第31話「封じられた手紙」
翌朝、庭先の桔梗が朝露で光る中、ユウタが「ハウス、オープン」と声をかけてきた。
曽祖父が暮らした家の中を、今日もう一度見てみよう――そんな目配せだった。
⸻
家の奥へ
昨日は足を踏み入れただけだった座敷を、今日はゆっくりと見て回った。畳は少し色あせ、壁には古い掛け軸。古びた箪笥の引き出しには、色あせた着物や帳面がきちんとたたんで残されていた。
ノアは慎重にその引き出しを開けていく。
⸻
古い木箱
押し入れの奥、埃をかぶった小さな木箱を見つけた。手のひらほどの大きさの箱には、古い鍵がかかっていたが、ユウタが棚の隅から見つけた鍵で簡単に開いた。
中には、古い封筒が数通。表には見慣れない日本語の文字と、かすれた英語の住所が書かれていた。
⸻
曽祖父の手紙
ユウタが慎重に封筒を開け、中の手紙を取り出す。紙は黄ばんでいたが、かろうじて文字は読めた。
彼がスマホで撮影し、翻訳アプリにかけてくれる。そこには、短いが胸を打つ言葉が並んでいた。
「神戸の港を離れて一年。こちらの暮らしは厳しいが、必ず成功して帰る。」
「母さん、元気でいてくれ。桔梗の庭を絶やさないでくれ。」
ノアは震える指でその文字をなぞった。
――曽祖父イサムが、海の向こうから必死に家族へ想いを届けていた証。
胸が熱くなり、涙がにじんだ。
⸻
ユウタの言葉
ユウタがゆっくりとした英語で話した。
「Isamu… he… wanted to come back. But… life in America… too hard. No money… no chance…」
その言葉を聞いた瞬間、ノアの中で小さな疑問が答えに変わっていった。
――なぜ、イサムは戻らなかったのか。
――なぜ、アメリカで生涯を終えたのか。
それは夢を追った若者が、戻るための手段を失ってしまったからだった。
⸻
ノートのページ
夜、縁側で波の音を聞きながらノートを開く。
•Step Twenty-Seven: Found Isamu’s letters.
•Truth: He wanted to return. Couldn’t.
そしてページの隅に、静かに書き添える。
「夢を追った人の、帰れなかった痛み」
⸻
夜空の誓い
庭の桔梗が夜風に揺れていた。
ノアは風呂敷の刺繍を指でなぞりながら、心の中で呟く。
「僕が、帰るよ。イサム。あなたが戻れなかったこの家に。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます