孵化


「んー、悪くはないけどね」


 審査員の言葉に、正春まさはるは肩を落とす。何度も味わった、その感覚。


「……そうですか」


 何とか、それだけをしぼり出すのが精一杯だった。

 

 背負ったギターがやたら重い。

 事務所を出てから、大きくため息をつく。

 

『まだ若いんだし……違う道を選んだらどうだい?』


 追って、通知とのことだったが、多分落ちているだろう。甘い期待を持つのをやめるくらいには、繰り返していた。


「ったく、諦められるくらいなら諦めってるっつーの」


 正春は、今年で二十五歳。いつまでもフリーターをやってはいられないだろう。審査員の言葉も、まあ確かに、腹は立つけど正論だった。

 小学生の頃から歌うことが大好きで、気が付けば真剣に夢を追っていた。

 才能があるなんて、うぬぼれていた時期だってある。

 だけど、現実は、厳しかった。

 自分程度の才能なんて、石ころみたいに転がっている。

 磨けば光る、なんて言い訳だ。

 自分が磨いている間に、もともと光っている石は、もっとずっと輝いていってしまう。たとえば――学生時代の友人、邦山忠彦のように。

 

「あーあ」


(そろそろ、諦めちまおうかな)


 言葉は、声にはならなかった。

 その時だった。

 スマートフォンの通知が鳴った。


「ん?」


 見ると、メッセージアプリに通知が来ていた。名前を見ると――昔馴染みの友人からだ。


『久しぶり、元気しているか?』


 その相手は、邦山忠彦。奇しくも、先ほど頭によぎった名前。

 相手を確認して、正春は複雑な気分になった。学生時代は仲の良かった友人。趣味も合い、だからこそ同じ夢を目指した。あの頃は、純粋に楽しかった。

 高校を卒業後、何となくすれ違い始めた。お互いの感性が、ずれ始めたのかもしれない。

 

 ――そして、彼の成功を知ったのが一年ほど前。

 自分は連絡ができなかった。向こうからも、来なかった。

 このまま疎遠になるかと思っていたのに、どうして今更――


『おお、ひさしぶりだな。まあ、ボチボチやっているよ』


 迷った結果、正春は返事を返した。

 正直、嫉妬はある。互いの現状を思えば、当然だ。向こうは大成功。方や、自分はくすぶっている。

 けれども、純粋に旧交を温めたいという気持ち確かにあった。

 そして心の片隅では――打算もあったのだ。


(……もしかして、音楽のことで俺に話があるのかもしれない)


 向こうのプロデューサーか何かが、人材を探しているのかもしれない。そんな都合のいい期待があった。


 すぐに返信が来た。


『突然だけど、話があるんだ』


(っ!)


 正春の心臓がはねあがった。馬鹿らしいと思った期待が、現実味を帯びたような感覚。


『話?』


『ああ、近いうちに会えないか?』



       ◇



 二日後に、ふたりは会う約束を取り付けた。

 正春が今の住所を言うと、向こうから来てくれるとのこと。待ち合わせは、最寄駅近くのコンビニだった。

 平日の十時。約束の五分前に駐車場につくと、ちょうど一台の車が入って来た。

 運転席から顔を出す邦彦。

 車は、平凡な国産車であった。稼いでいるはずだが、あまり贅沢はしていないのだろうか。


「乗れよ」

 

 正春は言葉に従った。

 忠彦は車を走らせる。


「今、どうしてる?」


「……まあ、適当にな」


 まっすぐには答えられない。視線を背けて、あいまいに返す正春。

 ふたりの間には、奇妙な緊張があった。旧交を温めるというには、固い空気が漂う。まるで、お互いに何かをさぐりあっているのかようだ。


 しばしの無言。やがて、忠彦は周囲に人がいない場所に車を止めた。路地裏と言うほどでもないが、店と店の境目だ。少しくらいなら停めていても、邪魔にはなるまい。

 

「これを、渡しに来たんだ」


 忠彦は、正春に何かを差し出してきた。


「卵?」


 拳大ほどの大きさの、卵のようなもの。


「何だい? これは」


 忠彦は一呼吸置いてから――


「才能の、卵だ」


 そう、はっきりと言葉にした。


 ――才能の卵。

 

 最初に聞いた時には、バカにされているかと思った。

 忠彦は、真剣だった。

 自分も、このおかげで成功したんだ。何度もそう言われて――少しだけ、信じてしまった。


 それとも、信じたかったのかもしれない。

 

 何かに、すがりたかったのかもしれない。

 

 叶えたい夢がある。才能に、追いつけない。その全部を、どうにかできるとしたら――

 

「本当、なのかな」


 その日の夜。

 ひとり、自分の部屋でその卵と向かい合う。

 忠彦が言っていた方法。

 まず卵の表面に、自分の名前を書く。

 卵の前に、一晩、ご飯一杯とお茶を置いておく。

 そうすれば、次の日には『才能』がかえる。


『厳密に言うと、こいつは幸運を招いてくれる』


 当人に、そもそもの能力がある前提だと忠彦は補足していた。

 けれども、夢をかなえるには――幸運も必要だ。同じだけの才能が有っても、報われるとは限らない。努力を重ねても、機会に恵まれなければ花咲かない。

 幸運、自分ではどうしようもない要素。だからこそ、それを与えられると言うのなら――


「……本当に、本当なのか?」


 独り言か、卵に呼びかけているのか。

 どちらにしても、返事はなかった。

 不安と、期待を抱えて、その日は……なかなか眠りにつけなかった。


 

 ――次の日。

 目覚ましがなる前に、目を覚ます。

 寝不足の頭だったけれど、いつもの習慣で起きたようだ。


「あー、ぐう」


 起き抜けの頭で、考えをめぐらす。

 昨日の卵、どうなっただろう。


「!」


 何かの気配に、意識のもやが消え去った。

 枕元を見ると、茶碗も湯のみも空になっていて――

 いや、何よりも。


「う、うわあ!」


 卵の代わりに、そこにたたずむ何かがいた。

 三十センチくらいの、小人。みすぼらしい着物をまとった、浅黒い肌で、老人の顔だった。


「おはようございます、ご主人」


 声だけは、妙に若い。

 その異形は、驚きふためく正春に、頭を下げたのだった。

 

かえしていただいて、ありがとうございます」


「あ、あーいえ」


 見た目こそ不気味だが、害はないようだ。恐る恐るだが、正春は近付いてみた。


「ご主人の名前は?」


「え? あー、正春。市東正春しとうまさはる


「正春様ですね」


 しわくちゃの顔が、笑顔になる。そうして見ると、なかなかに愛嬌のある顔立ちになった。

 正春は警戒を解いて、そいつの前に正座をする。


「えと……君の名前は?」


「正春様がつけてください」


「……俺?」


 頭をひねる。


「んー、突然言われてもな。もう少し待ってくれないかな?」


「わかりました」


 頷く、小人。

 それから、


「正春様には、何か叶えたい夢がありますね?」


「え? ああ、そうだけど」


 核心の言葉に、どきっとなる正春。


「そうですね、その想いがあればこそ、わたしはこうやって生まれました。それでは、これからわたしが、正春様のお手伝いをさせていただきます」


「……よ、よろしく」

 

 

 ――そうして、正春と彼との生活が始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る