これで17話よ!

 各クラスの応援合戦が終わって、生徒たちのテンションはかなり高まっていた。


 うん、やっぱりクラスメイトみんなで団結して何かをするってのはいいもんだ。

 流行りの曲や盛り上がる曲を選んで、アレンジして踊る――これは間違いなく、いい思い出になるだろう。


「何が思い出よ! 何が団結よ!」

 突然、夏海さんに制服の襟をつかまれ、僕の体はガクガクと揺さぶられる。


「ぐ、ぐうぅ……首が、苦し……!」

 視界もガクガク揺れて、呼吸まで乱される。


「私も、踊りたかったのにーっ!」

 今度は地団駄を踏みながら、全力で不満をぶつけてきた。


 そう、僕ら二人は音響担当。グラウンドでクラスのみんなが踊るなか、曲を切り替えたり効果音を入れたりする係。

 リミックス? いや、ミックスっていうのかな……?


 なんだかDJになったみたいで、僕はちょっと楽しかった。


 正直、これはこれで結構好きなんだけど――


 夏海さん的には、納得いかないらしい。みんなが楽しんでる中、外で見てるだけの立ち位置だから……尚更、我慢ならないんだろうな。


「とりあえず落ち着いてよ。ほら、部活動対抗リレーが始まるよ」


「なんで他人が楽しく走ってるところを見なきゃいけないのよ!」


 夏海さんはさらに力を込めて、僕の体をぐらんぐらんと揺さぶる。


「スポーツ観戦とか他人がプレイしてるのを見ると体を動かしたくてうずうずしちゃうタイプなの!アタシは!」


 ……火に油を注いでしまったらしい。更に首がガクガク揺れて、視界もぶれまくる。


 でもまあ、気持ちはわかる。僕も観るよりやる方が好きだし、正直、好きな選手を聞かれてもまともに答えられる自信はない。


「それならアップしたらいいじゃん。ほら、体をあっためて次の混合リレーを万全にしておこうよ」


「……それもそうね!ちょっと早い気もするけど、念入りにやっておいた方がいいかも!」


 夏海さんは拳を握ってうんうんと頷く。


 ……ふう、ようやく解放された。これでやっと部活動対抗リレーを落ち着いて楽しめそうだ。


 岸本さんから聞いた話だと、この学校の部活動対抗リレーは妨害ありの“なんでもあり”。

 もちろん怪我だけはしないようにって注意されるらしいけど……。


 代表者5名がそれぞれトラックを一周。スタートの時点で20近くの生徒が一斉に走るから、最初から最後まで大盛り上がりだとか。


「じゃあ、行くわよ!」


 隣で夏海さんが、ぐいっと手を引っ張る。


「……え?いや、行かないけど……?」


「1人でやるよりも補助がいてくれると、何かと助かるのよ」


「僕は部活動対抗リレーが見たいんだけど……」


 そう返すと、夏海さんは何も言わずにじーっと僕を見つめてきた。


 いや……“見つめる”なんて優しいものじゃない。これは完全に睨んでる。


「……わかった。手伝うよ」

 沈黙に負けて、思わず折れてしまう。


「さすが天野ね。気がきくじゃない」

 さっきまで不満タラタラだった顔が一変して、ぱっとニッコリ笑う。


 ◇◇◇


「じゃあ、柔軟から始めるわよ。サポートよろしく」


「はいはい……」


 そう言いながらも、僕はちゃんと手を添えてサポートする。


「何?まだ不満があるわけ?」


 夏海さんは足を大きく広げて、前にスッと倒れていく。


「天野ってさ、たまに器小さいよね」


「いや、めちゃくちゃ広いと思うけどね。……って、うわわっ!」


 背中を押した瞬間、あまりの柔らかさに僕の方がバランスを崩しかけた。


「ちょっと、しっかり押してよね」


「いや……まさかこんなに行くとは思わなくてさ。……タコみたい」


「アンタ、ほんとデリカシーないわね……」


 夏海さんはむっとした顔で息を吐く。


「これは努力の賜物よ? ……もっとかける言葉があるでしょ?」


「はぁ……器も小さければ、レディに対する扱いもダメダメね」


 そう言いながら夏海さんは立ち上がり、今度はアキレス腱を伸ばし始める。


「レディ……?」


 思わず鼻で笑ってしまいながらも、僕は足を押さえて優しく伸ばしてあげた。


「……なんか言った?」


 ギロリと睨まれる。けど――怖くないもんね


 ニッコリ笑ってごまかすと、夏海さんはふんっと鼻を鳴らした。


 背中合わせになって、夏海さんを持ち上げる。


「あ〜、これほんと気持ちよくて好きなのよねー」


「ほら、早く。下から上下左右に揺らして」


「あいよー。お嬢様のご命令通りー」


 ぐーっと背中を伸ばして、下から上下に揺らしたり、左右に揺らしたりする。


 リラックスした声を出してるけど……こっちはすごい大変なんだよな。色々な意味で。


 (ぐっ……お、重い……」


「アンタ、そろそろひっぱたたくわよ?」


「まさか……ここまでやって褒美がそれだったら、僕は君の友達を辞めないといけなくなるね」


「ふーん。アタシは構わないわよ?別に……」


 その後、少し間を置いて――


「ねぇ、天野?アナタはアタシのこと、どう思ってるの?」


 ……この質問って、どっちだろう?

 “四季彩葉”についてなのか、それとも“四季夏海”についてなのか。

 夏海さんは、僕が多重人格のことを知ってるのを知らないよね。

 “彩葉”と言ってるようで、実は“夏海”のことを言ってる感じでいけば万事解決かな?


