コード008 昔馴染みと銃口とーsideレクスー
焼け焦げた鉄骨と、誰も片付けない瓦礫。腐った油の匂いが鼻につき、遠くでは誰かが殴られてる音が響いていた。
アンダーズを牛耳る五つの巨頭──アンダーファイブは、意図してこういった区画を作っている。
理由は単純。裏取引や密会、隠し事をするにはうってつけだからだ。裏社会の統治も存在せず、記録も残らない。だからこそ、何もかも闇に紛れていく。
俺か今いる場所は、その中でもレッドヴァイパーの縄張りから少し外れた路地だ。仲介屋に伝言を流しておいたが……本当にアイツが来るかどうかは半信半疑だった。
「……来たな」
背後に走った気配と同時に、硬い金属が後頭部に押し当てられる。
銃口だ。引き金ひとつで、俺の頭は壁に絵の具みたいにぶちまけられるだろう。
「……何の用だ、
……
俺は口の端を吊り上げ、できるだけ軽い調子で答えた。
「よっ! ローガン、久しぶりだな。元気してたか? いやぁ、血流がよくなるな、この感触。アンチエイジングってやつか?」
カチリ、と音がした。安全装置が外れる音だ。
おいおい、冗談だよな……? 流石に、本気で頭ぶち抜く気じゃないよな?
「……ふざけているのか? その変に回る舌、
後頭部への圧が強まり、冷や汗がつぅっと伝う。俺は反射的に両手を上げた。
やっべぇ……この雰囲気、ガチだ!!
「ま、待て待て待て! 冗談だって! 仲介屋に伝えただろ、ちゃんと用があって来たんだ!」
……やれやれ、愛されすぎて、風穴だらけになっちまいそうだ。
「冗談、……? 貴様が?」
ローガンは銃を下ろすと、冷ややかな目で俺を見る。
「手短に話せ」
「おいおい、せっかちな男はモテないぞ」
俺は肩をすくめつつ、ポケットから例のウォレットチップを取り出して放った。ローガンは無言でキャッチし、手の中で弄ぶ。
「……詐欺か? うちの取り扱いじゃないぞ」
「だったらよかったんだけどな」
俺は鼻で笑う。偽装クレジットならどんだけ気が楽だったか。
「……アクシオンギア」
「!」
その単語を口にした瞬間、ローガンの目がわずかに見開かれた。
「に、関連する情報が入ってんだよ。……多分な」
「何だと?」
ローガンはチップを強く握りしめる。
このウォレットチップは、おそらくは偽装された姿。アクシオンギアのデータを隠すためのカモフラージュだろう。ディスポにいたゴロつきが何でこんなモンを持ってたのかなんて知らねぇし、知りたくもない。
重要なのは一つ。
「地獄のツアーは生き飽きた。……処理はお前に任せる」
「……」
ローガンの視線が刺さる。沈黙が重い。
……何だよ。ソレ関連でジャッカルと揉めてんじゃねぇか。俺は二度と関わりたくないし、お前らはアクシオンギアに関連する情報を得られる。
どう考えてもお互いにWin-Winの関係だろうが。俺はさっさとこの件から手を引いて、平穏に過ごしたいんだよ。
「まだ引きずっているのか? あの時の事を……」
ローガンの低い声に、今度は俺の動きが止まる。
「……あの時って、いつの事だよ? あいにく、やましい事があり過ぎるもんでな」
「惚けても無駄だ。そのギアを見れば分かる」
……ほんと、コイツは嫌なとこ突いてくんな。
「早く新調したらどうだ? 気にしてないのならな」
確信を得たように、まっすぐ俺を見るローガンに俺は舌打ちをする。
「別に、俺が何使おうとお前に関係ないだろ」
「確かにな。だが、いつガタがきても知らんぞ」
「その心配はねぇよ」
