君に恋したその日から
空海加奈
第1話
高校一年、私は初めて恋をした。
中学の頃から付き合ってと言われて付き合ったはいいものの相手からのスキンシップがうざいという理由や、楽しくないと言う理由でほとんどまともに恋と言うものを体験してこなかった私だがそれでも今回は恋と言えるほどに心が揺さぶられた。
そう。これは恋だ。
阿澄 雪ーあすみ ゆきー人生初の恋が隅の席にいる女の子、八木 黒ーやぎ くろーに釘付けにされたのだった。
私は要領が良いのだと我ながら思う。成績は良いし、高校も進学校を選べたりと余裕がある中、制服が可愛いという理由だけで選んだりと別にそこまで有名でもない高校を選んだ。
親戚が多いからお年玉もかなり貰えるし、両親も共働きで好きな仕事をしているらしいから海外まで出張に行ってばかりで一人っ子の私はほとんど一人暮らしみたいな生活をしている。
順風満帆を絵に描いたような暮らしだが、それと同時に退屈で仕方ない人生とも言えた。ネットの動画をただ見ているだけで乾いた笑いをして、結局勉強ばかりして面白い事を求めてきたがそれに恵まれなかった。
高校に入ってからも特にいつも通り誰かのグループに入って会話を適当に流していれば人付き合いに困ることもなかった。
ただ、高校が始まってから隅の席が一つ空いていたが、そこに一人、八木黒が現れた。
先生の言葉もあって今まで体調が悪かったらしいが良くなったので今日からクラスメイトとして仲良くとのこと。
5月中旬というのもあって、すでにある程度のグループが出来ているが、その中から黒を誘う声があったけれど彼女はどうやら人付き合いが上手くないようだ。
それでも愛想笑いであってもその笑顔がとても素敵だと思った。
欲しい。彼女のことを手に入れたい。どうにかして手に入れたいという欲望が頭の中で響き渡る。
とは言っても焦るべきではない、まずは周りの状況を考えてみるべきだ。周りからは少し馴染めてない様子で、他にも今私がいるグループでも「八木ってなんか暗いよね」とか陰口が少しあるくらいには印象は良くないように思える。
私からしたら暗い雰囲気を普段漂わせているのに笑顔の時に花が咲いたかのような可憐さがとても好意的なのだけどどうしてか周りはそうではない。
このままいけば彼女は孤立するだろうと、もう少し様子を見てから孤立した彼女に私が手を差し伸ばしてあげれば間違いなく私に頼ってくれると思って、慌てずに行動することにした。
ただ予想は裏切られて彼女は孤立することはなかった。
彼女はどうやら漫画やアニメが好きで、趣味好き同士で男女混合のグループが形成されかけている。このままでは私と接点が全く生まれない可能性が高まってきた。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。それだけは駄目だ。なんとか接点を作らなければならない。
何の漫画が好きなんだ?アニメって何を見ればいいんだ。くっ…私はどうすれば…。
「あすみんどしたの?」
「え?最近流行りの漫画とかアニメについて考えてるけど?」
「急だね…ってかあすみんそういうの興味あったんだ」
私が今いるグループの飯塚 愛理 ーいいづか あいりーが気軽に話しかけてきたがわりとどうでもいい。今は彼女との接点を考えなければならない。
「今流行ってるのって映画にもなってる奴とかみればいいんじゃね?」
「映画?タイトルなに?」
「食いつきいいねぇ。今調べるから待ってねー」
そうしてスマホをぐいっと見せられるが、妖怪を倒すとかいうアニメらしい。これがいいのか?これを見れば…。
「あ、なんかこの映画続編?みたいだから前のやつとか見ないとわかんないみたいだよ」
「前…?あぁ、放送されてるやつを見ないとってことね。どこのサイトで見れるのかな?」
「そんな興味津々なんだ…アニメならまぁ会員登録すれば見放題のやつがあると思うけど」
「そうなの、ありがとう」
私はスマホでアニメが見れそうなアプリを入れてから即座に会員登録を済まして色々あるタイトルを無視してさっきの映画になってたアニメを確認する。
「なにこれ?タイトルの後に永月のなんたらとか書かれてるけど、どれから見たらいいの?」
「あぁそれはねー…なんだろうねー?」
思わず舌打ちしたくなったのを我慢して、どれから見ればいいか調べると見る順番が書いてあったのでそこまでは良かったのだが、3シーズンとかその間に映画も挟まっている。一体何時間割けばこのアニメ終わるんだと思ったが彼女の好きなものだからきっと面白いのだろうと前向きに捉える。
愛理が何か言ってたがいつも通り適当に受け流して、学校が終わり家に帰ると早速アニメを見始める。
どんなものかと思ったが、とにかく戦闘していくようだ。
戦って、守りたい者を守るために戦って、仲間も増えていって…。
「このあと、急に強くなるんだろうな」
見ていて早く終われと思うのと同時に先の展開まで予測して口にだしてしまったら、ものの見事に予想通りに終わって次の話しになっていく。
映像と音声だけ分かればいいかと二倍速にして時間を短縮しながらそれをひたすら記憶していく。
いくのだが…。面白さが何一つ伝わらなかった。どうして主人公がこんなに悲惨な目にあっても挫けずに進めるのか分からないし、ましてタイミング良く助けてくれる味方とか。
