Melt
夕凪かなた
Melt
ブシャー。そんな音が最適なのかもしれない。それほどまでに今、目の前に起きている状況は衝撃的だった。俺、志(し)熊(ぐま) 恭一(きょういち)は大物政治家の息子だ。父の志(し)熊(ぐま) 陽(よう)大(だい)は内閣総理大臣の懐刀と言われている。だが……現実はそんなかっこいいものではなかった。脱税に始まり秘書へのセクハラ、金をばらまき悪事をもみ消したり、そんなことをしているのを知っていた。でも、それを見て見ぬふりをしていたことへの天罰が下ったのだろう。今の状況を見ればそう思うしかないだろう。……目の前で父の首が跳ねられたのだから。
「ふぅ……こんなものですかね、あとは、貴方を殺せば終わりです」
「待て……お前は何者で、どこの誰だ?」
「答える必要はありませんが、冥土の土産に教えてあげましょう……私は殺し屋で、コードネーム、ハクといいます……それでは死んでください」
そういってナイフ? 武器を振りかぶってきた。どうしよう……このままだと確実に死ぬ。頭を働かせろ俺! そこで俺は一つの作戦が浮かんだ。
「ちょっと待ってくれないか? 言いたいことがあるんだ……好きだ! 俺と付き合ってくれ」
「……ふぇ⁉ 何を言っているんですか貴方は、親を殺した相手ですよ?」
「元々親から愛情をもらったことはない……だから悲しくもなんともない。それよりも……ハク、君だ。美しい白髪に、紫紺の目はしっかりと俺を見つめてくれる、それに足が長くて背が高いところも、そんな君に一目惚れしたんだ!」
「……信じられません。私はそういう環境で育ってきたので……それでも人に好きと言われたのは初めてです。嬉しいものですね……私の暗殺対象は貴方の親と目撃者でしたが、見なかったことにします。なので、早くここから立ち去ってください」
「……わかった」
その言葉を最後に俺はその場から逃げた。……なんとか生き残れた。今はそんな感情でいっぱいだ。明日から住む場所どうしようか? それに学校もある……今日は友達の家に泊めてもらおう。明日になれば流石にハクもあの家から去っているだろうから今日だけしのごう
次の日俺は普通に学校に来ていた。本来なら政治家、志熊 陽大の死という大きなニュースが公開され、パパラッチが押し寄せてきてもおかしくないのに、なぜか何も起こらなかった。
これはもみ消されたな……おそらく殺人ではなく、自殺や事故として扱われるのだろう。
「おはよう! 志熊君」
「おはよう」
考え事をしながら歩いているとクラスメイトが声をかけてきた。そのまま自分の席に座り空を見る。……周りが騒がしい。耳を傾けてみると……
「今日転校生が来るらしいぞ……それも超美人!」
「マジか! とうとう俺にも春が……」
「ばーかお前じゃ相手にされねぇよ」
どうやら転校生が来るらしい。でも、俺には関係ない。そう思っていた。だがその考えは間違っていた。なぜなら……
「お前ら席につけ。転校生を紹介する。入ってこい」
「はい」
そう静かに言ってそいつは入ってきた。
「へ?」
思わず立ち上がってしまった。なぜならそこには昨日父を殺した殺し屋……ハクが立っていたからだ。
「志熊、何をしている、座りなさい」
「は、はい、すみません」
担任に注意され座る。しかし、意味が分からない。なぜハクがこの学校にいるのか……そして、なぜ転校してきたのか。
「私の名前は、ハクと言います。出身は北欧の方です。これからよろしくお願いします」
ニコッと笑うと教室が沸いた。そこら中から「かわいいー」とか「なに……あの美人……」など教室が一気に騒がしくなる。
「お前ら静かにしろ! それじゃあ席は……窓際の二つ目の席」
指定された席は俺の隣だった。内心焦っていた。まさか俺を殺すつもりで転校してきたのか? などと考えていたら、いつの間にかハクが隣に立っていた。
「よろしくお願いしますね」
「あぁ、よろしく」
……おかしい、ハクに昨日の冷徹さがない。
「ところで志熊さん、私も好きです。付き合いましょう」
「はい?」
周りが静まり返る
「ですから、付き合いましょう。昨日の夜、貴方がしてくれた熱烈な告白、それに答えてるんです。好きと言う感情はまだわかりませんが、貴方に好きと言われ喜んでいた自分がいたので」
『はぁー⁉』
「ハク! ちょっと来て!」
そういってハクを連れて教室をでた。後ろではクラスの奴らが騒いでいるが、今はそんなことに気をとられている場合じゃない。急いで誰もいない空き教室に入った。
「はぁ、はぁ……どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」
「はい? どうもこうもありません。貴方が言ったのでしょう。私が好きだと」
「確かに言った……じゃあ転校は?」
「私の依頼主に貴方のことを話したら、目的は果たしたから好きにしろ。と言っていただいて、報酬で転校してきました」
「はぁ……わかった。だがハクが殺し屋だとバレたら面倒くさくなる。それはわかるな?」
「そうですね」
「だから、俺たちは元々面識があって昨日お前に告白したことにしよう……実際これから付き合うことになるだろうし」
「いいのですか?」
「俺から告白したんだから当たり前だろ」
それにここで断ったら殺されそうだしな。しかし、どういうことだ? 昨日の今日でこんなにも人が変わるのか? 駄目だ考えがまとまらない……
「志熊さん、今日から貴方と私は同じ家に住みます」
「へ? ……ちょっと言っている意味がわからないな」
「貴方住む家あるのですか?」
「うッ、でもあの家の死体とか、飛び散った血とかはどうするんだ?」
「それなら問題ありません。私の依頼主が昨日の内に片付けてくれましたから」
ハクの依頼主は一体何者なんだ? 恐らくは父に恨みを持っている人間だ。だが権力が強すぎる。仮にも総理大臣の懐刀と呼ばれていたのに、それをニュースにすることもなく殺す。果たしてこんなことをできる人間は国内にいるのか?
