魔法魔術専門学校(マホ専)

A・スワン・ケイトウ

第1話魔法魔術専門学校の入学式

「まるで回転寿司じゃないか?」

 ベルトコンベアーにのせられ、ただ移動してゆくだけの人生って。

 これから三年間、このJRの電車に揺られマホ専に通うのか。

 うみのミナモは、父に連れられ魔法魔術専門学校にむかっていた。

 ウチはまじめだけがとりえだからなんとか卒業はできそうな気がする。

 でも、ウチが行きたかったのは魔法学校でマホ専じゃない。

 窓の外を、いまにも降り出しそうな空と田植え前の黒い田んぼが飛ぶように流れていく。滋賀の田舎を走る琵琶湖線、四月はさすがに人が多い。真新しい制服やスーツに身を包んでいる連中はやる気がみなぎっている。

「ウチはそんな風になりたくない」

 たとえ、それが負け犬の遠吠えといわれようとも。

 ミナモのイライラは魔法学校にいけなかったことが原因だ。

まるで、ブスブスとくすぶる黒いガスが制服を着ているようなもの。ショートヘアの襟元からモクモク、茶色のブレザーの袖口からモクモク、ギャザースカートの裾からモクモクと陰鬱の気が這い出していた。

 これがいいことではないことぐらい本人がいちばんわかっている。

 でも、心の傷はまだ新しく、時間を必要としていた。

 父とウチは四人掛けの椅子の窓側に向かい合って座っている。新大阪までは時間があるので、父はいつもの緑のショルダーバックをガサガサやって文庫本をとりだすと中ほどのしおりをはずして読みだした。

このまえ、小五の妹カイが「おとうさんって寅さんに似てるね」って言って、なぜそのことに気づかなかったのか不思議なんだけど、ほんとうによく似てる。家ではこの話題でけっこう盛り上がった。妹のいう寅さんとはフウテンの寅こと車寅次郎のこと、顔だけじやなく人懐っこく誰とでも友達になるところまでそっくり。

 その後、カイはこの成功に味をしめて「○○に、似ている」を連発する。

 ちなみに、ミナモは「モモ」に似ている。ミヒャエル・エンデの本にでてくる時間泥棒から世界を救った女の子。小五ぐらいが挿絵にそっくりで、天然パーマのぼさぼさ髪にだぶだぶのコートを着ていたから。現在は天然パーマも落ち着き、だぶだぶコートも着なくなったけど、人の話を聞くのが大好きで、おばあちゃんには「話喰はなしくい」といわれてる。

 父親とふたりきりで出かけるのは幼稚園の遠足以来、向こうが気を使って「切符を持っているか?」とか「新大阪で降りるからな」と、うるさい。こっちは何をいっていいかわからず、これから三年間見つづけるだろう景色をただながめているだけ。

 今日は、マホ専に入学する晴れの日だというのに、ウチの人生はお先真っ暗。

 だって、魔法魔術専門学校なんて入るつもりなかったのだから。


 夢見る少女だったウチは、十一歳の誕生日、魔法学校から入学許可証が届くと思い込んでいた。どうして、あんなに自信があったのだろう。思い出すのも恥ずかしい。

 九月が誕生月なので一日からずっとわくわくドキドキがとまらなかった。誕生日の十二日なんて、もうたいへん心臓が爆発しそうだった。

 わけをしらない親たちは「なにをそわそわしてるの?」というから「別になんもない」ってごまかした。だっていえるわけない。バカにされちゃう。

 でもね、真夜中まで待ったけどなにもおこらず。その後もだらだら待ち続け、十二歳の誕生日も「一年遅れで配達されるんじゃないか」って、待っていた。

 

 中二の冬、母の事務所に呼び出される。

 ウチの母はふつうの主婦じゃない。幼少のころから天才の名をほしいままにし、からだは小さいが大観衆の前でも物おじしない度胸とおひさまのような笑顔で、かつては弁論部のスターだった。(アイドル的人気で、日本中を飛び回っていた)

 いまは、父の工場と餅屋を経営し、それだけでも忙しいのにPTAの会長や地域の役員までしている。なんでもそつなくこなす人間を社会がほうっておくはずがない。

 母の事務所は一戸建ての我が家の玄関を入ってすぐの場所にある。ウチの家って増改築をくりかえした結果、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスみたいな無茶苦茶な間取りになっていて本家同様に迷路や行き止まりがあって不便極まりない。

