大学時代の友人だった。

 

 それから半月ほどが過ぎた。


「あれ、今日も出かけているの?」


 その晩、宵崎の不在を知った言織は台所の文香に問いかけた。彼女は、夕ご飯を作っているところだった。

 ノートパソコンから浮遊する上半身だけの少女が、料理をしている光景は何とも表現に困る。


「ええ、晩御飯は外で食べてくるってさ」


「ふーん」


 ここ最近、数日おきにこんな感じだ。居間に戻った言織は、ちゃぶ台の上に置いてある雑誌を手に取った。それは、いわゆるパチンコ雑誌だった。宵崎がこの前、買ってきたものである。

 ぺらぺらと目を通しながら――


「大丈夫なのかな」


 少し心配そうな言織。おそらくはギャンブルに手を出している仲間を案じていた。そこに、ロクスケが歩いてくる。


「何、心配することはねえよ。宵崎の奴も、ずっと昔はそれなりに賭け事もやってたし――何より、新しい人間の友達と過ごすのが楽しいんだろうぜ」


「そう」


 自分よりもはるかに付き合いの長いロクスケが言うのならば、その通りなのだろう。自分の不安など杞憂に過ぎない。


 言織は、手に持ったパチンコ雑誌に目を通した。十代前半に見える少女の――その姿は、かなり不健全に映るだろう。


「おー、こうして見ると興味沸くね」


 ちょうど最近見始めた『やろうぜ系アニメ』を題材としたスロットの記事が、目についた。


「……言織、君こそは絶対にやめておけよ」


 姿を見せて、苦言を呈する景。彼女から、問題の雑誌を取り上げる。


「そうだな、おまえは絶対にやめておけ」


「何だよー」 


 ロクスケにも言われて、不満そうにふくれる言織。まあ、無理もない。彼女にはカードゲーム『G・D』という前科がある。熱くなると、歯止めがきかない一面がある彼女。そんな彼女には、賭け事をさせては絶対にならない。



      ◇



「んー」


 その日、修介は仕事が休みだった。

 彼は営業の仕事をしている。最近はあまり成績もよくなく、上司との関係もぎくしゃくしていた。逆に世渡りのうまい同期は調子がよく、その点も面白くない。少し気になっている他部署の女性とも、なかなか進展がない。


 まあ、それなりにストレスを抱えているのである。社会人としては、当然にありがちだが。 

 それでも愚痴をこぼしつつ、真面目に働き続けている。けれどやっぱり日々の不満は募る。


 パチンコ。

 大学時代はそれなりに勝ち、それ以上に負けた。就職活動で忙しくなり、しばらくは離れていたのだが――仕事の鬱屈がきっかけで、またやり始めてしまったのが一年ほど前。それからは、時折こうして通うようになってしまった。

 独身彼女なし、空いた時間はもてあましてしまうのである。 


 今日は、少し前に知り合った友人――宵崎と飲む約束をしていた。祖父の友人であり、命日の墓参りをきっかけに知り合った。向こうは幼い自分を知っていたようだが、こちらに記憶はない。  

 ある意味、祖父によるめぐり合わせだったのかもしれない。親子以上に年の離れた相手だが、妙に気が合った。


 時々一緒にパチンコに行き、酒を酌み交わす。そんな間柄になっていたのだ。


 約束の時間は、夕方七時。それまでに時間のあった修介は、目についたパチンコ屋に足を踏み入れた。最近、馴染みの店ではあまり勝てない。なので、他の店も覗いてみようと思ったのだ。

 世間では平日の午後。駅前近くということもあり、そこそこ賑わっていた。スロット台の上に表示されたデータを眺めて、よさげな台を打ち始める。最初は悪くない感触だったのだが――


「……勝てねえなあ」


 結局は、二千円ほどの負け。大負けするよりは全然いいが、これでは満足できない。やはり大勝ちしてなんぼである。

 スマホの時計を見ると、三時間ほどが過ぎていた。本当にパチスロは時間が過ぎるのが早い。時々、貴重な時間を無駄にしている感覚になる。

 けれども――今の修介には、それ以外の趣味があまりないのだ。


「そろそろ行こうかな」


 まだ約束の時間まで間があるが、ここから新たに打ち始めるほどの余裕もない。修介は店を出ることにした。景品の交換カウンターで清算して、踵を返す。

 その時だった。


「よう、修介じゃないか?」


「……え?」


 話しかけてくる男の声。一瞬わからなかったが、すぐに思い出す。


「もしかして、蜂谷はちやか?」


「そーそー、いやあ、ひさしぶりだなあ」


 大学時代の友人だった。卒業後もしばらくは連絡を取っていたのだが、何となく途絶えてしまった。お互い社会人になると、かみ合わなくなるものである。別に喧嘩別れをしたわけでもないので、突然の再会は素直に嬉しかった。


「最近、どんな感じだよ?」


「まあ、ぼちぼちかな」


 無難な会話を交わしながら、店を出るふたり。


「こっちの方は?」


 友人は、すぐ後ろをくいっと指差した。


「あー、ぼちぼちだな」


 同じ言葉でも、意味合いが沈んでいる。最近、修介のパチスロの戦績は下降線だった。


「まあ、今は色々と規制もうるさいからな」


 一般人にはよくわからない物言いの蜂谷。、無論、修介にはきちんと伝わっている。


「ちょっと前はなー、いくらでも万枚も狙えたのに。今は、千枚出すのがやっとだぜ」

 わかりやすく例えれば、かつては十万単位で儲かることも多かった。最近は、二,三万がせいぜいということだ。


「なあ」


 ぼやく修介に、友人は意味ありげに笑う。


「お薦めの店があるんだ。これから行かないか?」


「え? そうなのか!」


 思わず食い付く修介だが――さすがに自重する。


「いや、わりい。今日は、これから予定があるんだ」


 宵崎と会う約束を、ふいにするまではなかった。最近パチスロに傾倒しているが、そのくらいの自制は効く。


「そっか、残念だな」


「いや、今度は是非連れて行ってくれよ」


 社交辞令ではない本気を感じたのか、また笑顔になる蜂谷。


「じゃあ、とりあえず空いてる日あったら、連絡待ってるぜ」


 旧交を温める。

 修介と蜂谷は、互いに連絡先の交換をするのだった。


 そして、別れた。

 当初の予定通り、宵崎との待ち合わせの居酒屋へと向かう。

 その晩は、いつもの通りに楽しく酒を酌み交わした。


「今日、なつかしい友人と再会したんですよ」


「ほう」


「まあ、パチスロ屋でってのがあれですがね」


 他愛のない酒の肴。その程度の出来事。


 ――それだけのはずだった。

 次の日、蜂谷にメッセージを送った。

 

 それが、――修介は知る由もなかったのだ。



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