『五』
さてさて。
運悪く怪異に遭遇してしまった翔太と正志。帰りも遅くなってしまったので、家の近くまで言織が送ることにした。
それぞれの自宅近くに、迷い家からの出口をつないだのである。
「おー、ただいま」
正志が自宅に帰ると、出迎えてくれたのは兄の久志だった。大学生で独り暮らしをしているはずが、なぜか家にいた。
「あれ、兄ちゃんどうしたのさ?」
「たまにはな」
そう言う兄は、エプロンなどつけていた。可愛らしい猫のアップリケがついていた。強面の兄には、あまり似合わない。
「今日は、俺が晩飯作るからなー」
台所に引っ込んでいく。その後ろ姿を見送っていると、母親が声をかけてきた。
「最近できた彼女に、言われてその気になったらしいわよ」
「何が?」
「料理上手な男性は、魅力的とか何とか」
「ふーん」
なるほど、単純な兄である。
少し疲れたような母の様子が、気になった。
「……もう台所、しっちゃかめっちゃかでね。多分、後片付けはあたしがするんだろうと思うとね」
さすが自分の子供だ。母はよく理解している。確かに、兄にはそういうところがあった。
まだ家にいた頃、プラモデルを作ってもらったことがある。手先の器用な兄は、かなりかっこよくし上げてくれた。でも、箱とかランナーのゴミはほったらかしで、文句を言いながら片付けたのは他ならぬ母親であったことを思い出す。
「はは」
正志は乾いた苦笑を返しつつ、家に上がる。
きちんと手洗いとうがいを終えて、台所を覗き込む。
「兄さん、メニューは?」
「おう、特製の唐揚げだぜ」
「お」
それは嬉しい。正志の大好物である。美味そうな匂いと、油で揚げている音も耳に心地いい。
実際、兄の用意してくれた唐揚げは絶品だった。
「これで、後片付けもきちんとしてくれればねー」
まさしく予想通りだった母親も、唐揚げの味には満足しているようだった。
「こいつは、美味い。また作ってくれ」
ビールを飲みながら、父親も上機嫌。
――景の言った通り、少しだけ幸運な正志だった。
◇
一方の翔太は――
(……幸運か)
少し重い気持ちで、自宅の玄関に足を踏み入れた。言織や正志にあえて言わなかったのだが、今日の翔太は悩みを抱えていたのだ。
(お父さんとお母さんが、仲直りしてくれてばそれで十分なんだけどな)
昨日から、両親は喧嘩中なのだ。今朝もろくに会話がなく、空気がぎすぎすしていた。あの自動販売機が幸運を招くなら――ふたりを仲直りさせてほしかった。無欲な翔太である。
だからこそ、自動販売機は冷たい飲料を提供してくれたのだろう。
結果として、翔太の望みは叶うのだった。
「……おかえりなさい」
家に上がると、母親が出迎えてくれた。少しバツが悪そうなのは、夫婦喧嘩に巻き込んでしまった後ろめたさか。
「うん、おかえり……あれ? いい匂い」
すぐに気が付いた。台所から、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ええ、今日はすき焼きよ」
――すき焼き。豪勢な夕食だ。
そして、父親の大好物でもある。もちろん翔太も大好きだった。小学生男子、やはり肉はいい。
「……たまたま、お店で安かったのよ」
言い訳みたいに言っているが、さすがに翔太にも理解できた。喧嘩している相手の好物を用意する。その理由は――考えるまでもない。
そして。
「……ただいま」
三十分ほどして、父親が帰ってきた。こちらも少しバツが悪そうで――左手に紙袋を提げていた。
会社近くの駅ビルにある、ケーキ屋のものである。
「たまたま、目についてな」
中の箱には、ケーキが三個入っていた。チョコケーキと、チーズケーキ、そして母の大好物のタルトである。
「そ、そう。晩御飯の後で、いただきましょう」
「ん、この匂いは――」
「すき焼きよ。お、お肉が安かったのよ」
またも言い訳がましい母に、父は『そうか』とだけ返した。
――まあ、夫婦喧嘩なんてこんなものである。
ほっとする翔太。これが、自動販売機の幸運なのだろうか。
けれども、彼の場合はまだ続きがあった。
「あ、そうだ」
母に促されて、まずは風呂場に向かおうとした父が声をかけてきた。
「翔太、おまえに何か届いていたぞ?」
玄関先の下駄箱の上。
確認しに行くと、封筒が置いてあった。送り先――現在はまっているカードゲーム『G・D』のプレゼント事務局からだ。そう言えば、二ケ月ほど前に応募券を集めていたことを思い出す。
当選品は限定カード。とても当たるわけがないと思っていた。翔太は半信半疑のまま、開封する。
「……う、うおおーっ!」
中身を取り出して、思わず声を上げてしまった。
間違いない。確かに、レアカードの限定バージョン。
「や、やった! やったーっ!」
はしゃぎまくる翔太。やはり、まだまだ小学生。
何事かと顔を出した両親は、珍しく大騒ぎをしている息子を――不思議そうに眺めていた。
――自動販売機にまつわる怪異は、こうして結末を迎えた。
もうひとつ、別の場所で起こる件をふくめて。
◇
その日も、岩田は不機嫌だった。
思えば、一週間ほど前。屋台のラーメン屋で、不気味な少女に出会ってからだ。
偉そうに説教を垂れていた。本当に、不愉快だった。それから、ろくなことが起こらない。
――言織の発言は、善意の忠告だったのだ。
いわゆる出会い系のアプリでいい感じになった女性とは、急に連絡がつかなくなった。高級料理を二回もご馳走させておいて、いきなりの音信不通だ。
それから、今日は上司に呼び出されて怒られた。何でも部下への指導が不適切だと言うのだ。
自分は、間違っていない。最近の若手に根性がないだけだ、と自己弁護。かつて、瀬川銀二を退職に追いやったことを――彼は全く反省などしていなかった。
「くそう!」
帰り道も、気分が落ち着かない。上司に、今後の査定に影響することを匂わされていたことが、心底から不本意だった。
腹が立って仕方ない。自分を馬鹿にした女性も、自分を認めない周囲の同僚にも。ついで、
女性の件は、相手にも原因があるかもしれないが――後者については、明らかに岩田本人の問題だろう。けれども、彼は自分を省みることなどないのであった。
だからこその――結末か。
因果応報。
日々の行いが、自分に返ってくる。
何だか暑い。異様に喉も乾いてきた。いつもの帰り道が、妙に長く感じる。
そして、古びた自動販売機を見つけた。
喉の渇きを覚えていた岩田は、深く考えずに飛びついた。
「……10円?」
値段と、風変りな外装――まるで鏡のような液晶を怪訝に思うも、硬貨を投入した。
『五』
液晶に表示された数字は、それだった。
――怪之肆、了
今回のお話で、前半部分終了と言う感じですね。作品世界における怪異と妖怪の在り方とか。
よかったら応援とか、近況ノートへのコメントいただけたら嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/16818792439700433288
『次怪予告』
かつて、学校の怪談で騒がれた怪談たち。今は、隠れ里にひっそりと住まう。
されど、とある小学校にて語られる。
――ねえねえ、トイレの花子さんて知ってる? ずっと昔にあちこちの学校にいた幽霊なんだけど――うちの学校に出たらしいよ?
『怪之伍~花子さんリターンズ』
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