第4話 ミルフィーユ、風呂に入る
昼間は店頭に並び、夜はボウルとおしゃべり――そんな毎日は、1ヶ月ほどで終わった。
いつものように、いろんな人が私を見ては通り過ぎていく。
けれど、今回の人は最初から反応が違った。
「おおっ! 本当に赤竜の亜人だ!」
大抵の人は「可愛い」と言って足を止めるのに、この人は私の“姿”ではなく“赤竜”のことに驚いていた。
爽やかな顔に眼鏡をかけ、長い布をまとっている。
いつも来る人たちとは少し雰囲気が違う。
奴隷商人がいつものように説明を始めるが、その人は全然聞いていなかった。
逆に、私を指差して、楽しそうに話し出した。
「赤竜の母親は、生後1週間で子供を置いて飛び立ってしまうんです。普通の赤竜の赤ちゃんなら生き延びられますが、赤竜の亜人は人間の血が濃く出てしまっていて――いわゆる劣化遺伝というやつなんですよ!」
「は……はぁ……」
難しい話に、奴隷商人は困った顔をする。
けれど、その人の話はまだ続いた。
「つまりですね、普通の赤竜の赤ちゃんよりずっと弱いのに、生まれてすぐに置いていかれる。だから赤竜の亜人がこうして生きて見つかるなんて、本当に珍しいんです! 欲しい! いくらですか!?」
「は、800万です」
「ん?」
私は思わず声を出した。
昨日までは400万って聞いていたのに、今回は800万になっていたからだ。
「800万ですか? 分かりました! 貯金を下ろしてきてよかった!」
その人はすぐにお金を渡し、私に首輪を付けて牢屋から出してくれた。
そして、抱き上げて笑いかける。
「お嬢ちゃん、名前はなんて言うの?」
「ミルフィーユです」
私がそう答えると、その人はとても嬉しそうに笑った。
「人の言葉を理解して、答えることもできるの!? まだ生後4ヶ月くらいだよね? 知能もかなり高いんだね」
私は腕の中の魔導師風の男――ロベルトの顔を見上げる。
「僕はロベルトって言うんだ。よろしくね」
「ロベルト?」
私がその名を口にすると、ロベルトは嬉しそうに微笑み、私の頭を撫でてくれた。
「優しい声をしているね。――それと、この首輪はね、外そうとしたり、僕に歯向かおうとしたら強く絞まるんだ。だから絶対にやっちゃダメだよ」
私は小さく「うん」と答える。
ロベルトは満足げに頷き、私を抱いたまま店を出ようとした。
「あ……ボウル」
「ん? ボール? ボール遊びがしたいのかな?」
ロベルトが不思議そうに聞く。
私は腕から降ろしてもらうと、隣の牢屋にいるボウルのところへ駆け寄った。
「高額なのに売れたね。幸せになるんだよ、ミルフィーユ」
ボウルは私に気づくと、優しくそう言ってくれた。
「ボウルも行こっ!」
私は牢屋の鉄の棒をガチャガチャ揺らし、壊そうとする。
けれど、やっぱり私の力ではびくともしない。
困った顔をする店の人たちを見て、ロベルトが奴隷商人に声を掛けた。
「この狼の亜人も買いましょう。……それと、赤ちゃんは毛布に執着することが多いので、この子が使っていた毛布もいただけますか?」
「えっ? あ、はいっ! ありがとうございます!!」
奴隷商人は慌てて頷き、ボウルに私と同じ首輪を付け、牢屋から出してくれた。
「ボウルさん、ミルフィーユの毛布を持ってもらえますか?」
ロベルトは私を両手で抱き上げたまま、ボウルにそう頼む。
ボウルは素直に従い、ゆっくりと私の毛布を牢屋から取り出してくれた。
* * *
そして、私たちはロベルトの家に到着した。
「お帰りなさい、ロベルト。あら?この子が噂の竜の亜人ちゃん? 本当に可愛いわね」
家に入ると、すぐに女の人が迎えてくれた。
「ああ、ただいま。レベッカ。この子が竜の亜人のミルフィーユだよ。そしてこちらが狼の亜人、ボウルだ」
ロベルトはレベッカと呼ばれる女の人に私たちを紹介した。
ボウルが深々と頭を下げるのを見て、私はロベルトに抱かれたまま真似をして頭を下げた。
「あら、本当に可愛い! 私にも抱かせて」
言うが早いか、レベッカはロベルトの腕から私をひょいと奪い取った。
「……あら? ちょっと臭うわね、この子」
レベッカは私の頭に顔を寄せ、においを気にしている。
「ずっと奴隷商人の牢にいたからね。まずはお風呂に入れてあげてくれないか?」
