第11話
ユウは本日も懸命に魔法の練習をしていた。
ぐぐっと目に力を込めて、じっとかざした手の先にある萎れた花を見る。
「ぷはっ」
詰めていた息を吐き出したユウに、休憩にしましょうかとリンクスは水を差し出した。
「ありがとうございます」
コップを受け取り、ごくごくと水を飲む。
「ふあー美味しい」
冷たい水に、生き返ったとユウが笑う。
「あまり無理はしないようにしてくださいね」
「アルフィードさん……いえ!俺頑張ります」
ぐっと拳を握ったユウはけれどすぐに指先を顎に当てた。
「そういえば何でラルカディオはその、ローマウスだっけ?に協力してるんだろ。あいつも前の王様を蘇らせたいのかな」
「奴は自己顕示欲が強いという情報があるので、闇魔法を使う事自体が目的ではないかと認識しています」
「ふうん」
アルフィードの説明にユウが頷きながらも。
「光魔法より闇魔法の方が強いんですよね?」
ことりと首を傾げた。
艶やかな黒髪が風になびいて、サラサラと揺れている。
「まあ、攻撃系の魔法なんかはそうですね。騎士団くらいしか、攻撃魔法を使う機会はありませんから。光魔法は生活に密着した魔法と言われていますし」
「じゃあ……」
そこでチラリとユウの目線がリンクスに向けられた。
「リンクスさんも闇魔法が使えるんですよね?だったら」
「あ、でも僕は魔法はほとんど使えないので、というか使わないようにしてますから!」
ユウの言葉をリンクスは慌てて遮った。
闇魔法には闇魔法で対応するのが一番いいのかもしれないが、それは不可能だ。
「どうしてです?だって強いんでしょう」
ぱちくりと真っすぐ見てくるユウに、リンクスは居心地が悪くしどろもどろしてしまう。
「それは、うまく、その、制御出来なくて」
「それって」
「リンクスは体が弱いから負担しかないので、魔法を使わないようにしているんですよ」
二人の会話はぴしゃりとアルフィードによって遮られた。
あまりにもバッサリと断言したアルフィードに、ユウが目を丸くしている。
「そうなんです、体がついていかなくて、だから……」
「ああ、なるほど」
たいして気分を害した空気でもなく納得したことに、ほっと安堵する。
いつも自分の事を心配してくれる幼馴染の優しい男。
彼に返せるものがない自分を優先しようとしてくれるのを嬉しく思う反面、どうしてといつも思う。
それはユウが来てから日に日に大きくなっていた。
皆の言うとおり最優先事項はユウ。
でも、アルフィードはリンクスのことを必ず気に掛けてくれる。
それで苦言を呈されているのを見ているし、リンクスもたしなめている。
なのに、それでも変わらないアルフィードにとまどう反面、リンクスはどうしようもなく胸の奥が嬉しさで温かくなるのだ。
「なら、やっぱり捕まえるまで、俺が植物を復活させなきゃ!」
ユウが力強く頷く。
本来ならまったく関係のないユウに負担を強いるのは申し訳ないと思う。
だからせめて少しでも力になれたらと、リンクスは思っていた。
「よし!もう一回頑張ります」
コップをリンクスに渡し返すと、ふんとユウは気合を入れた。
もう一度先ほどの花に手をかざすと、ぐっと唇を引き結ぶ。
「右手の指輪から力を膨らませて、指先に伸ばすイメージを頭に浮かべてください」
リンクスの助言に頷きながらユウがじっと花を見つめると、柔らかく右手の薬指のライトブルーが淡く光った。
そしてその光は指先へと伸び、ゆっくりと萎れた花に降り注ぐ。
「わ、あ」
思わず感嘆の声を上げたのはリンクスだった。
茶色くなっていた茎が緑に戻っていき、茎がまっすぐになっていく。
そうしてゆっくりと花が上向くと、ピンク色を取り戻し可憐に咲いた。
「出来た!出来ましたよアルフィードさん!」
咲き誇った花を指さして、ユウは興奮したようにアルフィードに笑いかけた。
「ええ、よく出来ました。あなたは凄い、頑張りましたね」
「はい!」
にこりと笑い返すアルフィードに、ユウの頬が赤く染まるのを見てリンクスは何故かモヤモヤとしたものが胸に浮かんだ。
けれど、それが何故かわからない。
そんな気持ちに蓋をして、リンクスもおめでとうと口にした。
