第17話「受話器の向こうの日本語」
日系人会から届いたメールには、正式な書類提出のためのステップが細かく書かれていた。ノアは何度も読み返し、頭の中で英語の指示を日本語に置き換えようとするが、ほとんどの単語は意味をなさなかった。
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電話の勇気
夕方、勇気を振り絞って受話器を取った。日系人会の番号を押すと、コール音が短く鳴り、やがて柔らかい女性の声が流れた。
「This is the Japanese American Genealogy Center, Mariko speaking.」
喉が乾く。
「H-hello, this is… Noah Miller. I… I emailed you last week… about my great-grandfather.」
少しの沈黙の後、相手の声が弾んだ。
「Ah, Noah! Yes, I remember your case. Thank you for calling. Do you have a moment?」
「Yes… I mean, yes, of course!」
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案内の声
マリコと名乗る担当者は、ゆっくりとした口調で話を進めてくれた。
「We’ve looked at your documents again. Based on the graduation year and the Kobe departure point, we think the municipal archives in Hyogo Prefecture might have detailed family records.」
ノアはメモを握りしめ、何度も頷いた。
「You’ll need to submit a formal request letter. I can draft it for you in Japanese, and send you a PDF to print and sign. Would that help?」
胸の奥が一気に熱くなる。
「Yes, please… thank you.」
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母の微笑み
電話を終えて階段を降りると、キッチンで母がコーヒーを淹れていた。
「緊張した顔ね。大事な話だったの?」
「うん。正式な書類を送る準備ができたんだ」
母は少し驚いた表情を浮かべ、それから柔らかく笑った。
「そう。じゃあ本当に、旅が動き出したのね」
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ガレージの影
夜、ガレージに入ると、父がオイルの染みた作業台の前に立っていた。
「……書類を送ることになった」
短く伝えると、父は振り返らずに言った。
「なら、ちゃんと控えを取れ。何を送ったか分からなくならないようにな」
その声は淡々としていたが、どこか誇らしげでもあった。
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ノートのページ
部屋に戻り、ノートを開く。
•Step Twelve: Submit formal request to Kobe archives.
•Wait for confirmation.
その下に、小さな文字でこう書き添えた。
「旅は、もう夢じゃない」
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遠い声
眠りに落ちる直前、耳の奥でまたあの波の音が聞こえた。潮風に混じって、どこか懐かしい響きの声――日本語の声が、遠くで何かを呼んでいる。
ノアは目を閉じたまま、そっと呟いた。
「もうすぐ、そっちに行くから」
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