「はなこさん?」
「ふんふーん」
そして、次の日。
鼻歌など歌いながら、大輔はご機嫌に部屋の掃除をしていた。
これから生徒と春子が訪ねてくる。沈んでいた気持ちが、一気に楽になった。
痴漢諸々の濡れ衣を着せられて、ふさぎ込んでいたが――本当に救われた気持ちだ。
こういう時は、ヒトの温かさが心に染みる。
呼び鈴が鳴った。
「はーい」
弾んだ声で返事をしながら、玄関で出迎えた。
そこにいたのは――予想していた人物ではなかった。
おさげの少女。数日前に訪ねてきた教え子の、入野加奈子だった。
「よかった、思ったより元気そうだね」
「あれ、どうしたんだ?」
「どうしたって……」
加奈子は少しふくれたように、
「先生が大変だって聞いたから、様子を見に来たんですよ」
「おお、そうか」
彼女が言うには、友人つながりで連絡が来たとのこと。心配して訪れてくれたと聞くと、素直に嬉しかった。
このあと、同僚と今の教え子達とも約束があることを話すと――
「あ、じゃあ。わたしはここで」
「え? せっかくだし、上がっていきなよ」
加奈子も一緒にもてなそうと思う大輔であったが、彼女は辞退した。
「これから行く場所もあるから……とりあえず、安心しましたから」
「そうか」
少し残念だったが、それならば仕方ない。
「まあ、また気が向いたら学校に来いよ」
「……はい」
加奈子は少し間を置いて、笑った。どこか寂しそうな笑顔が、妙に気にかかった。
大輔の中で、記憶が混濁する。違和感が、思考に走った。
「……なあ」
自分でも戸惑いながら、言葉にしていた。
「君、本当に俺の教え子だったのか?」
「え? ひどいなあ。わたし、そんなに影薄かったですか?」
からかうように笑う加奈子に、なぜか心がざわめいた。
「いや、そうじゃなくて――もっとずっと昔に、出会ってなかったか?」
自分で言っていて、おかしいと思った。ほんの二年前ではなくて、それ以上――いや、そんなことはありえない。加奈子は中学生のはずだ。そんな昔に出会っていたはずはない。
それなのに――
「……先生、ちょっと疲れているんですよ」
「そうかな」
そうかもしれない。
どこか腑に落ちないながらも、納得する。いや、自分自身に言い聞かせた。まるで自分が小学生の頃に彼女と出会っていた考えなど――バカげている。
「先生、この事件はきっと解決しますから」
加奈子は、妙に自信たっぷりに口にする。
そして、彼女は帰って行った。
「あれ?」
大輔のアパートを加奈子が出ていく。その背中が小さくなっていくところを、春子が見かけた。
「先生、知り合いなの…?」
となりにいた白木が訊ねる。
「ん、確か――赤池先生の昔の教え子で、加奈子ちゃんだったかな」
記憶をたどる春子。
桃園が、その名前を聞いてつぶやいた。
「はなこさん?」
「――え?」
その勘違いが、妙に春子の印象に残った。ちょうどその話題で騒がれているから――たまたま、聞き間違えたのだろう。
「いえ、加奈子さんよ」
「あ、すいません」
三人は何となく頭をひねっていたが、元々の用事をすぐに思い出した。
大輔のアパートの呼び鈴を、春子が鳴らした。
◇
「やあ」
「どうも」
少し歩いていると、加奈子の前に言織と景が姿を見せた。ロクスケも一緒にいる。
「彼の様子は?」
訊いてくる言織。
「ん、大丈夫みたいですよ」
――このあと教え子と同僚が顔を見せてくれると、喜んでいた。それを伝えると、言織と景は安心したような表情になった。
「学校の様子、見てきたよ」
と景。
三人は、事件の現場となっているT東小学校からの帰りであったのだ。
外部の人間であるが、景の妖力であっさりと侵入。昨晩の騒ぎとなった女子トイレと、職員室のロッカーを確認してきた。
とりあえず迷い家に集まってから、調査報告となる。
「妖力の反応は、なかったね」
と、景。
彼の右の瞳ならば、妖怪の痕跡を見逃さない。だから、人間の犯行ということになる。
「それじゃあ、捜査は手詰まり?」
明らかに肩を落とす加奈子。大輔に言っていた手前もあるのだろう。
学園サイトの書き込みの『アオ』という人物が、重要参考人なのだろう。その特定にも難航しているようだ。だが、それはあくまで人間社会における状況だ。
「苦労したけど、書き込んだ場所は特定できたよ」
文香がドヤ顔で言う。
『アオ』は、純粋に人間社会の方法で身元の特定を誤魔化している。かなりの技術のようだ。しかし、文香は妖怪。妖怪なりの方法がある。
「海外のサイトを経由してやがってね。そこは、本当に苦労した」
日本の妖怪である彼女にとって、外国は大変だったようだ。言語が異なるし、思想も違う。日本と言う世界で生まれ、育った怪異に――その違いは色々と足枷になる。妖術の効果も薄くなるらしい。それでも、文香はやってのけたのだ。
色々とあれな方法で入手した個人情報も併用して――その書き込んだ本人も特定した。
その場所とは、独り暮らしのアパートの一部屋。
――住人は、青木教師であった。
更に。
言織が、ちゃぶ台の上にあるモノを置く。
それは、小さな木片。いや、小さなお札であった。青木が花子さんを追い払うという名目で、女子トイレに設置したものである。
「警察は、まだ気付かなったみたいだけど」
それを、無能とは言えまい。あくまで夜間の変質者侵入という側面を重視しているからこその――盲点だった。
花子さんを追い払うお札に、意識が向かなかったのも仕方ない。それこそ、妖怪の存在を知っている源一郎が現場にいれば、また違ったかもしれないが。
「これ、盗撮用のカメラが内蔵されてるよ」
言織の言葉に、加奈子は顔色を変えた。
彼女にとっては、怒り心頭であろう。
なぜならば、そう――
「ま、本来ならばすぐに人間の警察に情報提供するところだが」
ロクスケが、的確に補足する。
「こいつは、うちらにとっての問題でもあるからな」
人間社会との協約。事件の解決には、相互の共助共演を約束としている。ただし、一定の条件下の場合――ロクスケ達は優先的に行動することが認められていた。
――そう、今回の事件は仲間である『花子さん』の汚名。
だからこそ、ロクスケはそう言った。
そして、その当人である『花子さん』が憤るのは、至極当然。
入野加奈子。
彼女こそが――『トイレの花子さん』であるのだから。
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