「さっき、『花子さん』って話してなかった?」
「んー、なつかしいなあ」
大輔と連れ立って歩く加奈子は、ご満悦のようだった。
「二十年ぶりかあ」
「二十年?」
「え? ううん、二年ぶりって言ったよ」
思わず訊き返してしまったが、自分の気のせいだろうか。それ以上、大輔は追及しなかった。
「あ、そう言えばさ」
話題を変えてくる加奈子。
「さっき、『花子さん』って話してなかった?」
「あ、うん」
先ほどの職員室での会話だろう。
特に隠すこともなかったので、大輔は頷いた。
「何か、児童達の間で噂になってるらしくてさ」
「へえ」
加奈子は目を細めた。
「何だか、なつかしい話題ですよね」
「ん? そうだっけ」
その発言に疑問を覚える。
二年前、彼女が教え子だった頃。そんな話題が流行していた記憶はない。
それこそ――二十年前。自分が小学生だった頃は、まさに学校の怪談の全盛期であったのだが。
「先生が、話してくれたんですよ。覚えてませんか?」
「そうだったかな」
言われてみれば、そんな気もしてきた。学校の怪談、自分が通っている小学校にも色々な噂があった。花子さん以上に物騒な話を聞かされた次の日など、怖くてトイレに行けなかったこともある。帰りが遅くなってしまった夕暮れの学校など、とても不気味に感じられたものだ。
今になって思えば、どれもよい思い出である。
少し郷愁に浸っていた大輔は、呼びかけられて我に返った。
「赤池先生」
向こうからやってくるのは、青木だった。またも何人か女子児童を引き連れている。何人か増えている気もした。
「そちらの子は?」
「あー」
加奈子のことを訊かれて、答える前に、
「入野加奈子です。元、赤池先生の教え子です」
先に彼女が自己紹介する。
「あの……本当に、花子さんがいたんですか?」
「?」
その発言に、大輔は怪訝に思った。けれども、彼女が職員室に訪れる際に、青木先生とすれ違っていたとしたら――特に不自然でもないだろう。
「いや、特におかしいところはなかったけれども」
どうやら、くだんのトイレに異常はなかったようだ。
「えー、でも夜になったらまた違うんじゃないですか?」
「明るい時間だと、幽霊も寝てますよ」
女子達がわいのわいの。
「わかった、わかった。君達が下校したら、もう一度確認しておくよ」
そうして、歩き去っていく青木達。
その背中を見送った加奈子が、大輔に振り返った。
「先生、わたし達もそのトイレ行ってみましょうよ」
◇
加奈子にせがまれ、大輔もそのトイレへと向かうことにした。
さすがに女子トイレ。立ち入るのを迷っている大輔を置いて、加奈子はさっさと入ってしまう。
「……どうだい?」
中の様子をうかがう加奈子に、外から訊ねてみた。
「んー、特におかしいところは見当たりませんね」
とは言え、先ほどの女子達も言っていたように――時間帯のせいかもしれない。こんな明るい時間では、学校の怪談も活動しないだろう。
「夜になったら、忍び込んでもいいですか?」
「駄目に決まっているだろう」
「ですね」
悪戯っぽく舌を出す加奈子に、肩をすくめる大輔。
「まあ、俺もあとで青木先生と確認してみるよ」
――その時こそは女子トイレに入るのだろうか。そう思ったが、深く考えないことにした。
(いや……黄山先生も一緒に来てもらえばいいかな)
それから、加奈子を昇降口まで見送って行った。
「それじゃあ、またね。先生」
「うん、気を付けて帰りなさい」
◇
それから数日が過ぎた。
「んー、特に問題はないみたいですね」
場所は、校長室。集まった何人かの教師とともに、校長がパソコンを操作していた。
一応は、児童の目に届かない場所で行われている。
定期的に行う、学校裏サイトの巡回である。児童達のやりとりを確認することで、何か問題が起きていないか、起きる兆候はないか――監視をしているのだ。
