第21話 言葉でセッションって何?

「セッションって、どういう意味?」

 雫が、大見得を切るように言い放った凛の言葉に疑問を投げかけた。

 結芽が雫に顔を向ける。

「インポッシブルなやつ」

「それはミッション! 私が言ったのはセッション!」

 いつもの凛の突っ込みだ。

 結芽が無表情のまま、両手をバタバタと素早く動かす。

「アゲアゲ」

「それはテンション!」

「タワー、」

「マンション!」

「くしゃみが、」

「ハクション!」

「立ったままする、」

「立ちショ……言わせないの!」

 雫が首をかしげて凛を見つめた。

「じゃあ、どういう意味?」

「バンドとかがよく言ってるじゃん、セッションだーって! めっちゃ盛り上がるってことだよ!」

 雫と凛が、同時に麗華に視線を向ける。

 このメンバーの中で、一番頭が良いのはおそらく麗華なのだ。

 だが、即答するかに思われた麗華は、カバンからサッと分厚い書物を取り出した。

 いや、分厚いと言うより、大きいと言った方が正解かもしれない。

「でかっ!」

 思わず凛が声を上げた。

「先輩! まさかあれって、マジックバッグ!?」

 姫奈と英樹は顔を見合わせている。

 マジックバッグは、ファンタジーアニメによく登場する魔法の道具だ。物理法則を無視して、その外見からは想像もつかないほど大きな物を出し入れすることができるカバンのことである。俗に“四次元○○”などと呼ばれているものと同様の機能を持つ。

「そうじゃなかったら諏訪くん! あの本は……」

「グリモワール!?」

 二人の声が綺麗に揃った。

 グリモワールは、中世ヨーロッパで実際に存在した「魔術書」のことだ。だがアニメや小説に登場する場合、魔力が宿っているなどして、キャラクターより大きな書物がポケットに収まっていたりする。

「グリム童話」

 そう言った結芽に、姫奈と英樹が同時に叫んだ。

「グリモワール!」

 だが、その巨大な本を軽々と手にしながら、麗華が言う。

「そんな怪しげな書物ではありませんわ。これは、この世の全てのことが載っていると言われている事典です。わたくし、子供の頃から愛用していますの」

 麗華以外の全員は、心のなかで首を横に振っていた。

 いやいや、この世の全てが載ってるって、絶対に怪しいから!

 しかもデカすぎる!

 雫がポカンとしてつぶやくように言う。

「麗華ちゃんって、力持ちなんだね」

 その言葉に、ニコリと上品な笑顔を返す麗華。

「確かにセッションは、日常でもよく使う言葉ですが、物事は曖昧ではいけません。この場合はどの意味が正しいのか、正確に調べてみましょう」

 そう言うと、パラパラとその本をめくり始めた。

 硬そうな表紙に丁寧な装丁。だが、年季の入った百科事典のように少し古びている。

「ありました」

 ページをめくる手を止めた麗華に、一同が注目する。

「学会などでの発表単位。例えば、午前のセッションは○○の研究、などと使われる」「へ?」

 雫がおかしな声を漏らした。

「これではありませんね……カウンセリングやセラピーの一回分。週に1回のセッション、のように用いる」

「へにゃ?」

 凛も謎の声を漏らした。

「今回には当てはまりませんわ……他には、スポーツの練習やトレーニングの一回分を指すこともある。広くは、集会、会合を意味する」

 その場の全員が、いったい何を聞かされているのか? という疑問だらけの表情になっている。

 その時雫が、ハッとして凛に笑顔を向けた。

「ステージで集会することだ!」

「うーん、ちょっと違うような気がするなぁ」

「じゃあ会合?」

 そこに、英樹が割り込んだ。

「ちょっと待ってくださいよ、さっき高千穂さん、バンドみたいにって言いましたよね? ということは、音楽用語か何かじゃないんですか?」

「音楽ですか……」

 そう言うと麗華が、再びページをめくった。

「ジャズやロックなどにおいて、ミュージシャン同士が集まって演奏すること。特に即興演奏“ジャムセッション”を指すことが多い」

 麗華がパタンと大きな事典を閉じた。

「やはりこれですわね」

「それだーっ!」

 凛がうなづきながら笑顔で叫んだ。

 だが、再び雫が首をかしげる。

「でも、それって音楽用語なんでしょ? 言葉でセッションって?」

「だから、朗読するのに私はギター、麗華はドラム、結芽はベース、そして雫がボーカルってことよ!」

 一層首をかしげる雫だったが、他の面々は一定の納得を得られたようだ。

「なるほど。なかなか良い例えかもしれませんわ」

 ゆっくりとうなづく麗華。

「キクラゲはリコーダー」

 結芽はそう言いながら胸ポケットのぬいぐるみの頭をコスコスしている。

 姫奈と英樹も、なんとなく理解できたような表情だ。

 そんな皆を見回し、凛が宣言する。

「じゃあ、何を朗読するかとかの会議をしよう!」

「おーっ!」

 思わず右腕を突き上げてしまう雫。

 その隣では、結芽がぬいぐるみをポケットから取り出し、雫同様上に掲げている。

 だが、凛が少し寂しそうな顔を見せた。

「でもね、残念なお知らせがひとつ! もう寿司のタダ券はないのだーっ!」

「ええーっ!? じゃあどこで会議するの?」

 凛が、アニ研顧問の静香に顔を向ける。

「いやいや、もうすぐ“完全下校時間”だから、学校じゃダメよ!」

 そんなぁ、と言いたげな表情を静香に向ける一同。

「じゃあさ」

 雫がちょっと自信無さげに皆を見渡した。

「誰かのおうちで会議するっていうのはどうかな? 例えば、私のうちでもいいよ」

「ちょっと待った!」

 雫の提案に、凛が待ったをかけた。

「雫の妹ちゃん、受験生じゃん。私たちが押しかけていつものようにワイワイしたら、可愛そうじゃない?」

「あ、そうだった」

 てへぺろと、舌を小さく出す雫。

 凛がニヤリと笑い胸を張る。

「うちでもいいよ!」

 だが今度は、雫が凛に待ったをかけた。

「凛ちゃんの家族、みんな凛ちゃんみたいに元気いっぱいだからなぁ」

「だから?」

「騒がしくて会議とかできないかも」

「言えてるかも」

 今度は凛が、ペロッと舌を出して肩をすくめた。

 そんな会話を、何かを考えながら見ていた麗華が、ポツリと言う。

「それなら……わたくしの家に来られても構いませんわ」

 雫が心配げな顔になる。

「いきなり押しかけて、麗華ちゃんの家族、大丈夫?」

 その疑問に、ニッコリと笑顔で答える麗華。

「実は、家族はいませんの。だから大丈夫です」

 凛がパッと明るい顔になる。

「チャーンス! 家族が留守なら、そこは我らの会議室である!」

「キクラゲもそう言ってる」

 だが、麗華は笑顔を深めると言った。

「わたくし、一人暮らしなんです」

 凛の笑顔が、スッと真剣なものに変わる。

「高校一年生で一人暮らし……何かわけでもあるの!?」

 一斉に麗華に注目する一同。

「まぁ、いろいろありまして」

 何か深い事情があるのか?

 その理由を聞いてもいいものか?

 突然、静けさに包まれた雫たちであった。

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