目覚め
夢の中でエルドリックの魂に触れるエルクリッドはどうすれば良いかわからぬまま、似た名前と同じ血を持つ者に抱かれてそのまま目を閉じていた。
悲しき過去を持つエルフの王。その真実を知った今自分はどうすれば良いのか、ただそれをネビュラに伝えて、その後はどうする? 仲間の元に戻れるのか? そもそも存在して良いのか? ありもしないこと、可能性を様々に思いながらどうするか迷い、それはエルドリックも感じ優しくエルクリッドを撫で続けていた。
(とても優しい子……フォルテと同じ、そして私の声に気づいたリスナーと同じ……)
誰かの心に触れて理解し共感できるもの、エルドリックはかつてを振り返るとそれがかつてエルフに欠如していたものと実感する。
そしてだからこそ、リスナーの始祖たるフォルテが現れ、彼が自分の力を振り分けた事でリスナーが生まれるようになっただけでなく、共感する力というものを世界に与えたのだと。
と、エルクリッドが何かを感じエルドリックから離れて周囲を見回す。風が強くなり、赤き海が荒れ始め、空もまた星の光が消えていく。
「どうやら、時間はもうないようですね……」
そう言ったエルドリックへエルクリッドが目を向けると、彼女の姿が薄れていき一瞬掴んだ手もすり抜けてしまう。
「エルドリック!」
「良いのですエルクリッド……私は既に死んだ身、あるべき所へ、ようやく逝ける……」
微笑みながら目から溢れた雫は、悲しみとも喜びとも取れる煌めきを見せていた。存在が消える事は死を意味する、しかしそれはエルドリックの言うようにあるべき所へ逝ける事であると、エルクリッドは静かに頷き受け入れていく。
「あたし……まだ迷ってる、このまま生きてていいのかとか、色々……」
完全に消える前に、エルドリックはそっとエルクリッドに抱きつくと、感じられぬはずの温もりを与えそっと道を示す。
「あなたには、待っている人達がいる。その声を、思いを聴いて……それがあなたの望むもの、あなたの、答え……」
「声、思い……」
「あとは、全てあなたに託します。悪夢を終わらせてください、あなたの手で……」
静かにエルドリックが完全に消え、まだ抱き締められているような感覚の中でエルクリッドは空を何度も掴もうとする。
けれども彼女はもういない、声も心もない、逝ってしまった。だが、彼女が遺してくれた言葉が、エルクリッドの心に火を灯す。
「あたしを待っている人達……あたしの、守りたいもの……」
そう思った刹那にエルクリッドは目を覚ます。身動ぎしても動けない程に身体を縛られ取り込まれた状態で、だが自分が自分であると思えた事が幸いと感じつつ目の前の肉壁から現れるアスタルテの半身を捉え、彼女が手を伸ばし頬を触るのに抵抗しようとするが動けなかった。
「おはようございますお姉様……」
「誰が、お姉様よ……! あなたは一体……!」
「アスタルテ、それがアタシの名前。お姉様からたくさんの事を学びました、怒り、憎しみ、絶望、希望……もっとたくさんのことを教えてください、アタシと一つになって、ね?」
「お断りよ、誰が、あんたなんかっ……!」
妖しく微笑み頬を舐めてくるアスタルテに反抗するようにエルクリッドは暴れ、やがて右腕を強引に解放するとそれにはアスタルテの半身も驚きつつも微笑み、殴られる前に肉壁へと消える。
「ここはアタシの身体の中、お姉様は出る事は叶いません……うふふふ……」
響き渡る自分と同じ声のアスタルテの声にエルクリッドは舌打ちしつつ、再び絡みつこうとする触手を振り解いて力づくで拘束から脱し壁から抜け出た。だが一体化していた部分もあったせいか皮膚が剥がれ血が滴り、それでもと思い腰に手をかけるも、カード入れはノヴァに託していた事を思い出す。
(カードがない……でも、もしあの時渡さなかったら……)
アルダに連れて行かれる直前に咄嗟にカード入れごとカードを全てノヴァへと託し、アセス達と神獣イリアを渡さずに済んだと思えばまだ良いのだろう。
外の状況はわからないが、自分がアスタルテの糧にされた事で大きな何かが起きている事、そして仲間達がすぐ傍に来ている事を悟りつつ、静かにアスタルテの中へとやって来たネビュラが姿を見せ相対する。
「声は聴けたかい、エルクリッド」
「おかげさまで……でも、それをあたしが言うと思うの?」
そうだね、とあっさり返された事にエルクリッドは肩透かしをくらってしまうも、だからこそ尚更言えないと思い至り、素手を構えて臨戦態勢へ。
しかし、ネビュラは答えを返したまま何もせず佇み続け、それにはエルクリッドも構えを解きつつゆっくり迫る触手を払いのけながら移動する。
「多分あなたが求めてるのは歴史の真実とかじゃないし、知ったところであなた自身が何も感じない以上は話したところで何もならない。だから言わない」
ネビュラとやり取りをしてく中で感じたものがある。それが彼自身の欠如したものであること、言葉や答えを提示しても意味がないものというのはエルクリッドも直感する。
そして今相対して確信へと変わり、ネビュラもそうかもしれないと答えた刹那にエルクリッドは触手に捕まり、再びアスタルテの身体へ取り込まれてしまう。
「ありがとうエルクリッド、君の言うとおりだ……その通りと言うべき、かな」
「だったら……」
「アスタルテはもうぼくには止められない。止めるつもりもない、彼女がどう進化していくのかは興味がある、そして君達がどう乗り越えていくのか……」
踵を返してそう言い残しネビュラは肉壁に触れてそのまま中へと進み行き、外へと出るとアスタルテが目を向け用は済んだ? と訊ねたのにうんとだけ返し、そのまま部屋の隅に座るとバキッという音と共に彼の右腕が砕けて落ち、そのまま砂のように崩れ去っていく。
「ぼくの生命が終わるのが先か、アスタルテが全てを食い尽くすのが先か……あるいは……」
エルクリッドを取り戻さんと戦う者達がいる。今ここへ向かっている者達もいる、そしてエルクリッド自身も抗い続ける、アスタルテはさらなる進化を続けている。
未来がどうなるかはわからない、その予想もできている。だからこそそうではない答えをと、ネビュラは思い静かに傍観し続けた。
NEXT……
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