 建付けの悪いガラスの引き戸を力ずくで開けるとすぐそこに合皮の黒椅子二脚とテーブルがある。これはちょっとした来客や銀行員用の応接セットで、本来の応接室は事務所の右横を曲がったところにあり、そこにはシャンデリアと大理石の暖炉と本革の応接セットが二つも備え付けられ、いつでもおもてなしができる用意がととのっていた。

 六畳ほどの狭い事務所には、応接セットと事務机のほかにも帳簿を収納する大型ロッカー、コピー機、金庫、マッサージチェアーなどが、ギュウギュウに詰め込まれ、もはやカオス状態。

 奥の事務机で母が帳簿をつけている。平日は仕事に追い回され、子供との時間もとれない。完全無欠の母でさえこの状態だ、普通の人間ならぶっ倒れている。

 ウチは久しぶりに母と話ができることがうれしくって仕方なかった。

 でも、そのときいわれたのは「将来のこと考えてる?」だった。

 まさか、そんな質問されるとは思ってなかったので焦った。そのことについては、おばあちゃんにも友達にも、もちろん先生にも話したことがなかった。

 だってさ「魔法学校に行きたい」なんていったら頭がおかしくなったって心配されちゃうもん。いえるわけない。

 どうしてもいわなければならない状況に追い込まれ、ついに決心する。心の奥底に仕舞いこんで、ずっと四年間温め続けてきた夢はまだ外の世界に出たくないと尻込みする。「いま出ないでどうする?」と、ムリやり引きずり出す。

「マホウ ガッコウ ニ イキタイ」

 あのね、声は裏返り、変なイントネーションだったけど、ウチの夢がこの世に生み出された。ほんとうに、必死だった。これも生みの苦しみというのかもしれない。言ってから恥ずかしさがドバーっと込み上げてきて、一瞬で顔が真っ赤に染まった。「これはなんなんだ?」って、自分がどうなっちゃうのかわからなかった。

 突然、赤面症を発症したのだった。

 母は子供の夢想家ぶりにあきれたのだろうか? なにもいわず帰されてしまう。

 ウチは、まだ言うつもりもなかった夢を、熟していない青い夢を言ってしまって落ち込んだ。

 こんなことなら怒られたほうがまし。

 普通なら、こういう場合は、夢をあきらめるべきところだ。

 ところが、ウチの夢を聞いた父が「行け行け」って応援してくれたのである。

 父は若いころ歩いて世界一周をした経験をもち、画家になる夢がかなわず歯科技工士になった人で。いまは、家の隣に建てた会社(デコ・ボッコー)で仕事のかたわら能面を彫ったり、陶芸をしたり、写真にガラス細工に油絵になんでもかんでも手を広げるので収拾がつかない。

 ウチは父を味方につけて魔法学校に挑戦する。

 世界で一番有名な魔法学校は行ける自信がなかったので、国内をしらべてみたら「こんなにあるの?」ってぐらいみつかった。

 東京魔法学校は日本最難関の名門校。京都魔女スクールは唯一の女子校。北海道魔法学校、四国うずしおスクール、北九州魔法大学付属校、琉球シーサー校など、あるわあるわ。

 こうなったら、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると、多くの学校を受験する。いま思うと、ひとつに狙いを絞る弓にしとけばよかった。

 ウチの本命は京都魔女スクールだった。だって、家から近いし、なんか、かっこよ

かった。理由がバカっぽいけど、バカなんだから仕方がない。

 京女の合格発表の日、中学の職員室に呼び出され、担任から「だめだった」といわれた時のこと、一生忘れられない。

「魔法学校落ちた。バンザイ!」って叫んでやろうかと思った。

 いま思うと、あのとき「ぐっ」とこらえて正解だった。

 失意の中、どうやって家に帰ったか覚えてない。ふらふらと居間にあったコタツに入ると、おばあちゃんとお母さんに「おちた」とだけいって泣き崩れる。

 すると、いつもなら叱咤激励するタイプのふたりが、一緒になって泣いてくれた。それ見て、また泣いた。

 それからは、毎日のようにめそめそ泣き続けコタツ布団をぐちょぐちょにした。

 そして、魔法学校全滅が確定した日、母が恐れていた言葉を口にする。

「こうなったら、魔法魔術専門学校にいくしかない」

「えっ、二次募集があるかもしれないし、繰り上げ合格になるかもしれないのに?」

「ダメ、落ちたらマホ専に行くって約束したでしょ!」

 たしかに「浪人はゆるさない。不合格の時は魔法魔術専門学校に行くこと」という取引をしたのだった。まさか、全部落ちるなんて考えてなかった。バカなウチは人生の階段を踏みはずして真っ逆さま。手足をばたつかせ一本の糸につかまる。