「僕は……四季彩葉さんは、すごい我儘だと思うよ!」


「へぇ……」


 ――やばい。背負ってる夏海さんから、とてつもない怒りとプレッシャーを感じる。


「ははっ……もちろん、いい意味だよ。ほら、彩葉さんってさ、すごい努力家でしょ? どんなことも人一倍頑張ってる。

 本当に困ってる人を見捨てたりしないし、勉強だって少しずつ伸びてきてるよね?

 さっきの柔軟だって、長い時間をかけて身につけた柔らかさだし、運動だって誰よりも率先して動いてそれでいて楽しんでたじゃん!

 そうやって限られた時間でそこまで努力できる人なんて、なかなかいないと思うんだ。

 そうやって一度に色々なことをこなしてるのが――良い意味で“我儘”だなって思うんだ!彩葉さんは!」


 悪い方で言えば……お嬢様気質かな。今回みたいに強引な時があるからなぁ……。いや、まあ、いいんだけどね?


 背中に乗っかっているのに、夏海さんが突然暴れ出す。


「おっとと……危ないって……!」


 ……これ、落としたらまた文句を言われるんだろうな。

 レディとかなんとか言ってたけど――まだまだ道のりが険しそうだ。

 せいぜい“見習いレディ”ってところかな。


 ソッと夏海さんを下ろすと僕に背中を向けたまま、指をビシッと伸ばす。


「も、もういいから向こう行ってて。ここからは一人でやるわ。必要になったらまたお願いするから」


 指された方に目を向けると――自動販売機とベンチがある。

 なるほど、アップが終わったら何か飲みたいのかもしれないな。


「じゃあ、また必要になったら言って」


「分かったわ。……少しだけ待ってて」


 そう言うや否や、夏海さんは突然、全力疾走で走り出した。


「アップなのに、あんなに全力でいいのかな……まあ、大丈夫か」


 飲み物を買ってゆっくりとベンチに腰を下ろすと背中越しに校舎の奥から響く歓声が届いてくる。


「結構盛り上がってるな……」


 少し前にピストルの音も聞こえていたし、まだリレーは序盤あたりだろうか、気にはなるけどここを離れる訳にはいかない


 出会って3週間ほど彩葉さんは、知れば知るほど“楽しい人”だと思う。最初こそ戸惑ったけど……今はその戸惑いすら懐かしく思えるくらいだ。


 だからこそ。仲良くなったからこそ、そろそろ呼び方を統一したい。

 「四季さん」に「四季」、「彩葉さん」……ちょっと大変なんだよなぁ。


 秋音さんは「秘密だよ」って言ってたけど「まだ言ってなかったの?」とも言ってたっしどっちでもいいんだとおもうんだよね。


 ……夏海さんに話してみようかな。


 このまま、僕だけが何故か知っていて向こうは知ってることを知らない――なんて、やっぱり不公平な気がする


そう結論づけたところで、夏海さんが帰ってきた。


「お疲れ様。どこまで行ってたの?アップなのにそんな飛ばして大丈夫?飲み物、どっち飲みたい?」


 少し汗をかき、肩で息をしている。

 夏海さんって運動にはこだわりがあって、特に準備は念入りにするタイプなのに……こんなふうに全力で走るのは珍しい。


 とりあえずスポドリと水を買っておいたけど――どっちを選ぶのかな。


 夏海さんは両方を手に取ると、水を首筋に当て、スポドリをぐいっと飲み始めた。


「ありがと。気がきくわね」


 運動で火照った頬に、さっぱりとした頬笑み。向日葵みたいな瞳が、夏の陽射しを映したみたいにきらきらしている。


 ……そう来たか。さすがに一本は僕のとは言えないな


「ねぇ? アタシ汗かいているんだけど、タオルとかは?」


 何を言ってるのかなこの子は……?


「ないよ……」


「ちょっと! アタシのマネージャーとして、先読みして用意しておきなさいよね?」


「んな、無茶苦茶な……。それに僕、マネージャーになったつもりはないんだけど……」


「じゃあ今日からよろしくね」


 さっきの笑顔と違って悪戯っけがありながらも爽やかな表情と温かい瞳が細くなる。


 ぐっ……断りたいけど、断ったら申し訳ない気持ちになる……


「マネージャーになったとしても、今と変わらないんだろ?それに……あぁ、いや、そうだ」


 ――そうだ、知ってることを伝えなきゃ。

 でも、こんな万全な時に言って夏海さん調子が崩れるのは正直怖い……。


「ちょっと、何よ?真剣にアタシの顔見つめちゃって」


「なに?今さら見惚れたの?そりゃアタシはかなり可愛い方に入るし、スポーツもできて、努力家だし?」


 胸を張ってドヤ顔を決める。


「そんなにマネージャーになりたいなら――特別に許可してあげてもいいわよ?」


「四季、体育祭が終わったらちょっと時間くれない?少し話したいことがあるんだ」


 ……そうだよな。今じゃなくても終わってから話せばいい。

 焦る必要はないし、今はリレーに集中してほしい。


「はぇ? ……あ、う、うん、いいよ」


「な、なによ? 今言えないぐらい……だ、大事なことなの……かしら?」


 「そうだな。とても大切なことだから、しっかり話せる時がいいのと……リレー、頑張ってほしいからさ」


「……っ! わ、分かったわ。天野がそう言うなら、それでいいわよ……」


「ありがとう。じゃあ、そろそろ戻ろう。みんな入場ゲートに集まってるかもしれないし、作戦とかもあるんじゃない?」


「ごめん……アタシ、先行ってる!」


 そう言うが早いか、夏海さんは全力ダッシュで走っていく。

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