怪之参~転売ヤーとカルタ小僧

これこそが、転売ヤーの悪行である。

 技術の進歩とは、凄まじいものだ。

 特にここ十年余りの情報社会は、もはや進化と言ってもいい。

 そんなことを、ふと口にしたのは――一目童子の一野儀景。


「ふーん」


 いつもの迷い家。

 昼食後の、穏やかな時間。

 ちゃぶ台を挟んで。

 

 まさしくその進化の権化たる、スマートフォンを手にした景に、言織は気のない返事を返した。

 彼女が迷い家の一員になったのは、実は数年前のこと。なので、その言葉には実感はわかない。あくまで事実としての情報なのだ。


「色々、便利になっていいんだけどね」


 ため息をつく景。

 言織はようやく、読んでいた週刊漫画雑誌から顔を上げた。


「まあ、そうよねー」


 続けたのは、言織ではない。

 ノートパソコンが、ふよふよと飛んできた。正確に言うと、ノートパソコンから上半身を生やした少女型のアヤカシ――文香である。


「インターネットが進化した時なんか、色々あったものねー」


 と、しみじみ。

 それまでは口伝だった噂話が、加速度的に広がりやすくなった。

 無責任な話題や、興味本位の作り話。ヒトの想いが、妖怪を作り出すならば――その現実は、たくさんの妖怪を生み出す温床おんしょうとなった。


 そしてその中には――当然に、ヒトに仇を為す存在もいた。


「技術の進歩には、新たな問題も伴うものさ」


「……んで、結局は何が言いたいの?」


 言織は訊く。

 文香に相槌を打ちながら、景の視線は先ほどからずっと手にしたスマホに向けられている。そのしかめっ面からして――そこに、不愉快なことがあるのだろう。

 画面に映る何かのせいに違いない。


「まあ、とりあえずはね――」


 景は、言織にくだんの画像を見せてきた。

 そして、こう言った。


「転売ヤー、〇ねってことさ」



      ◇



 転売ヤー。

 それは、ここ数年あまりで加速度的に増えつつある新たな妖怪――ではなく、人間社会における迷惑行為である。

 まあ、でもこのままでは、そのうち妖怪として生まれてきてもおかしくはないかもしれない。

 不安や恐怖、不満と言った悪感情。不特定多数の人間達による感情のうねりは――確かに妖怪を生み出すきっかけとなるのだから。



 そして今この時も、また別の場所で不機嫌になっている者たちがいた。

 


 場所は、昼休みの教室。

 いつもの小学校。

 ひょんなことから妖怪絡みの事件に巻き込まれ――いや、自業自得で首を突っ込んだのだが――それから言織達とも接点のある小学生たちである。


「かあー、ほんとふざけんなよ」


 毒を吐くのは、大柄な小学生――久保田正志。向かい合って座っているのは、小柄な少年――杉本翔太。

 少し前までぎくしゃくしていたふたりだが、今は普通に友達だった。


「どしたの?」


 男子ふたりに割り込んで、気やすく話しかけてくるのは、佐々木麻衣。

 彼女と正志、このふたりも割と仲がいい。以前のお騒がせな肝試しを計画したのも、このふたりであったくらいだし。


「あー、これを見ろよ」


 手にしたスマートフォンの画面を、麻衣に突き出す。


「はあ、なるほどねえ」


 麻衣は、すぐに得心した。

 そこに移っていたのは、いわゆるフリマアプリ――『ウルカイ』である。これまでのオークションサイトよりも、手軽に出品して、気軽に売るシステム。

 時代の空気とも相まって、ここ数年余りで爆発的な成長を遂げていた。たくさんの売り手と買い手が行き交い、たくさんの売買を成立させる。


 つまり、そこにはそれだけのヒトが存在するということ。善良な人間も多いが、必ずしもそれだけではない。


 そんな状況で、最近問題になっているのは――


「高額転売かー」


「だよ」


 正志の目に険が走る。


「昨日発売の『G・D』の新パック、この価格だぜ? ふざけすぎだろうがっ!」

 それは今、小学生たちに絶大な人気を誇るカードゲーム。最近アニメ化もして、大きなお友達にも人気急上昇のコンテンツだ。

 そんなカードパックの最新弾。6枚入りパックでひとつ500円。何とそれが、3000円の価格で出品されているのである。

 

 転売。

 いわゆるせどりなどは、安く仕入れて高く売る。その差額で利益を得るのは、商売の基本中の基本。いわゆる転売も、商売ではあるのだが――


 現代では、蛇蝎だかつの如く嫌われているのだ。



       ◇



「――何で?」


 今一ぴんとこない言織は、景に尋ねる。

 そのかたわらの畳の上で、香箱座りのロクスケが大きく伸びをしていた。夜道怪の宵崎が廊下で日向ぼっこをしながら湯呑を傾けていた。


「じゃあ、例えばさ。君がシスドの新作ドーナツの販売に並んでいたとするね」


「うん」


 シスタードーナツ。言織達――ここ迷い家の妖怪面々にも、最近人気のドーナツ店である。景の言葉通りに、想像してみる。


「それで、言織の前に並んでいた客がそのドーナツを買い占めたとする」


「…………」


 想像して、言織は顔をしかめた。


「で、その客がどや顔で、並んでいたみんなに三倍の価格で売ってやるって言ったら――どう思う?」



「ぶん殴る」


 迷わず答える。



 その光景、近くにいたロクスケは容易に想像がついた。

 彼女なら、やりかねない。


 言織はしかめ面を和らげる。


「あー、なるほどね」

 

 景のたとえ話に、彼女は合点がいったようだ。


 本来ならば問題なく買えるはずなのに、ずかずかと割り込んできて、価格以上に売りつけようとしてくる。

 確かにあこぎで、悪質だ。景が、目的のものを高値で販売されていて憤っていたのが――とてもよく理解できた。


「そりゃあ、確かに腹立つわ。嫌われるのも無理ないね」


「そういうこと」


 景は、改めてその画面を見せてきた。

 奇しくも、正志が見ていたものと同じもの。

 

 彼がハマっているカードゲーム『G・D』が、6倍の高値で売りに出されている画面であった。



 これこそが、転売ヤーの悪行である。


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