#4

 山中の草庵に人の気配があった。山から帰った夫が言う。

 山深い場所にずいぶん以前から草庵はあったが、人の住む様子はなく長らく廃墟だったが、中に人のいる様子がしたという。

 隠遁者だろうが、この時世なのでなんとなく不気味である。

 いや、むしろ付け火の続く街から逃げ出してきたのかもしれない。

 とはいえ、一介の民がそんな身軽に居を移すことは難しい。生きていくには、生活せねばならないから。まり達夫婦もそれなりの準備を整えてから、都の家を閉めて里山に移ってきたのだ。

 世捨てならいっそ寺に入るだろうし。

 身分のある人が、人目を避けて身を窶すのに、山中の庵はむしろちょうどいい。

 そんなことを考えていると、宮様のことが浮かぶ。

 宮様は民草のことをお気に掛けてくださるが、政治まつりごとにおける争いにはうんざりされていた。

 御所に出入りしていた際、読書中毒のまりを宮様は面白がって、本をお貸しくださったり、感想を交換するといった、畏れ多くも稀なご縁に恵まれていた。

 その中で、鴨長明の随筆の感想を述べ合った折に、宮様は何もかも捨てて山中で静かに暮らしたいと仰っていたのだ。捨てるわけにはいかないが、とお寂しそうに微笑んで。

 まだ少女だったまりには、煌びやかな世界を捨てて、何もない山中に暮らしたいというそのお気持ちは理解できなかった。いや実際山中に暮らすようになった今だって、夫の道楽に渋々付き合ってやっているという思いである。

 よもやあの草庵に宮様が……。

 そんなはずあるまいと思いながらも、お近くに宮様がいらっしゃるかもしれないと思うと、年甲斐もなくまりの胸の鼓動は少し早くなるようだった。

「どのような者が住んでいるのか分からんからな。お前達はあそこに近付かないように」

 夫がまりとかぐに声を掛ける。

 おれも様子を伺っておくから、と言って夫はまだ咳も退かぬのに連日山へ入っていく。

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