第27話 「播磨への道」


関西空港の到着ロビーを抜けた瞬間、湿った夜風が頬を撫でた。潮の匂いがほんのりと混じる――アメリカでは感じたことのない空気だった。

 ノアは深呼吸をして、震える手でスーツケースを握りしめる。



切符売り場の混乱


 空港の案内板には英語表記もあったが、切符売り場の機械は日本語が中心だった。

 試しにボタンを押してみるが、画面に現れる漢字の羅列に混乱する。


「えっと……Harima…? Akashi…?」


 後ろには列ができていて、焦りが募る。スマホで翻訳アプリを立ち上げ、画面を見比べながら必死に操作するが、何度やってもうまくいかない。



助け舟


 その時、隣の列に並んでいた中年の男性が声をかけてきた。

「…エクスキューズミー? ハル…マ? …オノ?」


 片言の英語に、ノアは慌てて頷く。

「Yes! Ono! Harima area!」


 男性はにこりと笑い、切符の機械を操作してくれた。あっという間に必要な乗車券が発券され、ノアは何度も「サンキュー」と頭を下げた。

 男性は少し照れくさそうに手を振って去っていった。



電車の揺れ


 関空快速のシートに腰を下ろすと、身体中から一気に力が抜けた。窓の外には夜の街並みが流れていく。遠くの港の灯り、見慣れない看板、時折見えるコンビニの明かり――どれもが新鮮で、少し心細かった。


 ノートを取り出し、ページの上に書き込む。

•Step Twenty-Two: On the way to Hyogo.


 そして、ページの隅に小さく添える。


「助けてくれる人は、必ずいる」



初めての播磨


 電車を乗り継ぎ、目的の駅に着いたのは夜遅くだった。ホームにはほとんど人影がなく、静かな空気が広がっている。

 出口に向かう階段を上りながら、ノアは深く息を吸い込んだ。


 ――ここが、イサムが育った土地。


 胸の奥が熱くなる。潮の匂いに混じって、どこか懐かしい空気が漂っていた。



小さな宿


 駅前の小さな宿にチェックインする。受付の女性は英語が苦手らしく、身振り手振りでやり取りをした。スマホの翻訳アプリを見せ合いながらのやり取りに、ぎこちない笑いがこぼれる。


 部屋に入ると、畳の匂いがふわりと広がった。アメリカでは一度も嗅いだことのない香りだった。

 スーツケースを置き、ベッド代わりの布団に腰を下ろすと、ようやく実感が押し寄せてきた。


「来たんだ……本当に」



ノートのページ


 眠る前、ノートの新しいページに書き込む。

•Step Twenty-Three: First night in Hyogo.


 そして、ページの隅に静かに添えた。


「ここから始まる“答え探し”」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る