 それが、マホ専、あわただしく受験を済ませると、あたりまえのように合格通知が届いた。


 新大阪が近づくにつれ緑が消え、家々は折り重なるように立ち並ぶ。大都会は自然の中で暮らすミナモにとって息苦しい場所におもえた。

 父が「降りる用意をせえよ」といい、本にしおりを挟むとをカバンにいれた。

 ドアがあいた。電車の横腹から多くの田舎者を吐き出していく。

 人混みの中で「おーい、ミナモ、こっち、こっち」と大声で叫んでいる。

「もう、いいかげんにしてよ!」

 恥ずかしい、父にはデリカシーというものがない。

 ウチは、父を無視して周囲を観察「どこかに魔法使いらしき人物いないかな?」と、めっちゃ捜した。これが物語とかだったら絶対いるもの。

 でも、さすがに、ハロウィンでもないのに魔法使いの格好してたら目立ちすぎるよなあ。きっと、一般人とおなじ格好をしてるにちがいない。

 ミナモ自身も魔法使いの制服を着ているわけではない。マホ専には制服というものがない。だから、母が用意した制服風の装い、いわゆるなんちゃって制服を着用していた。茶色のブレザーとスカート、白のブラウスに茶色のリボンタイ、白の靴下と茶色の革靴。

 なぜ、なんちゃって制服を着てるのかというと、田舎の高校にはすべて制服がある。ミナモも本来なら高校生なので世間様から後ろ指をさされないように。そして、ファッションに無頓着な娘が毎日着ていくもので困らないようにという親心である。

 さて、入学式は某有名ホテルの式場を借り切って行われる。ミナモは父をうざがりながらも後をついていた。だって、都会で迷子になったらどうしていいかわからない。さいわい父は仕事でちょくちょく大阪に来ていて、くやしいけど頼りになる。

 真っ白の大きなホテル、側面の壁はギリシャの神殿みたいな柱や彫刻がほどこされてる。すごいけど「なんてことない」ウチもこんなホテル泊ったことあるもん。

 会場の入り口に受付があって、白い布をかけたテーブルに出席者の名簿が載っていて、マホ専の職員が対応にあたっていた。そこで衝撃的だったのは、女性職員さんのマブしさ。黒服の中では、ピンクのスーツに大きなバラのコサージュはいやが上にもめだってしまう。つるつるのたまごのような顔にたたえる笑顔は聖母のよう。男性の方も彼女の陰に隠れてはいるが「モデルでは?」と疑いたくなるほど〈シュッ〉としたイケメンだった。

 なぜ、こんなに洗練されているの?

 都会だからかな? 

 あとでわかったんだけど受付嬢さんは、マホ専のマドンナと呼ばれていて、教師、事務員、生徒、出入り業者さんからもすごい人気があった。

 いままで小中の入学式は学校の体育館でおこなわれていて、その時でも雰囲気が違って見えたけど、こんな豪華なホテルでの式典って、マホ専のくせにやってくれる。

 まだ、会場に入ってもいないのに期待だけがふくらんでいく。専門学校とはいえ魔法学校なのだから度肝をぬくような仕掛けがあるのかも?

 たとえば、真っ暗な部屋の中に宇宙が投影されているとか、プラネタリウムなんかじゃないよ。ほんものの星々が移動していくのなんてどう。壮大な宇宙のドラマをみせられたら感動まちがいなし。想像するだけで胸が締め付けられちゃう。

 興奮しながら入口のドアに手をかけると、スルッと中に入れちゃって、

「なあーんだ」って、

 すぐに夢から覚めちゃった。

 だって、普通の入学式の会場なんだもの。

「これが現実か」って、

 そりゃそうだよなあ。ホテルは入学式以外に結婚式、卒業式、授賞式、お別れ会などのいろいろな用途で使えるようにできているので、壁も天井も床も無難な白でまとめられ魔法の魔の字もない。

 正面に特設の舞台があり、その頭上に「第二十回魔法魔術専門学校入学式」のプレートが、そういえば中学のときもこんなんだった。演壇の右端に生けられた桜の花が、かろうじて入学式らしさを醸し出していた。

