第29話「播磨の食卓」
夕暮れ時、播磨の町は静かな金色に包まれていた。ノアは、ユウタの車で親戚の家に戻る途中、窓から差し込む柔らかな光を眺めていた。遠くから潮の香りが風に乗って届くたび、胸がじんわりと熱くなる。
⸻
初めての食卓
家に着くと、縁側の向こうからいい匂いが漂ってきた。魚を焼く香り、味噌の柔らかな香り、そして醤油の少し甘い匂い。
居間のテーブルには、焼き魚、煮物、炊き立てのご飯、そして見たことのない漬物がずらりと並んでいた。
「ノアさん、どうぞ!」
年配の女性――ユウタの母、マサエが笑顔で手招きする。ノアは緊張しながらも「サンキュー」と答え、席についた。
いただきます、という合図のあと、恐る恐る箸を手に取る。ぎこちなく魚をほぐして口に運ぶと、塩気と旨味が口いっぱいに広がった。
「…good… very good…!」
思わず英語で呟くと、マサエがうれしそうに笑った。
⸻
言葉の壁
会話はほとんど分からなかった。ユウタが英語で少しだけ通訳してくれるが、早口の日本語が飛び交う中で、ノアはただ笑顔を返すしかない。
それでも、不思議と寂しさはなかった。皆がニコニコとこちらを見て、時折「ノア、ノア」と名前を呼んでくれるだけで十分だった。
⸻
近所の人々
食後、玄関先でくつろいでいると、近所の人たちが顔を出した。
「アメリカから来たんやって?」「遠いところからようこそ!」
何を言っているのかは分からないが、笑顔と手振りで歓迎されていることだけは伝わる。
子どもたちが興味津々で英語の真似をしてくる姿に、ノアは少し照れながらも笑った。
⸻
夜の縁側
その夜、縁側に座って庭を眺める。小さな池の水面に、月の光が静かに映っている。
ノートを開き、今日の出来事を記した。
•Step Twenty-Five: Shared a meal. Met neighbors.
ページの隅には、小さな文字でこう添えた。
「言葉は通じなくても、心は届く」
⸻
初めての安心
布団に横たわると、遠くから波の音が微かに聞こえた。
――ここに来てよかった。
そう思いながら目を閉じると、胸の奥で曽祖父の笑顔が静かに浮かんだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます