第34話「町の誇り」


朝の市場は、港町らしい賑わいだった。焼き魚の香り、店先で響く「いらっしゃい!」の声、笑い声と波の音が混ざり合う。ノアはユウタに連れられて、その小さな市場を歩いていた。



市場での出会い


 「この子がアメリカから来たイサムさんのひ孫だよ!」

 ユウタが片言の英語で周囲の店主に紹介すると、あちこちから視線が集まる。

 「おお、ほんまか!」「イサムさんの血か!」

 何を言っているのかは分からない。それでも、彼らの笑顔と力強い握手で歓迎されていることだけははっきり伝わった。


 八百屋のおじさんが手渡してくれた新鮮なみかんを口に入れると、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。

 その味に思わず笑顔になると、周囲から笑い声と拍手が沸き起こった。



神社の祭り


 週末、町の神社で小さな夏祭りが開かれた。

 境内には屋台が並び、浴衣姿の子どもたちが金魚すくいや射的に夢中になっている。

 ノアも誘われてヨーヨー釣りに挑戦したが、風船を落として子どもたちに笑われ、顔を赤くした。


 それでも、知らない町の知らない祭りの空気が、不思議と心を満たしていった。



古老の言葉


 縁側に座って冷たい麦茶を飲んでいると、近所の古老が静かに話し始めた。

 ユウタがゆっくりと訳す。


 「イサムさんは、この町の誇りだった。

 あの時代、海外に渡るなんて誰も考えもしなかった。

 夢を追ったイサムさんは、今でもこの町の希望なんだ。」


 ノアの胸に、じんわりと熱いものが広がった。

 ――イサムはただの曽祖父ではない。町全体がその挑戦を覚えていて、今も語り継いでいる。



ノートのページ


 その夜、静かな客間でノートを開く。

 新しいページに、ゆっくりと書き込む。

•Step Thirty: This town loved Isamu. Still does.


 そしてページの隅に、小さな文字で添えた。


「僕は、ここでその誇りを受け継ぐ」



波音の中で


 縁側に座り、暗い海を見つめながら思う。

 「イサム、あなたはこの町に夢を残したんだ。僕は、それを未来につなげる。」

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