第13話「ハワイの波音」

その週末、ノアは机の上にノートパソコンと木箱の中身を並べた。メールに書かれていた手順どおり、シアトルの移民局アーカイブにアクセスする。

 1918年――その数字を入力するたびに、遠い時代の匂いが鼻の奥に蘇るような気がした。



データベースとの格闘


 移民局のオンライン記録は、ページが古びた地図のように複雑で、読み方ひとつでも迷子になる。

 名前欄に「Isamu Sato」と打ち込み、Enterキーを押す。

 画面には十数件の候補が現れたが、どれも断片的な情報ばかりだった。年齢が違ったり、到着港がシアトルではなかったり。


 けれど一件だけ、ノアの視線を釘付けにする記録があった。


Name: Sato Isamu

Age: 18

Port of Arrival: Seattle

Port of Departure: Kobe

Route: Kobe → Honolulu → Seattle

Date: May 1918


 呼吸が止まる。画面をスクロールする指先が震えた。

 ――神戸、ホノルル、そしてシアトル。

 その線が、初めてはっきりと繋がった。



カフェテリアの熱気


 翌日の昼休み。ノアは興奮を隠しきれず、仲間たちの前にノートパソコンを置いた。


「見ろよ……これだと思うんだ」


 ジェイデンは画面を覗き込み、口を大きく開けた。

「ホノルル!? ハワイ経由ってことか! マジで映画みたいだな!」


「すごいじゃない!」サラも目を輝かせる。

「神戸からハワイを経由してシアトルに着いた……まさに当時の典型的な移民ルートよ」


 カイは黙って頷いた。

「……間違いないだろうな。年齢も一致してるし」



父の反応


 夜、ガレージに行くと父が古いオイル缶を片付けていた。

「……分かったんだ。曽祖父のルートが」

 ノアの声に父は手を止め、ゆっくり振り向いた。

「そうか……それで?」

「そのルートをもっと詳しく調べたい。神戸港の記録とか、ホノルルの移民リストとか」

 父は一瞬だけ何か言いかけて、結局小さく頷いた。

「最後までやれ」


 その一言が、ノアの背中を強く押した。



波音の幻


 夜、窓を開けると冷たい風が吹き込んだ。遠くで犬が吠え、星が瞬く。その瞬間、耳の奥で確かに“波の音”が聞こえた気がした。

 神戸港から旅立つ曽祖父。ホノルルの海岸で潮風を受ける若き日の彼。

 胸の奥が熱くなり、ノアはノートのページに書き込んだ。


Step Eight: Trace the route.

Kobe → Honolulu → Seattle.



遠い記憶


 眠りに落ちる直前、ノアは夢を見た。

 青く澄んだ海、見知らぬ港の喧騒、潮風に揺れる桔梗の家紋。

 その夢の中で、曽祖父は静かにこちらを振り返り、何かを言おうとしていた――その唇の動きが、どうしても読めなかった。

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