 まだ、開会まで一時間もあるので、ウチらが一番乗りのようだ。

 だいたい、ウチの母親は「集合時間の十五分前には待っていること」が信条であるから、きょうもおもいっきり急かされた結果がこれである。

 舞台の前にはきょうの主役のために用意した白い椅子が百十席並んでいた。新入生は指定された椅子に着席するようになっていたので、父と別れてそこで待つ。

 時間が刻々と過ぎていく、生徒や保護者がぞくぞくとやってきて席がうまっていく。大概の出席者は黒であったり紺であったり無難な服装できている。

 保護者席に目をやれば、さっそく父が隣に座った同年代らしき男性と話し込んでいる。いつものことだけど、ほんとうにだれとでも友達になっちゃう。ウチも父に似ていれば、友達百人ぐらい作れるんだけど。そこは似ていない。

 今年、百十人もの生徒が入学する。専門学校なので年齢はバラバラのようだが、中学を卒業して入る生徒がいちばん多い。

 ウチは顔をおぼえるのは大の苦手だ。とくに、今日は同じような服を着ているからみんな一緒にみえる。もういいや、あしたからがんばろう。

 でも、ウチにも見分けられるほど目立ってる子をみつけた、紺の上下を着てるんだけど、インディゴブルーなの。そう、デニムなの。フォーマルがなくって、そこで、はたと思いついてデニムの上下にしたのかしら。さらに髪型がリーゼントというのかな、古き良きアメリカスタイル。「ジェームス・ディーンだ!」って思ったね。

 ウチの前を仲よしの女子ふたりがペチャクチャおしゃべりしながら自分たちの席を捜してる。同い年ぐらいかな。きっと、「ふたりでマホ専行こう」って約束して入学を決めたんだろう。うーん、そういうのって、そんなに簡単に決めていいのかなって、わかんないや。

 こんな学校なのにわくわくして入学式に臨む生徒をみてると「なんで?」って信じられなかった。魔法学校ならウチもわくわくドキドキしただろうけど。

 ミナモ以外の生徒はみんな入学式に晴れ晴れとした気持ちで臨んでいた。

 そう、今日という良き日に感動こそすれ、ミナモほどカリカリしている生徒は見つからない。

「キーン」というスピーカーから耳ざわりな音がして、

「あっ、あっ」って、「本日は晴天なり」ってマイクで言ってる。

「みなさま、ただいまより第二十回魔法魔術専門学校入学式を始めさせていただきます」

 舞台の端でマイクを持っている人、髪は七三で黒縁メガネ、一昔前のNHKのアナウンサーみたい。流暢でよく通る声、発声法がちがうんだよなあ。絶対、学生時代に放送部か演劇をやってたはず。

「本日の司会進行は副校長の錦一之輔が担当させていただきます」

「まずは、学校長マルコ・センザインより式辞」

 突然、何もなかったはずの舞台に〝パッ〟と校長があらわれ、「ワッ」って度肝をぬかれた。さっきまで、だれもいなかったんだよ、どうなってるんだ?

 会場は水を打ったように静かになり、さっきまでいやいやだったミナモも急に前のめりになる。

「魔法かな?」

 魔法と手品の違いって種があるかないかでしょう。どちらかに精通していればわかるんだろうけど、どっちもできない人間には同じに見えちゃう。

 でも、新入生と保護者は「わっ、魔法だ!」って信じちゃった。それは、校長にはたとえ手品であっても魔法と思わせてしまうカリスマ性があったから。だれもが知ってる偉大な魔法使いといえば思い浮かべるダンブルドアとかガンダルフみたいなおじいさんで、何千年も生きている老木のようでもあり、その知識量は半端ないであろうと想像できた。

「みなさん、ご入学おめでとう」

 校長は演壇に立ちマイクの調整にかかる。白い手袋をはめていて、手首のところに緑のボタンがひとつ。老人にしては長身でたぶん百八十センチはあるんじゃないかな。髪も髭も白くて長い、まるでヤギのような顔だ。それから、ちいさな丸メガネをかけていて、目の奥がやさしく笑っている。お召し物が圧巻で魔法使いが着ているローブってワンピース仕立てのすそが床まであるアレ。白に金の刺繍がいい。本物を目にするのは初めて、こんなのどこで売ってるのだろう。いい味だしてる。いったいどこの出身だろう。見方次第で日本人にもイギリス人にも見える。