ロベルトがそう頼むと、レベッカは快く引き受け、私を抱いたままお風呂場へ向かった。
玄関口では、ロベルトがボウルに声を掛けている。
「2人のあとで、ボウルも体を洗ってね」
「承知した」
* * *
お風呂場の前――脱衣所で、レベッカは私を床に下ろすと、自分の服を脱ぎ始めた。
私は何が起こっているのか分からず、じっと見つめてしまう。
するとレベッカは私にも「服を脱いでごらん」と言った。
私は言われるままに服を脱ぐ。
2人とも裸になると、そのままお風呂場へ。
そこはツルツルの床で、横には人が入れるくらい大きなお皿のようなものがあり、中には暖かそうな水がいっぱい入っていた。
「すごいでしょ? ここは田舎だから、家にお風呂があるのは珍しいんだよ」
レベッカはよく分からない自慢をしながら、大きなお皿から暖かい水を私にかける。
それから、良い香りのする泡で私の体をやさしくこすり、最後にもう一度お湯で流してくれた。
何が起きているのかよく分からなかったけど、とても気持ちいい。
少し寒いときもあったけど、全体的にはふわふわして幸せな気持ちになった。
そしてレベッカは私を抱き上げ、そのまま大きなお皿の中へ。
たっぷりの暖かい水が体全体を包み込む。
私は毛布が大好きだったけど――このお皿の暖かい水も、大好きになった。
お風呂を出ると、レベッカがタオルで私の体を拭いてくれる。
「すごくスベスベねぇ……髪の毛も綺麗な赤だし……」
レベッカは拭きながら、一つひとつ感想を口にした。
私の尻尾や羽にも興味を示し、丁寧にタオルで拭いてくれる。
そのあと自分の体を拭き、服を着ると、私にも新しい服を着せてくれた。
今まで着ていた服は汚いから、とのことだった。
でも、私の体はレベッカの膝くらいの大きさしかないから、当然ブカブカ。
その姿がレベッカには可愛らしく見えたのか、思わず「ぷっ!」と笑っていた。
お風呂を出ると、次はボウルがお風呂に入る。
すれ違いざま、ボウルのにおいが少し臭いことに気づいた。
今まで気づかなかったのに……お風呂に入ると、臭いものに敏感になるのかな?
そのあと、レベッカは私の髪を乾かしてくれた。
「うわぁ……あなた、本当に美人になるわね」
レベッカが真剣な顔でそう言う。
「美人?」
私は言葉を繰り返す。
「ねえ、ちょっとロベルト! この子、すごいよ!」
レベッカが奥の部屋のロベルトを呼ぶと、ロベルトは慌てて走ってきた。
「どうした!? レベッカ!」
勢いよく入ってきたロベルトに、レベッカは私の姿を見せる。
「ほら、すごく上品な顔してるでしょ?」
「……おお。確かに、これは……どこかの国のお姫様みたいだな」
「でしょ? 本当にそうなんじゃない?」
「ハハハ、まさか。でも……これはいい買い物をしたな」
ロベルトは満足そうに私の頭を撫でてくれた。
そのあと、ロベルトとレベッカはボウルが風呂から出るのを待ち、私たちを部屋へ案内してくれた。
部屋は地下にあって、4畳くらいの小さな空間だった。
ベッドの上には、私の毛布が置かれている。
私は嬉しくなってベッドに飛び乗った。
フワフワで、体が一瞬沈み込む。びっくりして慌てて飛び退くと、ロベルトが笑った。
「ハハハ。あまり跳ねると壊れるから気をつけてね。それとボウルさん、本来買う予定じゃなかったから部屋がここしかないんだ。狭いけど我慢してほしい」
「承知した」
「それと役割を伝えておくよ。まず、ミルフィーユ。君には僕の研究の手伝いをしてもらう。でも、まだ小さすぎるから、竜の亜人としての特性が出てからだ。今はとにかく成長すること」
「はい!」
私は元気に返事をする。
「そしてボウルさん。君はミルフィーユのお世話と家の家事を頼む。ただし、1番大事なのはミルフィーユのお世話だ。赤ちゃんとはいえ空を飛べるからね。僕1人じゃ対処できないこともあるだろう。よろしく頼む」
「承知した」
ボウルはロベルトやレベッカの前では口数が少ない。
でも、私と2人のときはもっとおしゃべりで、ヨボヨボした感じになるのに……。
カッコつけてるのかな?
こうして、私たちの新しい生活が――また始まった。
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