拘束

 天へ登る赤い光が消えて行き、息を切らし汗を流すルナールがよろめきながらも立ち上がるもふっと意識が消えて後ろへ倒れる。と、その身体を誰かが支え、目を開けずとも伝わる感覚からルナールは微笑むと静かに口を開く。


「ふっ……来ていたのか、クレス」


「目付役を任されてる以上は、離れるわけにもいかないだけだ。ユーカ」


 魔力をほとんど使い切って弱々しい声で答えたルナールを従者ユーカへクレスが預けると、空を見上げ携えた魔剣アンセリオンに手をかけ静かに引き抜いた。


 風が止まる。不気味な程の凪の時間が流れ、次の瞬間に風が吹くと共にビシッと何かが割れる音が世界に響く。

 天より響いたそれに世界中の人々が空を仰ぎ見た先には、青空に黒いひび割れが走る光景だった。


 あり得ない何かが起きた事を予感しながらも人々は動けなかった。危険とわかっていても目をそらせなかった、確実なるものを予感させ自由を奪うかのように。

 次の瞬間、割れた空より暗黒の空間が姿を見せる。深い闇そのもの、蠢く何かがこちらを覗き見るように闇から視線を送り、そこで初めて人々は解放され後退りしエルクリッド達はカード入れに手をかけた。


「ノヴァはタラゼドさんといて。シェダ、リオさん」


「わかってる」


「来ます……!」


 エルクリッド達が臨戦態勢となった刹那、割れた空の暗黒空間より何かが落下し姿を見せる。それは異様に長い腕を持つ二足歩行の単眼の魔物であり、異形そのものたる存在が魔獣と察しエルクリッドが火蓋を切った。


「スペル発動アースバインドッ!」


 木の根が生えて単眼の魔獣に絡み付き、刹那に騒乱と共に人が混沌と四方八方へ逃げていく。同時に空の割れ目から次々と別の魔獣が降り立ち、世界中で同じ事が起きてリスナー達がカードを切る。


「ルナール様の言っていた悪い予感とはこの事でしたか……わたくしとノヴァはルナール様のところへ赴き裂け目を塞ぐ術をしてきます」


「わかりました。あたし達は被害を抑える為に戦います! ノヴァ、あなたはタラゼドさんを守ってあげてね」


「はいエルクさん、シェダさんもリオさんもご武運を!」


 それぞれが引き起こされる騒乱に対し行動を始め、エルクリッドもアースバインドで縛られていた単眼の魔獣が木の根を引きちぎる姿を捉えて水馬ケルピーセレッタを召喚し、人の流れに逆らうように前へ共に進み行く。


「エルクリッド、いかように?」


「まずは動きを止めて避難してる人を守るの優先、倒すのはその後でいいよ」


「わかりました、ではご期待に沿う働きを致しましょう!」


 状況をしっかり見てからエルクリッドが指示を与え、セレッタが応えるように蹄から水溜りを広げていき魔獣の足下まで広げるとそのまま水が登って締め付けていく。

 突然の事態に単眼の魔獣も動転したのか一瞬止まり、しかしすぐに水を引き剥がそうと身動ぎしセレッタも集中力を高め水量を増やしさらに締め付ける。


 その一方で別の魔獣が住民へと迫るのを水の壁を作って阻んで守り、またエルクリッドもセレッタより後ろへ引いて視野を広く保ちつつカードを使う。


「スペル発動アクアフォース!」


 カードが放つ青い光がセレッタを包み込み、その力を高め単眼の魔獣を締め上げた上で地に沈める。同時に他の魔獣に対しても水の槍で刺し貫いて撃破し、だがそれでもまだ息絶えてない事を感じ取り追い打ちとして水の矢を降らしトドメを刺す。


(生命力が桁違いとは聞いていましたが、想像以上ですね……)


 割れた空は少しずつ閉じてはいるが、その間に新たに魔獣が出現し続けている。倒せない相手ではないが生命力の高さ故にある程度力を使わねばならない事をセレッタは感じ取り、エルクリッドも長期戦が不利になることやタラゼド達が急ぐ事を祈りカードを抜く。


 刹那、エルクリッドの身体を禍々しい紫色の鎖が締め上げる。それを感じたセレッタが振り返るも魔力の供給が途絶えてカードへ戻ってしまい、エルクリッドもその場で倒れ暴れる程に鎖は深く強く締まっていった。


(リスナーバインド……じゃない……魔力、が……)


 身体から魔力が吸い取られていく感覚にエルクリッドは意識がもうろうとし始め、近くにやって来る気配を察し何とか顔を向け半開きの目で気配の主アルダを捉え、即座に上体を起こすも力が上手く入らず倒れてしまう。


「封殺呪縛というスペルカードだ。本来なら意識を消し去るが、やはり火の夢エルドリックの欠片というだけはあるな」


(このままじゃ……)


 身体を拘束されカードも抜けず魔力もなく、アルダの目的を察したエルクリッドは担ぎ上げられてしまう。そのままアルダは淡々とカードを引き抜き帰還の準備に入る、その刹那だった。


 エルクリッドの目に映るのは魔剣アンセリオンを持ち切りかからんとする十二星召クレスの姿。アルダも気づき素早く身を翻しながら躱すものの、エルクリッドを落とし封殺呪縛も切られてしまった事に気がつき舌を打つ。


「深淵の剣士クレス・ガーネットか……!」


「御託はいい、その首跳ね飛ばしてやる」


 冷徹無慈悲にクレスは攻撃に移り、アルダもカードを入れ替えアセスを呼び出す。


「金剛の身体を以て万物を踏み潰し蹂躙せよ! バルバ召喚!」


 現れたその影が自身を覆い隠すのを察したクレスが素早く後ろへ跳び、刹那に石畳が踏み抜かれて宙へと舞う。

 鈍い銀の鎧を纏う巨躯を震わせ猛々しく鼻息を吹くは黒の毛並みを持つ馬。それが黒霊馬と呼ばれる魔物とクレスは見抜きつつ、バルバと呼ばれたその黒霊馬の身体を覆う鎧に小さく舌打ちし、そのすぐ隣で力を奪われ動けずにいるエルクリッドの位置を確認する。


(魔力を消耗させられて動けないか……)


 這って進もうと藻掻く様子をエルクリッドは見せるものの、魔力を消耗させられているのもあってか上手く動けずクレスもそれを察していた。次の瞬間にバルバがずいっと前に出て身体でクレスの視界からエルクリッドを隠し、アルダがエルクリッドを担ぎ直す。


 刹那にクレスはバルバへ向かっていき魔剣アンセリオンで縦一文字に切りかかる。バルバも頭からそれを受けに行き激しい金属音が響き渡り、手に伝わる痺れと共にクレスは纏う鎧の硬さを感じ取りそのまま押し切られ跳ね飛ばされ、上手く着地はすれども距離が開いてしまう。


「スペル発動リスナーバインド」


 黒き鎖が四方八方よりクレスへ迫り、だがそれらを一瞬で魔剣アンセリオンを用いて破壊しクレスは前へと駆け出す。立ちはだかるバルバは力強く踏み込みながら巨体に見合わぬ速さで走って突撃し、それにはクレスも真正面から受け止めつつ大きく押され退けられてしまった。


「我がバルバはこれまで幾多の戦いを経ている、用意に切れると思うな」


「なら叩き切るだけの事だ。私に切れないものはない……!」


 絶対的自身を持つ二人のリスナーの闘志が高まる。その中で求められる一人の存在は、自分の不甲斐なさに心身共に打ちのめされながらひたすら足掻き続け、自分にできる最良の選択を模索する。


 

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