「リンクスさんも、ありがとうございます」
ユウが眩い笑顔でお礼を言うのに、リンクスは小さく笑みを浮かべた。
感触を掴んだのなら、今のうちに練習を重ねて感覚を覚えた方がいいかと考えていると。
「団長」
騎士団に戻っていたテーセズが速足で近づいてきた。
その表情は固い。
アルフィードに近づき耳元にひそりと囁くと、彼の眉がわずかにしかめられた。
「どうしたんですか?」
二人の様子に、ユウがおそるおそるといったふうに声をかけた。
「知っておいた方がいいのでお伝えしておきますね。各地で魔石を盗まれたり奪われたりが多発しているようです」
アルフィードの言葉にユウが自分の指輪を見下ろした。
リンクスも胸元のネックレスを意識して、体がぎくりと強張る。
「それ……あいつらですか?」
「おそらく」
アルフィードが頷くと、ユウがこくりと喉を鳴らした。
そっと左手で指輪をしている右手の薬指を隠すように覆う。
「取られないようにしなきゃ」
緊張した物言いに、テーセズが安心させるように微笑んでみせた。
「大丈夫ですよ、ユウ様には団長がいつも傍にいますから」
「そう、ですね」
ほっと安堵したようにユウも微笑する。
その二人からさりげなく視線を外してアルフィードがリンクスに目くばせしてきたので、こくりと小さく頷いてみせた。
アルフィードから預かっている魔石は出回っているものより、かなり大きい。
見られたら、間違いなく目をつけられる。
(絶対に取られないようにしなきゃ)
きゅっと服の陰でリンクスは両手を強く握りしめた。
アルフィードの両親の形見だ。
返す日まで、大事に預かっておかなければならない。
ふいにぐう、とユウの腹部が鳴った。
慌ててお腹に手をやるユウだが、もうそろそろ昼時なので当たり前だ。
「そろそろ昼食にしましょうか」
「はい!」
返事をしたユウが、リンクスにそれじゃあ後でと手を振る。
「いってらっしゃい」
「悪いな」
「何が?」
アルフィードが申し訳なさそうに眉を下げたが、リンクスは素知らぬ振りで流した。
何を言っているかわからないというように、にこりと笑みを浮かべる。
「……ちゃんと食べろよ」
他にも何か言いたそうな雰囲気だったけれど、結局一言残してアルフィードはテーセズとユウを促して歩き出した。
基本的にユウは食事を国王としている。
アルフィードはユウの希望で同席しているが、リンクスは許されてはいない。
だから、初日にアルフィードと朝食を取って以来リンクスは一人で食事をしている。
ティルクルがときおり食事に誘ってはくれるが、彼も暇ではないのでやはり基本は一人きりだ。
自分が闇魔法でなければなとも思ったが、そもそもそれだったら王城に呼ばれてはいない。
慣れない部屋での慣れない食事は、あまり食べる気持ちになれない。
一人なのも味気がないと思ってしまう。
「そういえば、今までそんなこと考えたことなかったな」
ぽつりとこぼす。
基本は確かに一人で食事していたけれど、もともと日中の食事はおろそかな生活だったし夜は一人で食事する日の方が少なかった。
アルフィードがリンクスを心配してよく一緒に食事をと訪ねてきてくれていたから。
結構な頻度で手土産を片手に、仕事が定時で終わった日や休日を共に過ごしていた。
「甘いもの食べないくせに、ケーキとかチョコとかよく買ってきてくれてたっけ」
食が細いリンクスに少しでもカロリーを取らせて、太らせようと画策していた。
自分はお酒だって飲めるくせに、リンクスの体にはよくないからと手土産にしたことがないくらいリンクスを優先してくれていた。
「ほんと、甘やかされてたんだなあ」
だから、きっと今物足りないのだろうなとリンクスは思う。
アルフィードがユウに掛かり切りになり、寂しいと思う時間が増えた。
ずっと一緒にいた、大切な幼馴染。
きっと知らないところでまだまだいっぱい甘やかされていたのだろうと思う。
「一緒にいられないのは、ちょっとやだな……」
どうしてそこまで寂しいのかはわからなかったけれど、それが掛け値なしのリンクスの本音だった。
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