自然と、ヴィクの顔が脳裏に浮かぶ。アイツの腕は、アンダーズじゃ頭ひとつ抜けてる。場数で誤魔化せる域じゃねぇ。……恐らくはトップスでしっかり教育を受けてきたんだろう。
あの手際の良さ、仕込みの知識。あれは
「……
アイツと初めて出会った時、この右腕は修復不能のスクラップ同然だった。ほとんど諦めかけていたが……アンダーズの空気に似合わねぇ雰囲気をまとったガキが、慣れた手つきで廃材をいじってやがった。どうせ壊れるならとダメ元で任せてみたら……まともに動くまで仕上げやがった。
その後も、どんなに壊れてもアイツは必ず直してくる。気まぐれで拾ったガキだった。でも、ここまで使えるとは思いもしなかった。
「あと、今はレクスで通ってる。もうその名では──」
「なんだ。本当に克服したのか」
「……は?」
ローガンの目が細められる。疑念じゃない、確信に近い色。
「あれだけ背負わないと言っていたのにな」
「……何の話だ?」
「大事にしているのだろう? その修理屋を」
「は?」
思わず声が裏返った。
「次は落とすなよ。荒れた貴様の相手は面倒だ」
「そういうんじゃねぇよ」
そうだ。アイツは、あくまでも俺にとって利用価値のあるガキってだけだ。恩を売ったお陰か、多額のツケも許容するお人好しなガキ。それ以上でも以下でもねぇ。
「そういうのは、全部……
今も瞼の裏にこびりついている。
乾いた銃声。火薬の匂い。吹き飛ぶ肉片と、赤く染まる視界。笑い声もすぐに悲鳴に変わり、赤い飛沫が全部を塗りつぶした。
無垢な瞳も、仲間の声も、血と煙に呑まれて消えた。
その引き金を引いたのは、──俺だ。
「あんな重いモン、二度と持たねぇよ」
右手のギアを見つめ、思わず拳を固く握りしめる。
「お前だって、嫌気がさして落ちて来たんだろ?」
「俺は合理的に選んだだけだ。貴様みたいに女々しくないんでな」
「俺、そんな風に見えんの? ……冗談きついぜ」
ローガンはそれ以上何も言わず、ただ視線を外した。俺も用は済んだと背を向ける。
「……エリオン」
背後からまた昔の名前で呼び止められる。その名前で呼ぶなと言うために振り返ると、ローガンは俺が口を開くより先に話し始めた。
「
その低い声が、妙に響く。
「ここ最近、ジャッカルの中で頭角を現した獣だ。狙った獲物は逃さない。その執念も、残虐性も他の比ではない」
「ただの追跡屋だろ? 適当にあしらうさ」
「違う。奴は何故かアクシオンギアの
細められた瞳が、警告のように射抜いてくる。
「恐らく、このチップも探知機の一つだろう……どういう経緯で貴様の手に渡ったかは知らん。が、他にも心当たりがあるなら渡せ。関わりたくないのならな」
「命令口調かよ。子供に躾でもしてるつもりか?」
皮肉を返すと、ローガンは一歩だけ近づいた。
「猟犬に目をつけられたいのか? 奴に嗅がれれば、ただじゃ済まん」
「誰に言ってんだ?」
その瞬間、ローガンの背後にあった気配が動いた。
振り返るより早く、右腕のギアが低く唸る。ブレード基部から仕込みワイヤーが飛び出し、影の喉元を裂いた。呻き声すら残せず、ゴロつきが路地裏に崩れ落ちる。
「……あいにく、死神にはフラれっぱなしでね」
諦め混じりに言い放つと同時に、ローガンの銃声が響く。乾いた一発。俺の後ろで、もう一人の影が血を撒き散らして崩れ落ちた。
ローガンは煙を上げる銃口を払いつつ、いつもの冷たい目で俺を見据える。
「貴様のことではない。……使える修理屋がいなくなるのは、困るだろう?」
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