 新入生は穴があくほど校長を見つめ、初めて見る魔法使いの一挙手一投足に注目した。

 かたくなにマホ専のことを拒絶してきたミナモでさえ、

「ワーイ! 生きてる魔法使いだ。泣きそう」と心の中で叫んでいた。

 新入生の中にはほんとうに泣き出す子もいた。さっきの仲良しふたり組なんて、ハンカチを忘れたのか鼻水をすする音がうるさくてたいへん。

「わたしは学校長のマルコ・センザインです。とは違うぞ。ハッハッハッ」

「なに?」

 まさかのおやじギャグに呆然としたものの、

「ああ、なるほど」

 校長は大阪人だわ。すべてを理解した。

 新入生、保護者、来賓が苦笑する中、副校長はずっと冷静さを保っている。

「えー、新入生のみなさん、魔法魔術専門学校ご入学おめでとうございます。保護者のみなさま方、ご子息のご入学おめでとうございます」

 満面の笑みで祝福され、泣きやんだはずの生徒がまた泣き出す。女子だけじゃない、男子も目頭を押さえてる。ミナモはというと、泣くのは違うと思っていて、場の空気に押されるのは避けたくて「騙されないぞ!」って予防線を張っていた。

「さて、わたしも若いころ校長の長話がきらいだったもので、そういわれないようにしたいと思うから聞いてください。えー、世の中に魔法使いがでてくる話がいろいろあるじゃろ、白雪姫、シンデレラ、眠り姫などかぞえあげればきりがない。そして、魔法が物語に深みをだしている。そうは思わないかい。 

 わたしのお気に入りは『三つの願い事』じゃ。みなさんも子供の時に聞いたことがあるじゃろう。『魔法使いが親切のお礼に三つの願いをかなえてあげる』というあれじゃ。一つ目の願いをばあさんが「ソーセージがほしい」に使ったことにおじいさんが腹を立て、二つ目の願いで「ソーセージをばあさんの鼻につける」三つ目の願いで「ばあさんの鼻からソーセージを取る」に使ったのじゃ。

 みなさんも魔法が使えるようになればお話の世界は現実のものとなる。その時、君らはどんな事をするのかのう。三年後、一人前の魔法使いとなって卒業する時までに、その答えを見つけてほしい。これで、おしまい」

 手を振って舞台から退場、この時は消えたりしなかった。高齢なのに足取りもしっかりしている。ミナモは百歳ぐらいとみたが、そんなことはあるまい。年齢の近い人間の年齢はわかりやすいが、離れているとわかりにくいものである。

 まるで、学校長によるお芝居を見せられた感じ。

「もっと話がききたかったよ」

 ミナモは、校長の白髪が腰までのびた後ろすがたを見送りながら思った。

 だって、おばあちゃんに話喰いといわれるほど話が大好きだから。

 盛大な拍手がおくられ、ややあって静けさを取り戻すと、すぐ副校長が式次第にそってすすめていく。

 まずは、来賓のあいさつ。市長だの議員だののくだらないあいさつが続く。これが、十五人中、十五人が代理だったことに怒りを通り越してあきれた。そりゃ、この時期どこもかしこも入学式で出席が難しいから代理をよこすのもしかたないけれど、

本命のところがあってそこには出席してるにちがいない。マホ専は出席するに値しないということだ。

 たとえ、代理人のあいさつでも、もっとわくわくさせてくれるような内容だったらかまわない。ところが、全部が全部ひな形があって学校名を変えれば未来永劫使いまわしができるものだったから怒ってる。

 ウチはもう帰りたくなって「はよ、終われ。はよ、終われ」と念仏のように心の中でとなえ続けた。

 しかし、司会者の次の言葉で緊張がはしる。たぶん新入生全員が緊張したはず。

「本日は、多数の祝電を頂戴しております。わたくしが代読させていただきます。魔法大臣ノース・勝彦さまより『魔法魔術専門学校の新入生のみなさん、並びに保護者のみなさま、本日はご入学おめでとうございます。わたくしも式典に出席させていただくことを楽しみにしていたのですが、公務多忙のため欠席をおゆるしください。わたしも、六十七年前、みなさんと同じように大志を抱き魔法学校の門をくぐったことをついこの前のことのように思い出します。在学中は常に努力と研鑽をおこたらなかった結果、いまのわたくしがあるのです。みなさんもこれから三年間、一生懸命勉学にはげまれ次世代の魔法界を担う人材となられることを期待します。魔法大臣 ノース・勝彦』ほかの祝電に関しましては、時間の都合上お名前だけの紹介とさせていただきます。魔法副大臣 真壁豊さま、魔法新聞社社長 城和人さま……………」聞いたことのない名前が続く。

