと返しつつ、マコトを立たせると、気を引き締めて辺りを警戒する。そこにレンとタルタ、チオッラも合流すると、ウォレス目掛けて刃が飛んでくる。

 彼はそれを刀で弾いた後、大きく袈裟斬りにすれば、続いてやってきた鎧騎士を蹴り倒す。

 一方俺は俺でやってきた鎧騎士を抑えていくが、攻撃の一つ一つが重く、防ぐので精一杯だった。

 そこにマコトが薙刀で薙ぎ払うと、鎧騎士は大きく仰け反り地面に倒れた。


「すまない、マコト。助かった」

「! ……ああ!」


 礼を口にすれば、マコトは目を丸くした後嬉々として返す。何故そんなに嬉しげなのか、よく分からなかったが、また別の鎧騎士が襲いかかってくると、マコトは前に出て薙刀を突く。


(魔獣化した猪の時もそうだったが、意外と強いなアイツ……)


 もしや先程庇わなくても良かったのでは。なんて思いつつ、別の鎧騎士と対峙をする。

 そうしている間に逃げ道が見え、皆してそこに向かうと、そこには命からがら逃げてきたエルフ達が集まっていた。

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