「お化けだぞお、怖いぞー」

 

 真夜中の学校は、異界に通じるという噂話があった。

 

 生者と死者が逆転する裏学校。その校長室には、ゾンビ校長が待ち構えていると言う。顔が半分ほど崩れ落ちて、ボロボロのスーツを着ている。

 彼の出す課題に答えられなければ、永遠にその裏学校に囚われると言う――


 そんな設定の校長室に、言織と宵崎は足を踏み入れた。

 そこにいたのはゾンビ校長と、見知った姿――


「あ、言織ちゃんだ」


 キツネ耳を生やした、長い金髪の可愛らしい少女だった。

 嬉しそうに抱き着いてくる。可愛い。


 半月ほど前、稲荷神社で顔を合わせた狐妖怪の少女――ミクであった。


「あれ、どうしたのこんな場所で?」 


 頭を撫でてやりながら、質問する言織。


「ん、鏡子きょうこちゃんと花子さんに会いに来たの」


 トイレの花子さんと、鏡に映る怪異の少女のことである。どうやら、友達らしい。


「そうしたら、今晩はお祭りだって言うから、ミクもこれから参加するんだ!」


 ――まあ、確かにお祭りか。

 哀れな被害者を、学校霊総出で脅かしまくる――一夜限りの大騒ぎ。無邪気に笑うミクは、どこまで理解しているのだろうか。


「ねえねえ、言織ちゃんも一緒に行こうよ」


「いや、わたしはいいよ。ここで、おとなしく見ている」


「そーなの?」


 ミクは少し残念そうだ。

 やりとりを続ける横で、ゾンビ校長が紅茶とお菓子の用意をしてくれていた。


「それじゃあ、ミクは行ってくるね」


 にこにこと笑うキツネ耳の少女。


「いっぱい頑張って、悪い人間を驚かせるんだ」


 その背中を見送る言織は、違う意味で不安を覚えた。


(――驚かす?)


 どう見ても、可愛いだけのキツネ耳少女。とてつもない違和感があった。



       ◇



 夜の廊下を、四つん這いで駆けていく老婆の話。追い抜かれると、不幸になると言う。

 音楽室。誰もいないはずなのに、ピアノの音が聞こえてくる。その音色を聞くと、心身に不調をきたす。ついでに、飾られた有名音楽家の瞳が動くという。

 保健室の鏡の少女。にっこりと微笑みかけてくる彼女が――見る見る、しわがれた老人の姿となる。それは、鏡に映った当人のゆく末だ。


 他にも、諸々。


 学校の七不思議――どころではない。数えて実に五十以上の怪異が、皆張り切って、青木を驚かせてきた。何せ二十年振り――まあ、どいつもこいつも気合いが入ると言うものだ。


「おー、みんな張り切ってるなあ」


 校長室の鏡から、その光景を追うことができた。言織はポテトチップスなどつまみながら、青木が泣き叫ぶ様子を――お気楽に鑑賞していた。彼の悪行を知っているから、いい気味だ。

 そのとなりでは、宵崎も満足そうに微笑んでいる。彼も彼で、こちら側の怪異である。


「……ひ、ひああ」


 叫び疲れて、喉も枯れた。青木はふらふらと力尽き、延々と続く廊下で――へたり込んでしまった。

 彼の精神は、もはや擦り切れていた。度重なる恐怖の連続で、もう限界。いつもの二枚目の空気は、もう完全になくなっていた。


「!」


 そこで、廊下の向こうから近付いてくる影が見えた。今度は、どんな化け物が出てくるのか。青木は身構えた。

 思わず上げかけた悲鳴は――


「へ?」


 間の抜けた声となって、漏れた。予想外の姿が、そこにあったからだ。


「お化けだぞー」


 両手を垂らして、その周りにただよう小さな鬼火。舌を出しながら、いかにも化け物よろしく姿を見せたのは――

 キツネ耳の、長い金髪の愛らしい少女であった。大きな尻尾がもふもふしている。


「お化けだぞお、怖いぞー」


 怖くなかった。

 可愛かった。


「………………」


「……あれ?」


 きょとんとするミク。相手の反応が、想像と違っていた。てっきり、他の学校霊と同じように悲鳴を上げてくれると思ったのに――青木は、茫然と自分を見ているだけだった。


 あえて繰り返す。度重なる恐怖の連続で、青木教師の精神は限界であった。

 そんな状態で、不意打ちで姿を見せたのは――怪異とは程遠い愛らしいキツネ耳の少女。彼の精神の均衡がくずれるのは、必至であった。


 結論。

 青木は、錯乱した。


「た、助けてくれええっ!」


 奇声を上げながら、ミクに飛びかかる。


「きゃあああーっ!」


 ミクは驚いて、悲鳴を上げる。


 立場が逆転してしまった。



       ◇


「おいおい」


 その様子を見ていた言織は、顔色を変える。慌てて校長室を飛び出した。そのあとに、宵崎も続く。

 ひとり残されたゾンビ校長は、お代わりの紅茶をすすった。ふたりに任せるつもりなのだろう。


「ひええーん!」


「待ってくれえっ!」


 半泣きになって逃げるミク。追いかける青木。

 さながら少女を襲う成人男性。

 犯罪のような光景が、そこにあった。と言うか、犯罪そのものだった。

 学校の怪談が、

 

「くっ」


 歯嚙みする言織。

 宵崎が妖術で廊下の闇を加速させる。その上を走るふたりは速度を上げたが、それでも間に合わない。


 まさしく、いたいけな少女の危機。


「た、助けてよおおっ!」


 しかし、そこにいち早く駆けつける存在があったのだ。


「ふん」


 今まさに、青木の邪悪な両手がミクに届く――その刹那に、割って入る。その人影は、掌底しょうていを突き出した。まさしく達人の御業みわざ

 青木は、びくんと身体を震わせて、その場に崩れ落ちた。


「……あ、ああう」


 怯えるミクの前に、悠然とたたずんだのは――



『トイレの太郎君』であった。


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