「魔法大臣ってほんとうにいたんだ」

 お話の世界にしかいないと思っていた。ゆっくり余韻に浸りたいのに副校長は淡々と仕事をすすめていく。

 あのアナウンサー口調がちょっとウザくて鼻につく、すらすらすらすら読み上げてゆくからゆっくりじっくりかみしめる余裕がない。

 たしか、今日は日本中の魔法学校の入学式がおこなわれているはずで、魔法大臣は東京魔法学校の方にいってるんじゃないだろうか。

 舞台上では、スーツ姿の二十代から五十代までの男性がバタバタ忙しそうに動き回っている。彼らは横一列にならんで「ああだこうだ」と仲間内で相談しながら、時折笑みものぞかせつつ立ち位置をきめていく。

「ただいまより教師の紹介に移らさせていただきます。むかって右から、中間部一年担任 野間猛、担当教科は英語」

 昼間部一年ということはウチらの担任だ。注視して見つめる。なんか、英語教師という感じじゃない。ウチは夏目漱石みたいなのを想像してたんだけど。まるで体育教師みたい。年齢は五十歳前後、身長は低く、百六十センチ以下、角刈りで柔道家みたいな雰囲気。やけにふんぞり返っていて、胸板が厚くて、まるでゴリラだ。

「その隣、副担任 花森零、担当は音楽」

 こちらは担任とは真逆、少女マンガにでてくる金髪の王子、スリムで長身で、手足が長く、もちろん指も細く長い、さぞかしピアノを弾かせたら絵になるだろう。

「夜間部一年担任、谷清。国語担当」

 くたびれたおっさんだった。こういう教師は中学にもいた。

「夜間部一年副担任、マキ三矢。社会担当」

 こちらは若くって動作がキビキビしていて、ご丁寧に一歩まえにでると深々と頭をさげた。なんか、暑苦しい。絶対、熱血教師だぞ。

「須玉知恵、理科専任講師」

 いわゆるとっちゃん坊やで、頭はかりあげ、年を取ってるはずなのに若くみえる。

「桐原修三、数学専任講師」

 数学教師だなあーっていうのが全体からにじみでている。鬼のようないかつい表情で立っていた。英国製スーツ、ピカピカに磨き上げられた革靴、度のきついメガネ。

 数学が苦手なミナモはビビっていた。

 マホ専に行けば数学とおさらばできるとおもっていたのに、まさか数学があるなんて知らなかった。というか、どんな学校か調べてもいなかった。

「本日は欠席されていますが、美術の鬼木壽子先生、体育の皆川宗雄先生がいらっしゃいます。そのほかにもすぐれた教師陣が数多くそろっており、質の高い教育を提供させていただきます」

「あれ、おかしいぞ? 魔法の教師がいないんですけど」

 などと、考える暇を与えることなく。

「みなさま、ご起立ねがいます」

 副校長が、いうものだからいやいや立ち上がる。

 舞台の左端にグランドピアノがあり、すでに花森先生がスタンバイ。いままでの人生でこんなにかっこいい音楽教師はいなかった。この世に存在してるなんて考えたこともない。中学時代の教師といえばガリガリのおばあさんだった。

