第25話「旅立ち前夜」
出発まで、もう一週間を切った。机の上には、整然と並んだ荷物――パスポート、航空券、翻訳アプリを入れたスマホ、祖父の木箱から取り出した写真、そして桔梗模様の風呂敷。
ノアは深呼吸をして、その一つひとつを確認した。
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カフェテリアの別れ
昼休み、いつもの窓際の席に座ると、ジェイデンが大きな声で言った。
「もうすぐだな! ノア、日本に行っちまうのか!」
その声に周囲の視線が集まり、ノアは少し照れながらも笑った。
「行ってくるよ。……そして、ちゃんと帰ってくる」
サラはメモ帳を差し出した。そこには、日本で使える簡単なフレーズがびっしりと書かれている。
「これ、役に立つと思うわ。“トイレはどこですか”から“ありがとうございます”まで、全部覚えておきなさい」
カイは少し照れくさそうに、紙袋を差し出した。
「親父が選んだんだ。お守りみたいなものだ。持っていけ」
袋の中には、小さな折り鶴と古いお守りが入っていた。
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母の優しい手
家に帰ると、母が荷造りを手伝ってくれた。
「これは機内に持ち込んで。薬はこっちのポーチに」
ノアが真剣に頷くと、母はふと手を止め、静かに言った。
「心配はしてるわ。でもね、あなたが選んだ道だから、私は信じてる」
その優しい声に、胸の奥が熱くなった。
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父の背中
夜、ガレージで父はいつものように整備をしていた。
「明日、空港まで送る」
その声は短く、それでいて温かかった。
「……ありがとう、父さん」
父は振り返らず、
「行ってこい。そして、ちゃんと帰れ」
と言った。
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ノートのページ
部屋に戻り、ノートを開いた。
新しいページの一番上に書き込む。
•Step Twenty: Ready for departure.
そして、ページの隅に小さく添える。
「ここから始まる」
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眠れぬ夜
ベッドに横になっても、眠気は訪れなかった。
頭の中には、空港の光景、見知らぬ街の地図、潮風の香りが渦巻く。
そして最後に浮かぶのは――桔梗模様の風呂敷を抱え、笑う曽祖父の姿。
「行くよ、イサム」
小さな声で呟きながら、ノアは静かに目を閉じた。
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