拝啓
一筆書き推敲無し太郎
第1話
拝啓--様。今宵も麗しゅうございます。求婚の手紙を認めるは4度目。貴女を想う私の焦がれる気持ち。些かも留まりませぬ。依然と強く逞しく貴女をお慕い申し上げております。どうぞ、本日こそ、お返事を頂けませんか。敬具
認めた手紙は4回目でも、書き直しに関しては30回は超えている。その度に読んでもらうにふさわしい内容と考えるだけで緊張する。なぜならこの手紙を送信している相手は顔も名前も知らない匿名の詩人だからだ。彼女の国語力、語彙、内面の美しさにほれ込んだ私は詩の感想ボックスとして用意されている東京の高層ビルの一角に開いているという会社へこの手紙を送信している。国語は学生のとき一番苦手で手紙の認め方、何を書くかさえわからずにいたが、彼女を想像して書いていくと意外と楽しかったし、彼女に届くかもしれない、見てもらえるかもしれない。そんな思いで書き続けている。どんな容貌でどんなお姿なのだろうかと年甲斐もない想像を掻き立てている。詩は穴が開くほど読んだ。AIに読み込ませて対話して、深層心理や無意識の感情を見つけるように指示して。彼女はこう思っているのではないか、こう考えて、感じたから詩を作っているのではないかと。盲信する私は私も詩を書いて彼女と同じ会社に所属するか…と考えたが、さすがに努力・センスの世界。物書きの世界は甘くない。佳作にすら届かない。でも手紙を送ることは誰にでもできるから求婚の手紙は半年に一度にして詩に対する感想は送りまくっている。1つの詩に3つの手紙、我ながらよく書くなと思うが、読者としては熱心と映るのではないかと甘く考える。それに熱狂な人間がいるから継続できるのではないか?数字が取れないのであれば打ち切られる漫画の世界と似ているのでは?だったらばと肯定する。
詩に変化が生じているとAIからの指摘があった。ただ、彼女の作品を悪く言う事を禁じているため、弱く出力された文章だった。いわく、詩が以前より牙が抜けているのだと。彼女の詩は社会に対する怒りで構成された詩だ。それも政治問題などではなく、ボーヴォワールの哲学のような文章…らしい。ボーヴォワールが誰か私はわからないが、彼女の活動方針としてホームページに載っている。それの牙が抜けているのだと。私には変化がわからないが、そうなのか。今回は詩に対して1通のみ、簡潔に送った。牙を取り戻すには強い情動が必要らしいから。
詩はさらに弱くなっているって、AIが指摘を続ける。私もそう感じて来た。スランプだろうとごまかしたが、内心は穏やかではなかった。彼女の詩の特徴2つ目として結婚観や恋愛感情に切り込む特徴がある。それが弱まっているというのはもしかして彼氏ができたとか、結婚したとか…。そんな中、半年に一度の求婚の手紙の時期がやってきた。今回は見送ろう。幸せなのならば私の感情は迷惑になるから。
詩が強くなった。どういうことだ?それも結婚に対して悪感情を書き連ねているような文章でまるで身近にそれがあったかのような公私混同。追い打ちをかけるように連載休止の文字列が。不思議に思う私は手紙をいつもより多く出そうと考えた。2つは今回の詩に対して。1つは休載に関して。1つは求婚の手紙だ。
拝啓――様。私めは疑問でございます。それはご静養なさることではなく、詩に乱れが認められることであります。それでも私はいつかかつてのような烈火の糾弾を見とうございます。お慕いする気持ちに変わりありませんが、貴女がわからなくなっております。敬具
こんな文章で送ることはない。でも純粋な気持ちだからと送信した。 後日、会社から返信が来た。こんなことは初めてだ。封筒1枚に手紙が1枚あるくらいの薄さ。
拝啓熱心な読者様へ。
平素より――を応援いただきありがとうございます
休載に当たってお知らせしておきたいことがございましてこちらの手紙を送信しております
--が他界致しましたことをご報告いたします
心臓発作により急逝いたしました
深い悲しみゆえご通知が遅れましたことお赦しください
生前のご厚情に深く感謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます
休載の前段階で逝去したため、新作がございませんこと、重ねてお知らせいたします。
この先の文章は読めなかった。読んでも無駄だと。思えば長い道のりだったし、高い壁を叩いている生活だった。無教養の私が賢くなれたように錯覚した趣味だった。やっぱりこういう人は美人薄命なのかと、過去の詩を読み返す。送った手紙のコピーを手元に置いて見比べる。喪失を迎えるのは先のことだ。今はここで耽っていたい。内面の美しさを、忘れられない詩を。
拝啓 一筆書き推敲無し太郎 @botw_totk
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