「ハク、君の依頼主は外国の人か?」
「……依頼主のことは明かせません。それより一緒に暮らすのですか?」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
今は考えても無駄なことは考えないようにしよう。それよりもクラスに戻った時のことを考えると憂鬱だ。
「はぁ……疲れた」
「お疲れ様です」
「ハクも疲れただろ。質問攻めにあっていたし」
「いえ、私は相槌を打っていただけなので。それより……これからどうしますか? 個人的には夕ご飯の買い出しに行きたいのですが……」
「ご飯作れるのか⁉」
「はい、基本的なものだったり、故郷の料理も一通り作れます」
正直かなりありがたい。昨日の暗殺で家のメイドさんは殺されてしまっていた。だからこれからは所謂コンビニ飯? というものになると思っていたから。……でもメイドさん殺したのハクだった。
「じゃあ、近くのスーパーに行こう」
「そうしましょう!」
「そういえばハクはなんで殺し屋になったんだ?」
「……少し長くなりますがいいですか?」
「構わない」
「では……私は北欧のとある地方で育ちました。そこは治安が悪く、生き残るためにはなんでもする必要があったのです。その一つに殺しが含まれています。しかし、ある日私はつかまりました。そこでは無造作に集められた百人の子供たちが殺し合いをさせられました。最初は孤児院みたいなものだと説明され、集められた子供たちと仲良くなりました。でもある日、急に殺し合いが始まりました。勿論みんなやる気はありませんでした。しかしある条件を付けたのです。それが最後の一人になるとなんでも願いを叶えてくれるというものでした。最初はみんな乗り気ではなかったんですけど、一人が暴れだしたらみんな殺されるまえに殺そうとし始めて、そこからは地獄でした。仲良くしていた友達に襲われ、それを殺すことでしか迎撃できなくて……それが何日も続きました。気づいた時には私は最後の一人となっていたんです。そこからは色んな殺しをしました。最初は苦でしかありませんでしたが、次第に私は殺しを何とも思わなくなってきて、そんな時に出会ったのが貴方でした。人の心など遠い昔に無くしてしまったと思っていたんですけど、貴方の熱い告白を受けた時、凍っていた私の心が熱を帯び少し溶けた気がしたんです。だから貴方と付き合えば無くしてしまったものを取り戻せる気がしたんです」
「……そっか」
まさかハクにそんな過去があったとは思わなかった。正直ハクに告白したのはその場しのぎでしかなかったが、それで少しでもハクが救われるなら俺はこれからもハクに気持ちを伝え続けよう。
「ハク、好きだよ」
「へ⁉ どうしたのですか急に‼ あまりからかわないでください……」
「いやさ……俺も気持ちがわかるから。俺も親から愛されなくて、親友と呼べる友達もできなくて、上辺だけの虚しい関係だった。だから一人の気持ちがよくわかる……それに、俺がハクに気持ちを伝えて少しでもハクの凍った心が溶けるならいくらでも伝えるし、そばにだっている。だからこれからはハクのしんどい気持ちを俺にも少し背負わせてほしい」
「……はい! ……今まさに、心があったかくなりました!」
「そっか。それならよかった。よしスーパーについたし買い出しするか」
ハクの過去を知れてよかった……これからは俺がハクの笑顔を守っていきたい。それに、ハクの過去と今回の暗殺、そして殺しの依頼主。何かが繋がってそうな気がしてならない。
Melt 夕凪かなた @yunagikanata0619
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