 伴奏がながれてきたから、あわててパンフレットをめくって校歌をさがす。あったあった一番うしろのページ。


 神のつくりしこの世界

 すべてのものに理由あり

 答え、求めて旅に出よ

 世界旅して友つくり

 畑たがやし豆つくり

 生かせ自分のその力

 持てる力をみな与え

 暗い夜道の灯となって

 末はこの世の地とならん


 作詞者名を見ておどろいた。なんと、センザイン校長で、作曲は花森先生。この歌を知っているのは学校関係者だけなので歌声はすごく小さかった。

「これをもちまして、第二十回魔法魔術専門学校の入学式を終了させていただきます」

 腕時計に目をやると、十一時三十六分、お腹がすいていた。まだ、腹の虫が鳴くほどでもなかったけど、あと三十分もすればグーグー鳴きだすに違いない。

 集団が動きかけたその時、担任の野間が「ちょっと待って!」と制止するように立ちふさがり、新入生にむかって大声をはりあげた。

「昼間部一年生、あすは九時に別館第一教室に登校してください」っていった。それから「なにか、質問のある人いますか?」って、

「はい」と手を挙げたのは誰かのおとうさん。

「先生、明日の持ち物はいらないんでしょうか?」

「明日は筆記用具だけでよろしい。学生生活についての話や、自己紹介。教科書、教材の配布があります」

 ウチはそのおとうさんを見て「あれ、まるで自分のことのように先生に質問してるけど、まさかこの人も生徒じゃないだろうな?」って気づいた。

「持ち帰り用の袋とかあったほうがいいですか?」

「いや、袋に入ってるから、いらないと思うよ」

 中年のサラリーマンにしかみえないその人は、担任よりも年上でおでこが広めでメタボ。でも、笑顔が顔に張り付いてるような好人物。たぶん、営業の仕事をしていたんじゃないかな。

 ウチは「こんなおじさんと友達になれるのかな?」って不安になった。

「ほかに質問のある方?」

「……」

「ないようなので終わります」


 ウチと父は大阪といえばここという。定番中の定番、道頓堀にやってきた。まるで、まち全体がテーマパークのようなにぎわい、有名なカニやエビやたこ焼きの立体看板がビルの前面にくっついていて「うちは日本一うまい!」「うちは世界一や!」と自己主張がはげしい、橋の上からみるグリコのランナー、TVでみてたのとおんなじ。どこかに芝居小屋があるらしく「いまから○○ちゃんのお芝居がはじまるよ」って呼び込みの声。いまからなら間に合うってずっといってる。なんて、テンションが高いんだろう。大阪人てみんな明るくておしゃべりで普通のひとでも芸人のようにおもしろいっていう。ウチ、ついていけるだろうか?

「なんでも好きなものを食べていいよ」

 食べるのは大好きだが、父にそんなこといわれたら、迷ってしまう。店のショーウィンドウのサンプルはどれもおいしそう。こちらも立体看板並みに自己主張してくる。「自分がいちばんおいしい!」「おれがいちばん!」おれがおれがとうるさい。悩んだ末、父と一緒のお寿司のセットを頼む。滋賀県は海なし県なので海の魚は海がある県にはかなわない。値段がリーズナブルなのにおいしい。大阪にくるとこんなにおいしいものが食べられると思ったらマホ専に行くのもわるくない。

 父は熱燗をたのんで「マホ専入学おめでとう」と大きな声で祝杯をあげる。

 周りの目を気にしてヒャヒャ、悪いことじゃないけど恥ずかしいんだ。

 ウチの家族はみんな声がでかい。父は婿養子だったが実家が鍛冶屋だからべらぼうにでかい。母は元弁論部であるからこれまたでかい。おばあちゃんは大家族出身だからでかい。そんな家で育ったから子供たちも大声でしゃべる。だって、大声を出さないとも聞いてくれない。話を聞いてほしいから自然と大声になる。

 父は家でも毎日酒を飲んでいる。休肝日なんてない三百六十五日ずーっと飲み続けている。ただの酒飲みさ。

 店を出て街をぶらぶら、人の波に流されるまま歩いて、別に目的があるわけじゃないから。なんとなく外国雑貨の店に入って買うあてもなく見てまわる。そこで、金色の鐘を見つける。鐘といっても寺にあるやつじゃなく教会にあるようなので手のひらに乗るちいさなもの。そしたら、父が「これいいな」といいだす。これは家族でないとわからない符丁で、なぜか父は直接的ないいかたをしない。「これいいな」がでた時はその意を汲んで「買おう」といえば購入がきまる。

 父って、なんか変なものが好きで、ほかの人が買わないような物を買うタイプだった。ウチは乗り気ではなかったけれど、記念品を買いたかったんだとおもう。表面がツルスベの金の鐘かザラザラの古物感ある鐘かで悩んでいて、ウチに決めろっていう。どっちでもよかったから、適当に金スベのほうを指さした。

 ウチのマホ専入学記念として購入した金の鐘はわがウィンチェスター・ミステリー・ハウスの階段の二階部分に取り付けられ、長い紐を一階までだらりとたらした。これが、父の買ったものの中では意外と役に立つことになって、おばあちゃんがごはんが出来上がった時「カンカンカン」と鳴らしたり。また、用事があるときなんかも「カンカンカン」と鳴らして家族に知らせた。

 





 





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