人型兵器に守られし最終決戦都市のモブおじさん(自称)

浜彦

第1話 俺はモブおじさんである

 俺、田村ミノルはおじさんである。


 そう、俺こそが、この世界で積もり積もった小さな絶望に抗いながら、それでも足掻いて生きてきた歴戦のオジサンだ。


 しかも、ただの歴戦オジサンじゃない。


 俺は――かの機動決戦都市に住んでる、モブおじさんなんだ。


 そんなことを考えていたら、突風がひと吹きしてきた。

 風に煽られて、俺の髪がふわっと舞う。……そう、オジサンの俺は、まだハゲてない。

 少なくとも父方にはそういう遺伝はなかったはずだ。年齢的にそろそろ危ないかもしれないけど、今のところ大丈夫。

 風で乱れた髪を軽く整えて、「よいしょ」と声を漏らしながら腰を下ろす。

 そして目を細めて、遠くを見つめた。


「おお……。今日も頑張ってるな、我らが都市の守護神、人型機動決戦兵器。たしか、あれは一号機だったか」


 調子も良さそうだな、今日の一号機。

 俺は「プシュッ」と缶ビールを開けて、ひと口ぐいっと喉を潤す。

 冷たくて炭酸の効いた爽快感が、体の芯まで染み渡る。

 続けて、甘辛いタレがしっかり染みた焼き鳥にかぶりついた。


「ああ~~……沁みるわ……最高だ。やっぱ働いた後は、コレに限るよな」


 人型機動兵器を遠くからぼーっと眺めながら、酒を飲んで焼き鳥を食う。それから、この裏山で虫の声や鳥のさえずりを聞きながら、涼しい風に吹かれてフィトンチッドを吸い込む。

 それがこのオジサンの、数少ない趣味なんだ。


 「奴ら」が侵攻を開始して以来、人類はその未知のテクノロジーを前に、次々と敗北を重ねてきた。

 多くの人々は戦線の後方へと避難し、今も前線に近い防衛都市に残っているのは、俺みたいな少数派だけだ。


 まあ、正直言ってな。

 前線の防衛都市、いわゆる「最終防衛都市」ってやつは、命の危険がちょっと高いだけで、それ以外は他の街と大して変わらない。

 それに、政府からの補助金も出るし。

 だからこそ、こうして俺はビールと焼き鳥を優雅に楽しめてるってわけだ。


 自分からこんなとこに住むなんて、肝が据わってるとか、バカだとか言うヤツもいるかもしれないけど──

 俺に言わせりゃ、『奴ら』が存在する以上、どこにいたって安全なんて保障されちゃいない。

 だったら補助はもらっとくに限る。損してまで逃げる理由はないさ。


 それに、この都市にいれば、あの機体たちを間近で見られるんだぜ?


「くぅ~~~っ、カッコよすぎる……!敵から奪ったテクノロジーをリバースエンジニアリングして、自軍の技術と特徴に融合させた人型機動兵器……カッコいいに決まってるだろ!そのフォルム、機能美……さすがは最高峰の研究機関の成果だ」


 双眼鏡を構えて、街中で繰り広げられる戦闘をレンズ越しに眺めながら、俺は思わず感嘆の声を漏らす。


 黒い塗装に流線型のボディ。二足歩行で街を駆け抜けるその戦闘兵器は、一言で言えばロボット……いや、この場合は強化外骨格、もしくはモビルスーツと呼ぶべきか?


 あれは人間基準で見ればかなりの大きさだ。おそらく全高は15メートルはあるだろうし、当然ながらそれに見合った重量もあるはずだ。


 それでも、あんなにも滑らかに疾走できるということは……最先端技術の結晶が詰まってるってわけだ。


 漆黒の一号機は、敵機のレーザー照射を素早く回避し、機体を低く構えて一気に距離を詰めた。

 腕部からブレードが飛び出し、まるでバターを切るかのように敵の装甲を容易く切り裂く。


 敵性機体、沈黙。


 半秒後、紫色の得体の知れない液体が噴水のように吹き出した。

 血液のようなそれを全身に浴びながら――一号機はゆっくりと振り返る。

 視線の先には、もう一体の地球外生命体の機体が待ち構えていた。


 その機体は、銀緑色の塗装をしていた。まるで玉虫のように光る外装に、昆虫を思わせる関節構造。背中からは触手のようなものが何本も伸びている。

 黒の一号機と同じく二足歩行ではあるが、こちらは逆関節──まさに鳥の脚を思わせる構造だった。


 仲間をやられたことでビビったのか──まさか『奴ら』にもそんな感情があるとは思わなかったが──その敵性機体は一歩、後ろへと退いた。


 もちろん、一号機がその隙を見逃すはずがない。


 再びのダッシュ。一号機は一気に距離を詰めていく。

 敵はようやく我に返ったのか、背中の触手からレーザーを発射してきたが──その程度の攻撃が通じるわけもない。

 全弾、一号機が鮮やかに回避していく。


 ドンッ!


