第26話「シアトルの朝、関空の夜

旅立ちの朝、シアトルの空は曇り空だった。まだ薄暗い5時台、父の古いトラックが静かにエンジンをかける音が響く。母は玄関先でコーヒーを片手に立ち、ノアの肩をそっと抱いた。



空港までの道


 車内はほとんど会話がなかった。

 でも、沈黙は不思議と居心地が悪くなかった。父の横顔を見ながら、ノアは「ここから本当に行くんだ」という実感を少しずつ噛みしめていた。



出発ロビー


 空港のロビーは朝から人であふれていた。

 大きなスーツケースを預け、搭乗券を受け取ったとき、心臓が跳ねる。


「気を付けろよ」

 父は短くそう言い、握手を求めてきた。

 その手は力強く、そして少し震えていた。


「行ってくる」

 その一言を言ったとき、胸が熱くなった。母は小さな声で「楽しんで」とだけ言った。



離陸


 機内の窓際の席に座ると、シアトルの街が小さく見える。

 エンジンが轟き、飛行機が地面を離れた瞬間、ノアは深呼吸した。

 不安も、期待も、全部まとめて胸の奥に押し込んで。



機内の時間


 十数時間のフライト。窓の外には果てしない海と、移り変わる空の色。

 隣の席のビジネスマンが片言の日本語で映画を見ているのを横目に、ノアは桔梗模様の風呂敷を握りしめた。


「行くよ、イサム……」

 小さく呟いた声は、エンジン音にかき消された。



関西空港の夜


 着陸の衝撃で目を覚ますと、窓の外には無数の光が散りばめられていた。

 関西空港。

 機内アナウンスの日本語は、ほとんど理解できなかったが、聞き慣れない響きが胸に新鮮な高鳴りをもたらした。


 入国審査、荷物受け取り、税関。

 すべてが英語でのサポート付きだったけれど、スタッフの優しい笑顔に少し安心した。



空港の静寂


 ロビーに出たとき、湿った夜風が頬を撫でた。

 ――日本の空気だ。

 胸の奥がじんと熱くなり、ノアはノートを開いて書き込んだ。

•Step Twenty-One: Arrived. Japan.


 そしてページの隅に、小さな文字で添えた。


「ここからが、本当の旅だ」

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