ただ登場人物が夢半ばに死んでいくのだけは好きになれた。ご都合主義よりはこっちの方が見ていて楽しい。むしろそれを考えるなら敵役の方が好きかもしれない。
ハッピーエンドになるだろうから殺されるんだろうけど、それでも敵は自分の信念に基づいて頑張って欲しい物を手に入れようとしている。まるで今の私を見ているかのような気分になって少し共感もできる。
そうなると私は彼女を手に入れることなく終わるバッドエンドということになってしまうので完全に共感しようとは思わないし、この敵役みたいな失敗はしたりしないように注意しないといけない。
私はアニメを夜明けまで見て、とりあえず映画を見に行ける準備はした。あとは彼女を誘って映画にでも行けば少しは接点を持ってそこから私も八木黒のグループに入って仲を深めれば完璧と言えるだろう。
アニメの考察を検索しながら、どういう意味だったのか分からなかったところを覚えながら登校して八木黒がまだ来てないので、いつもの人達のところで時間を潰す。
「阿澄さんなんか疲れてる?」
「疲れてないよ?」
「あすみんもしかしてアニメ見すぎて徹夜したん?」
「アニメ?」
私の心配をしてる素振りを見せてる阿部 恵美 ーあべ えみーがアニメの話題で疑問視してるがそんなことより八木黒はまだ来ないのかとイライラしていると、余計心配の声があがる。
「あすみん最近アニメにハマったんだってさー」
「なんというか意外ね、阿澄さんってそういうの興味ないのかと思ってたわ」
「でしょでしょー?」
「なんの話してんの?」
途中から男子が混ざり始めて来て、アニメなら俺も知ってるよとか言い始めてきて、私の見たアニメについて語り始めてどこどこが好きとか聞いても無いのに説明してきてうんざりしていると、八木黒が教室に入ってきて見惚れていると席に座った時には彼女のグループが集まっていく。
しまった。話しかけるタイミングを明らかに間違えてしまっている。隣では変な男がこれから八木黒に私がするはずだったアニメの話しをしているし、今行けば空気が読めないみたいになってしまう。
「それでさ、阿澄さん俺と一緒に映画とか行かない?」
「やめたれやめたれ、あすみんまだアニメ見始めてネタばれになるっしょ?」
「え?そうだったの?ごめん…」
愛理よくやった。しかし実際はもう全部履修済みだ。問題はそいつと見に行く予定が未来永劫ありえないというだけだ。
そんな中HRもチャイムが鳴って解散するが、休憩時間の度に声を掛けるタイミングを見計らうのだが中々チャンスが来ない。
昼時間になり学食、とは言っても学食は美味しくないが安いというもので大抵の人はお弁当を持参してるのだが。八木黒たちのグループが学食に行くので私も今日はお弁当を持ってきていない。
「あれ?あすみん弁当忘れたん?」
「そうなの。だからそこで食べてて、私は学食に行くから」
「持ち込みありだからそっちで食べてもいいと思うけど」
「ほら、ここの学食あまり美味しくないって言うでしょ、だからそれを見せるのは忍びないからここで食べてて」
「う、うん、いいけどさ」
愛理と恵美を言い聞かせて私は食堂に行って八木黒を追いかける。
食堂に着けば食券を買うシステムなので、それを見れば無難なメニューがちらほらとあるので適当に牛丼を選んで八木黒の方を確認すれば他の連中がいないのを見計らって八木黒の所に行く。
そう、私が牛丼を選んだのはどうせ作り置きしていて早々と提供されると見込んでのこと。そして八木黒も素うどんを頼みがちでわりと早い。
他の連中は恐らく揚げ物やらを頼んでるからここで八木黒が一人になる時間がわずかに生まれることを私は知っている。
「隣座ってもいいかな?」
「え?あ、友達が来る予定があってごめんなさい」
「あ、はい」
そりゃそうだ。食堂は他にもいくらでも席はあるのにわざわざ隣に座ろうとしたら友達待ってますって言われて終わるに決まってる。そんなことくらい予想してしかるべきなのに私は焦りすぎてしまった。
大人しく適当な席で一人黙々と牛丼を食べて、詰んだと思った。
どうしても話しかける時間が生まれない。というか最初の頃孤立するだろうとか思ってた私を殴ってやりたい。もっと早めに声を掛けていれば私も今頃彼女と話す時間はたくさんあっただろうに。
過去を悔いても仕方ないから次の計画を考えるが、次は六月にある委員会決めだろうか?部活は八木黒は帰宅部だから論外として、そこくらいしかチャンスが思い当たらない。というか六月まであと一週間もすれば経つがそれまでの間接点が作れないとなると困る。
映画の上映は確か六月にこの近辺の映画館では上映が終わるのだ。だからそれ以降になると遠くの映画館に誘うことになるし、初めてお出かけに誘うのにそこまで遠くに行くと言うのはどうなのだろうか。
基本的に朝はすぐに他の生徒がいることと、昼も他の生徒がいることが問題だ。放課後ならどうだろうか?放課後なら一切の問題なく関われるのではないだろうか。
帰宅部ということもあって彼女は何をするでもなくすぐに帰りの準備をして誰かと帰るわけでもないから私が同じ方向だからと言って一緒に帰れば少しの間は大丈夫だと思う。実際は帰りは真逆の方向なのだけれど。
プランを練り直して再度放課後までの授業を淡々とこなしてからいざ声をかけようとSHRが終わって解散となったときに彼女の動向を探る。まずはカバンに授業道具を全部入れてから友達に挨拶を交わして帰る…!