 こちらまで響くほどの衝撃音と、金属のきしむ音。

 一号機のブレードが、深々と敵の体内へと突き刺さった──その瞬間。


「……ヤバい」


 嫌な予感が、脳裏を走った。


「罠だ! 離れろ!」


 俺がそう叫ぶと同時に、敵機の鉤爪が一号機をがっちりと拘束した。 次の瞬間、銀緑色だった装甲が、まるでマグマのような赤へと染まり始める。 内部から、何かとんでもないものが噴き出そうとしているかのように──


「……っ!自爆か!」


 ドォンッ!


 轟音とともに、戦闘区域がキノコ雲に包まれる。

 黒煙と炎が街区を呑みこみ、遠く離れたこの場所にまで熱風と砂塵が押し寄せてきた。

 俺は思わず目を細める。


「……おいおいおいおい」


 さすがの俺も、焼き鳥をかじる手とビールを飲む手が止まった。


「状況は……くそっ、見えねぇ。まさか、本当に持っていかれたんじゃないだろうな……一号機!」


 街の被害を心配するよりも、俺が気にしていたのは、機体の安否だった。


 薄情に聞こえるかもしれないが──この機動戦闘都市では、これくらいの被害は日常茶飯事だ。

 それより重要なのは、やはり機動兵器のほうだ。

 我が国の現状では、機体の生産数はごくわずか。

 もしここで一機を失えば、この街が陥落する日もそう遠くはない。


 頼む、無事でいてくれ。一号機っ。


「……ん?」


 そう心の中で祈った、その時だった。

 ふと気づくと、上空から何かの影が差していた。

 顔を上げると、そこには黒くて巨大な、人型の何かがこちらへ向かって勢いよく落下してくるのが見えた。


「は、はぁ!? ちょっ、待て待て!」


 嘘だろ……!? あれ、一号機が吹き飛ばされたってことかよッ!


 考える間もなかった。

 次の瞬間、その一号機が俺の真上に、ドンと落ちてきた。


「うっ……!」


 暴風、衝撃、熱気、轟音。

 一瞬で、あらゆる感覚が爆撃された。

 俺はただ目をぎゅっと閉じ、身をかがめて耐えるしかなかった。


「……生きてる、のか……俺」


 奇跡としか言いようがない。

 15メートル級の鉄塊が頭上から落ちてきたっていうのに、俺の体はミンチにならずに済んだ。

 まったく、神様に感謝するしかない。

 急いで全身を確認するが、外傷もない。ついてる……本当についてる。


「――じゃなくて! パイロットは!? 無事か!?」


 高熱と高圧を浴びて、空中に投げ飛ばされたうえに、あの高さからの落下。

 パイロットが無事なわけがない。いや、無事であってくれ!

 急いで救援を呼ぶ必要があるかもしれない!


 もう考える暇もなく、俺は一号機の胸部に登った。

 周囲の熱気を無視して、それらしい外部ハンドルを力いっぱい回す。よし、予想通り、これは緊急時の手動開放レバーだ──!


