第14話 声優部を調べよう!

「アニ研の中に声優部を作らない?」

 アニ研部長、姫奈の言葉に、雫たち四人は顔を見合わせた。

 凛が悔しげに言う。

「それ、全く思いつかなかった!」

 雫は、虚を衝かれたようにあっけにとられている。

 麗華はなぜか満足気にうんうんとうなづいた。

「とても良いアイデアですわ。わたくしも賛成です」

 結芽は相変わらずボソリと言う。

「アルカリ性の反対」

 そんな結芽に、雫が不思議そうな顔を向けた。

「それって、もしかして賛成ってこと?」

「うん」

 だが、うなづいた結芽に、麗華が真顔を向けた。

「あら結芽さん、水溶液の性質を示すpHスケールにおいて酸性はpHが7より小さい液体、アルカリ性は7より大きいもののことを言います。一概に『反対』と表現するのは少し雑だと思われますわ」

「雑でいいの。キクラゲ雑食だから」

 凛の目が驚きに丸くなる。

「ええーっ!? そいつ何でも食うの!? トカゲなのに!?」

 トカゲの食性は種類によって異なるが、多くの場合、雑食性または肉食性だ。

 小型のものは、コオロギやハエ、クモなど小型の昆虫を食べる肉食性。

 グリーンイグアナの若い個体などの中型は、昆虫、果物、花などの雑食性。

 そして成長したグリーンイグアナなどの大型種は、葉、花、果実など、動物性たんぱくをほとんど摂らない草食性である。つまり一般的に多くのトカゲは、若い頃は肉食だが、成長すると雑食、そして草食に近づくことが多い、と言えるかもしれない。

 凛の問いに、結芽が首を横に振る。

「ううん、おいしいものだけ。と、キクラゲが言ってる」

「言えてる! 私もそうだもん!」

 と言い、ケラケラと笑う凛。

 呆れたように大きくため息をつくと、姫奈が四人を見渡した。

「それでどうなの? アニ研内に声優部を作るって私のアイデア、いいと思う?」

 思わず顔を見合わせる雫たち四人。

 凛のうながすような視線を受け、雫が意を決したように姫奈に告げた。

「いいと思います……と言うか、ぜひそうさせてください!」

「よろしくお願いします!」

 四人の声がキレイに揃った。

 そんな四人に、英樹が笑顔を向ける。実に爽やかな笑顔だ。姫奈からいつも「諏訪くんはしゃべらなければイケメンなのにね」と言われている、そんな笑顔である。

「そうと決まれば、昔この学校にあった声優部について、もっと調べなくちゃね」

 彼の言う通りだ。

 過去に声優部が存在していたのなら、その活動が雫たちの今後のお手本になるに違いない。

 麗華が優雅な口調で英樹に問いかける。

「それで、あなた……ええと、お名前は?」

「す、しゅわどぅえす!」

 盛大に噛んでしまった。

 オタク男子は、麗華のようなとびきりのお嬢様との会話は苦手なのだ。

 そんな英樹の様子に、凛がふたたびケラケラと笑う。

「しゅわどぅえすって、ドSのシュワルツェネッガーかよ!」

「そうですわね。アーノルド・シュワルツェネッガーさんは、確かにドMよりドSがお似合いですわね」

 真顔でそう言った麗華に、雫が首をかしげて聞く。

「それってなぁに?」

「それはどちらへの質問ですか? アーノルド・シュワルツェネッガーさん? それともドMとドSのことでしょうか?」

「えーと、両方」

 そんな会話を聞いていた結芽がボソリと言う。

「アーノルド坊や」

 麗華が結芽に優しい笑顔向けた。

「結芽さん、シュワルツェネッガーは、そのアーノルドではありませんわ」

 その時、アニ研部室に凛の元気いっぱいの大声が響いた。

「冗談は顔だけにしろよ!」

 再び雫が首をかしげる。

「凛ちゃん、顔が冗談ってどういうこと?」

「それはだね!」

 得意満面で説明し始める凛。

「1980年代のアメリカのコメディドラマ『アーノルド坊やは人気者』での名ゼリフだよ!」

 凛によるとこうである。

 80年代に日本でも大人気となったアメリカのシットコム『アーノルド坊やは人気者』原題『Diff’rent Strokes』で、主人公の少年・アーノルド坊やが毎回最後に言う決め台詞が『冗談は顔だけにしろよ!』なのだと言う。

 しかも、原版の英語でのセリフは『Whatchu talkin' 'bout, Willis?』であり、彼の兄へ向けた『何やってるんだよ? ウィリス!』であるのに、アーノルド役の堀絢子さんによる日本語吹き替え版では『冗談は顔だけにしろよ!』になっている。後にネットミームにもなったこの名言こそ、原版とは違う日本語吹き替え脚本の名作とも言われているのだ。

 雫の目に尊敬の色が宿る。

「すごーい! 凛ちゃん、声優さんの吹き替えに興味があるって言ってたけど、本当に詳しいんだ!」

「好きだからね! 私、洋画は吹き替えでしか見ない派だから!」

 一同が、分かる〜とうなづいていると、姫奈がその会話に割り込んだ。

「アーノルドもドSもいいから、こっちは諏訪英樹! しゅわじゃなくて諏訪!」

 再び結芽がボソリと言う。

「すわ一大事」

「結芽さん、その『すわ』は古典的な感嘆符で、突然の重大な事態に直面した際の驚きや緊急性を表わす言葉ですわ」

「すわ英樹」

「そりゃ、一大事だ!」

 そしてケラケラと笑う凛。

 もう一度姫奈の叫びが部室に響き渡る。

「もう諏訪くんのことはどうでもいいから!」

「どうでもいいって……」

 少ししょげる英樹。

「昔の声優部について、どうやって調べるのよ!?」

 ああそういうことか、と顔を上げると英樹は手にしていた古い部誌を指差した。

 そこに記されていたのは――

「これ、当時の声優部の部員の名前だと思う。この名前から、何か分かるんじゃないかな?」

 青山ひかり。

 田中美紀。

 久慈沢菜央。

 棚倉愛理。

「ねぇみんな」

 凛がパッと部誌から顔を上げた。

「この名前に見覚え、聞き覚えのある人!」

 一瞬の静寂に包まれる部室。

 そして、雫がゆっくりとその手を挙げた。

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