10月3日 月曜日

 今日は昼から講義がある。支度の片手間にポストを覗いてみると、やはり早井戸新聞が入っていた。

 一面には、電車が大規模な事故を起こしている写真があった。起きてからしばらくテレビを点けっぱなしにしていたが、こんな話題は出ていなかったと思う。


 10月3日の午後1時ごろ、ひんそう線で大規模な脱線事故が発生した。54人が死亡したほか、229人が怪我を負った。同社の路線では終日運転を見合わせると……


 品総線といえば、普段から通学に使っている路線だ。しかも事故が起きた場所は、家の最寄り駅と学校の最寄り駅との間だ。もし乗っていたらと思うと、ぞっとする。

 おかしな点といえば、記事に書かれている事故の発生時刻が未来の時刻になっていることだ。昨日のあの記事と似ている。

 ……もし、本当に早井戸新聞が、未来の出来事を予言する新聞だとしたら?

 いいや、まさか。今度こそデタラメだ。こんな記事、嘘にしたってやり過ぎだ。そう信じることで、どうにか胸のざわめきを落ち着かせようとした。だが、それが収まる気配は、一向に訪れなかった。

 品総線で通学する学生の数は多い。しかも、今日の昼の講義は必修で、この講義の開始に合わせて通学する学生が大多数だろう。このまま手を打たなければ、私は、その学生たちを見殺しにしたことになってしまうのだろうか……。

 あいにく、同じ大学の学生で私が連絡先を知っているのは、吉田という男の一人だけだった。吉田はいつも、講義の始まるギリギリに大学に来る。だから、この時間帯の電車に乗ってしまう可能性が高い。私は、わらにもすがる思いで連絡を入れた。

〈おい!〉〈今日は大学来るな!〉〈品総線ヤバいから!〉

〈え?〉〈どゆこと?〉

〈お前の乗る時間帯に事故るんだよ!〉

〈は……?〉〈いや行かないと単位ヤバいんだけど〉

〈単位と命とどっちが大事なんだよ⁉〉

〈ははーん〉〈俺を留年させようったってそうはいかないぜ?〉

「そうじゃないって……!」

 吉田が信じる様子はなかった。当たり前だ。急にこんな話をされて、信じる人はいない。吉田の行動を変えられない以上、どうすればいい? 運行会社に連絡して電車を止めてもらう? この調子じゃ、たぶん取り合ってもらえないだろう。

 せめて自分だけでも助かろうと、仮病を言い訳に、欠席の連絡をした。


        *


「ただ今入って来ました速報です。品総線で大規模な事故が発生したと情報が――」

 慌てた様子でアナウンサーが読み上げる。やはり、早井戸新聞の記事は真実になった。あの新聞は、ほんとうに未来のことが書かれている。そう確信した。

 しかし、未来の出来事を報じる新聞の存在よりも私の心を動揺させたのは、これほど凄惨な事故の発生を知っていながらも、私にはどうすることもできないことだった。

〈おい品総線マジで事故ったぞ〉〈俺の乗ってたやつの1本後〉

 私は、なにかをこの新聞に試されているのだろうか。未来を知ることができるというのは、とんでもなく強力なチカラだ。だが、突然そのチカラだけを渡されて、私はいったい、どうすれば良かったのだろうか……。

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