最近の教師も大変である。時々、教師達への愚痴や悪口も見かけるので地味に精神的にもきつかったりする。
まあ、このT東小学校のサイトでは、それほど過激な書き込みは見当たらない。素直でよい子が多いのだろう。いじめなどの問題も起きていないようだ。
そういう意味では、喜ばしいのだが――
「んー、ちょっとへこむな」
大輔は苦笑した。
自分へのコメント。
『何か、イイ人どまりって感じなんだよねー』
『そうそう、男としては頼りないって感じ』
『でも、将来的に妥協しての結婚相手なら、ぎりありじゃない?』
『あ、三十過ぎて結婚した従妹の旦那さん、あんな感じだったよ』
言われたい放題。
「んー」
へこんでくる大輔。
「まあまあ」
春子が肩を叩いてきた。
「話題にされるだけ、いいじゃないですか。それだけ親しまれてるってことですよ」
「そうかなー」
「そうだよ」
返事を返してきたのは、春子――ではなかった。
中年の理科教師だった。
「僕なんか、話題にすら上がらないんだから」
切実な言葉だった。
その場に、哀しい空気が流れてしまった。
「……安藤先生、今度ご飯でも行きましょう」
「そうだね」
大輔が慰めた。
「けれど、やっぱり青木先生は人気ですよねー」
空気を読めない若い女性教師が、口を開いた。
――空気読めよ、大体の人間がそう思った。
「いやあ、まあ」
「まあ、とにかく――」
校長が、ぐだぐだになりつつある会話を取り仕切った。
「例の花子さんの件は、特に大きな問題になっていないみたいですね」
「そうですね、青木先生のおかげです」
「いやあ、大したことは」
若い女性教師に言われて、青木は照れたように笑って見せた。
少しは騒ぎとなっていたのだが、青木が持ってきた木のお札を女子トイレに置いて、清めの塩を撒いた。ついでということで、花子さんが出ると言われた場所だけではなく、一通りの女子トイレに措置をしておいた。
とりあえず、それだけでも児童達は落ち着いたようだ。結局は実体のないただの噂。気休め程度の処置でも、効果は充分。
こうして、本当に久しぶりの『トイレの花子さん』騒動は治まった。
――だが、それから二日ほどして。
また、新たな書き込みが学園サイトにあったのだ。
◇
『今夜、夜の学校に忍び込んでみる』
そんな書き込みがあったのは、夜の七時。
どうして、教師達が気付かなったのか。それは、時間のせいだ。
大輔達が定期巡回をするのは、夕方五時まで。それも、場所は校長室からのパソコンのみ。
一応は児童達の心情もおもんばかり、それ以外の個人端末でのアクセスは禁止されている。まあ、教師と言う立場上仕方ないとはいえ、児童の監視なのだから――制限を設けていたのだ。
だから、それはたまたまだったのだろう。そのコメントの誰かが、教師側の事情を知ってでもいない限りは。
書き込みは、最初に『花子さん』の話題を持ち出した『アオ』という名前からだった。
すぐに、別の誰かがコメントを返す。
『え? でも夜の学校って警備とかあるんじゃ』
『そうそう、セキリュティ―もあるんじゃないの?』
今は昔と違って、手軽に夜の学校に忍び込めない。
『大丈夫』
アオは、自信満々に返答した。
要約すると、こうだ。
忍び込むために、東校舎外れの1階の鍵をあらかじめ開けておいた。
セキリュティーがかかっているのは、校門と一部の部屋と区画だけ。東校舎の女子トイレまでの道ならば、それはない。
警備員が東校舎を見回るのは、十二時前。だから、それ以降の時間ならば騒がない限りは見つからない。
――これらの前提のもと、深夜一時に学校に忍び込む。
『もし誰か参加したい人がいるなら、現地合流しませんか?』
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