第4話 手探りのキーワード
その夜、宿題を投げ出して、僕はパソコンを開いた。
図書館で見つけた記録のページが頭から離れなかった。移民、港、シアトル、そして“夢と恐れを抱えて渡った人々”。曽祖父イサム・サトウもその中の一人だったのかもしれない。そう思うだけで、胸がざわついた。
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無限の検索結果
検索窓に指を置く。
「Isamu Sato」
エンターを押すと、画面いっぱいに無数の結果が並んだ。
俳優、科学者、ミュージシャン、そして日本語のサイト。英語圏の情報だけを拾っても、どれも僕の曽祖父とは無関係だった。
「サトウって……こんなに多いのか」
呟きながら検索結果をスクロールする。クリックしては閉じ、また別のリンクを開く。目が痛くなり始めた頃、ふとある記事の見出しが目に留まった。
“Japanese American History – Seattle Immigration”
クリックしてみると、100年前にシアトルへ渡った日本人移民の歴史を紹介するページだった。古い港町の写真、当時の船名、そして当時の移民たちの暮らし。
胸の奥が高鳴ったが、同時に思った。まだ、何も分からない。
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翌日の昼休み
カフェテリアの窓際で、僕はスマホを見つめながらため息をついていた。隣に座ったジェイデンが、チリドッグを頬張りながら言う。
「またそれ? 昨日も夜中まで起きてただろ。クマできてんぞ」
「……うるさい」
「なんか探してんの?」
僕は少し迷ったが、曽祖父のことを話した。木箱のこと、写真、そして名前。
「へぇ、日本人のじいさんがいたんだな。クールじゃん!」
「クールかどうか分からないよ。何も知らないんだ」
「でも、調べるってのはいいことだろ。俺なら諦めてるね。だって“サトウ”って、向こうじゃスミスとかジョンソンくらいありふれてる名前だろ?」
「……それが一番厄介なんだよ」
向かいの席から、カイがちらりと顔を上げた。
「名字だけじゃ、確かに難しいな」
「カイ、お前詳しいの?」ジェイデンが尋ねる。
「詳しいわけじゃない。ただ、俺のじいちゃんもナカムラでさ……昔ちょっと調べたことある。でも結局、途中でやめた」
カイは視線を落としたまま、紙パックのミルクを手で回した。
「俺たちが生まれるずっと前のことだし、記録もあいまいだし。親に聞いても“もう昔のことだから”で終わりだ」
その声には、少しだけ寂しさが混じっていた。
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サラの提案
放課後、ロッカールームで着替えていると、サラがドアから顔をのぞかせた。
「ねえ、ノア。英語だけで探してない?」
「え?」
「日本語でも検索すれば? 最近は翻訳機能だってあるし。あ、でもその前に……“Japanese American History Center”とか、“Japanese Genealogy”って検索してみるといいよ」
「……そんな方法、考えもしなかった」
「そりゃそうよ。慣れてないんだもの。でも、情報は必ず残ってるはずだから」
サラはそう言って笑った。その笑顔に少し勇気をもらった気がした。
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手探りの夜
家に帰り、夕食を済ませると、再びパソコンに向かった。
“Japanese American Genealogy”
“Seattle Immigration Records”
“Hyogo Prefecture”――このときはまだ意味も分からず、ただ画面に出てきた単語をコピーして打ち込んだ。
ページを開けば開くほど、知らない言葉が増えていく。“koseki” “prefecture” “Nikkei”。意味も分からずノートに書き写し、空欄のままにした。
手は空回りしているのに、胸の中には確かに何かが芽生えていた。焦りでもなく、不安でもなく――ただ、もっと知りたいという欲求だけが静かに広がっていた。
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