「八木さん、この後カラオケとかいかない?」
私が席を立ったと同時に八木黒の友達Aがタイミングの悪いことに遊びの誘いを言い始めた。だから一旦大人しく座りなおして再び反応を見る。
「わたしはあんまり歌ったことなくて」
「大丈夫大丈夫、最初はみんな下手だし私達も下手だよ練習するつもりで行こうよ。奢るよ!」
「えと、それじゃあお邪魔してもいい?」
「ウェルカムウェルカム!」
貴様の頭に釘をウェルカムしてやろうか。しかしカラオケとか賑やかな場所は苦手とか行きたくないとか思っているのかと思ってしまっていたが案外乗り気なところを見るとそうでもないのかもしれない。
しかし今日一日すべての計算が狂ってしまった。何もかも一緒に過ごすことができない。せめてもの救いが一緒の教室ということだけだ。
「あすみん!今日どっか遊びに行かん?」
「カラオケでも行くの?」
「おー!いいねぇカラオケ。恵美も行くよね?」
「私はいいけど阿澄さんカラオケとか行くのね」
私を何だと思っているのか。とはいえむしろこれはチャンスかもしれない愛理良くやった。これは棚から牡丹餅と言っていいくらいのファインプレーだ。私も一緒のカラオケに行けば防音の壁を越えて八木黒の歌を聴くチャンスが来るかもしれない。それくらいのことはあってもいいはずだ。あってほしいな。
カラオケまでの歩幅を前を進む八木黒たちと同じペースにしてから私達も一緒に進んでいく。
「あすみんそっちのカラオケに行くの?反対のカラオケの方がポテト美味しいんだよ?知ってた?」
「私もなんでこっちのカラオケなのか分からない、遠いし、食事もそんな美味いとは言えないし、ましてドリンクバーと言ってもこっちのカラオケ屋は多分だけどちょっと味が薄いのよね」
「そこまで言っておきながらあすみんは何を求めてこっちに来てんの…?」
「まぁ偶にはいいんじゃないの?機材自体は変わらなかったはずよ」
「えーでもさー」
確かに自分でもおかしなことを言ってはいるがそれよりも何故こちらの方に行くのか?という疑問は出るのでスマホで調べてみれば。値段がこちらの方が安いらしい。
あの友達Aは恐らく奢ると言ったから安い方に案内しているのか。これで八木黒が嫌な思いをしたらどうするつもりだ。私なら間違いなくもっと良い場所へエスコートしてみせるのに。
カラオケに着いてから八木黒たちの声を聞きながら何号室か確認して、私たちの番になったときにその隣にするように受付に言えば特に異論もなくそうしてくれた。
「さぁ!あすみん何歌う?」
「私はメニュー表貸してくれる?なにか注文するから二人で歌ってて」
「お、おう?でもあたしあれだよ?そんなお金ないぜ?」
「そんな堂々としなくていいよ、私が食事代は奢るから好きなの頼んでいい」
「まじか!じゃあメロンクリームソーダ!」
「阿澄さん大丈夫なの?カラオケの話しも愛理からいいだしたんだからそこまでしなくていいのよ?」
「気にしなくていい、私がここの場所を選んだのだから」
今頃八木黒達はドリンクバーだけで歌っているのだろうかと気になって注文した後はトイレに行くと言ってから外から様子を覗けないか確認するが別の人が歌っているのか八木黒の声ではないのが聞こえる。
さすがにこのままだと怪しいだけなのでトイレに行った後は大人しく部屋に戻ると飯塚愛理と阿部恵美がデュエット曲を歌っていた。
随分仲の良い事だ。二人を見ていると私も八木黒とこんな感じになれたらいいのにと真っ先に思い浮かぶが一個壁を隔てたこの距離が縮まることはもしかしたらないのかもしれないと思うと案外私がやっていることは意味があまりないのかもしれない。
どうせ変わらないならいっそ開き直って明日からは堂々と誰がいても関係なく挨拶でもしてみようか。クラスの誰かの評価なんて関係ないとでかく思った方がいい気がする。
「ほれほれあすみんの番だぜ!なにか曲入れた?」
「いや、まだだね。せっかくだからこの曲でも入れてみよう」
「おー!あすみんが気になってたアニメの曲だ!」
一旦八木黒のことは考えずに二人と遊ぶことだけに集中したら少しは気が紛れたのか。疲れが少し薄れた気がした。
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