 空気の中には、焦げたような匂い。けれど、そんなものはどうでもよかった。今はパイロットの命のほうがずっと大事だ。


「大丈夫か、パイロット! 返事してくれ……って、あっちぃ!」


 コックピットの内部は、まるで煮えたぎる鍋だった。

 淡い黄色の液体……血漿けっしょうのようなそれが、ぶくぶくと泡立ち、蒸気を上げている。


「チッ……今すぐ助け出す!」


 熱さに耐えながら、俺は中に沈んだ人影に手を伸ばす。

 引き上げたその体は、思ったよりずっと華奢で、細く……

 何より、掌に伝わる感触が、明らかに『柔らかい』。


「――なに、これ……」


 コックピットから引きずり出したその人物。

 意識を失い、ぐったりと倒れ込んだパイロットは──


 黒く長い髪。雪のように白い肌。整った顔立ち。間違いない。


 少女だ。


「っ」


 新世代決戦用の人型兵器のパイロットが、まさかこんなにも若い子だったなんて。この国は……もう、そこまで余裕がなくなってしまったのか。


 その事実に、俺は思わず言葉を失った。


 ぴったりとしたパイロットスーツの下には、少しずつ丸みを帯びはじめた身体のラインが見える。

 まさに、あどけなさと大人っぽさの狭間にいる年頃ってやつだ。


 思わず、いろんな感情がこみ上げてくる。

 きっとこの少女は、かつての俺が手に入れられなかったすべてを、今まさに持っているんだろう。

 ……いや、正しくは──かつて俺の手の中にあったのに、自分の過ちで零れ落ちたものたちかもしれない。

 だけど同時に、普通の人間なら押し潰されるような重荷を背負っている。そう思うと、大人として、胸が締めつけられるような気持ちになった。こんなにも将来有望な若者に、命を懸けて決戦兵器に乗らせているという現実に。


 ……こんなのはオジサンのくだらない感傷にすぎないんだけど。


 とにかく、俺は少女を機動兵器のコックピットから引きずり出し、手早く外傷がないかを確認した。

 そのまま彼女を横に寝かせて、脈と呼吸を調べる。


 さっきまであの沸騰した液体に浸かっていたはずなのに、今の少女は驚くほど安定している。

 ひょっとすると、あのコックピット内の液体は、俺の知らない何かまったく新しいタイプの保護機能が備わっていたのかもしれない。


「パイロットが無事だってわかったし、そろそろ俺も退散するか」


 そう言って、俺は自分の上着を脱いで少女の体にそっとかけた。

 いろいろと目のやり場に困るってのもあるし、風邪をひかせたらかわいそうだしな。


 焼き鳥の最後の一切れを歯で引きちぎり、残っていたビールも一気に飲み干す。


「軍のやつらも、もうすぐここに来るだろ。戦場にいるはずのない、避難所にいなきゃいけない一般市民がウロウロしてたら、そりゃ問題になるよな。最悪、スパイかなんかに間違われたらシャレにならん」


 「よいしょ」と声を漏らしながら立ち上がった。


「すまねぇ。そして、ありがとうな、お嬢ちゃん。君がいたからこそ、俺はこうして平和に暮らせてる」


 そう呟いて、俺は思わず少女の顔にかかっていた乱れた髪をそっとかき上げた。


 ――その瞬間だった。


「!?」


 パチンと音がしたかのように、少女がいきなり目を見開いた。

 反射的に手を引こうとしたその時、稲妻のような速さで、細い腕が俺の手首を掴んだ。


 そのか細い体からは想像もつかないような力強さで、少女は俺の手を逃さなかった。


 そこで俺は、ようやく気づいた。


 この少女の瞳は、赤い宝石のように輝いていた。


 それだけではない。


 まるでその奥に小さなモニターでも仕込まれているかのように、微細な記号や光点がちらちらと瞬いていた。


「――た、す……」


「え?」


「助けて、ください……」


 小さな声で、そう言い終えたかと思うと、少女の意識は再び途切れた。

 さっきまで俺をしっかりと掴んでいた手も、力を失ってぽたりと地面に落ちた。


「……」


 俺は、迷った。


 助けるって……誰から? 何から?

 そして、どこへ助け出せばいいんだ?


 そんな疑問が、頭の中で渦巻く。


 自然と俺の視線は、仰向けに横たわった巨大な戦闘兵器――一号機へと向かっていた。


 あの巨大なロボットに乗れる少女が、羨ましい。

 ……そう思っていたはずなのに。


 今では、あの機体が少女をすり潰すための、恐ろしい怪物にしか見えなかった。


「……クソッ」


 遠くから、パトカーと救急車のサイレンが聞こえてくる。

 時間がない。

 今ここで手を差し伸べれば、おそらく俺は政府に追われることになるだろう。


 けれど、それでも。

 大人としてのささやかなプライドが、眉をひそめて苦しげに夢を見ているこの少女から、目を背けることを許さなかった。


「……クソッ!」


 どうして、どうして最後の最後で目を覚まして、あんな言葉を俺に残すんだよ。


「――ああ、もうっ! わかったよ! やりゃいいんだろ、俺が!」


 覚悟を決めた俺は、少女をお姫様抱っこして立ち上がる。

 そのまま足早に、裏山の森へと駆け出した。


「頼むから……すぐには見つかるなよ!」


 息が上がり、全身が汗でびっしょりになる。

 なまった身体にムチ打ちながら、それでも俺は、ひたすら前へと走り続けた。

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