#2

 娘が街へ発ってしばらく経つが、相変わらず不審火は収まらぬらしい。米不足も続いている。

 先日の里帰りの際に米や野菜を持たせたが、充分だったろうか。ひもじい思いはしていないだろうか。なんだかんだ気の優しい子だから、近所の年寄りに食い物を配って、自分の食い扶持がなくなっていやしないか。野次馬根性のある子だから、物見で火事に巻き込まれやしないか。ああ、火事が収まるまでここにいるよう引き留めておけばよかった。

 ヤキモキしていると、「もう子供じゃないんだから心配しすぎだ」なんて夫が言う。あの子の暢気のんきは夫譲りだわ。

 今度夫が都まで竹細工を行商しにいく時に、ついでに娘の様子も見てきてもらおう。

 予定より早めに出発したのは、やはり夫も娘のことを心配しているのだろう。

 しかし、都から帰ってきた夫の報告はいまいちよく分からない。

「いま都では、猫も杓子も皆踊っている」と言う。

 はあ?

 一向一揆よろしく、踊って神仏に祈りを捧げるということらしいが、この人の言うことも眉唾である。

 大袈裟に溜息してみせると、かかかと大笑いして、そのままげほげほせ込む。


 踊りといえば、娘時分に拝見した、宮様の青海波の舞は素晴らしかった。未だ思い出すだにうっとりする。

 まだ十代の娘だったまりは仕事で御所に出入りする縁で、たまたま生垣の間から舞台を覗き見ることができると耳にし、上手いこと野次馬することができたのだった。

 満月の夜、雅楽の音色が夜気に吸い込まれていく幽玄の世界、篝火に照らされる舞台の上で装束をつけて舞う宮様は、この世のものとは思えぬ美しさであった。妖しいほどのお姿は、夢か現かと境界が曖昧になるような不思議な心地がした。

 当時市中では流行病で多くの人が亡くなった。その収束を祈願して宮様が御自ら神前で舞われたのである。

 なれば、今も宮様は御所で市中の平和を祈って舞われているかもしれぬ。であれば、この騒動もじきに落ち着くであろう。

 比して夫は、かつて孔雀面で力強く舞っていた面影はどこへやら。丈夫が取り得の人なのに、街から帰ってきてから変な咳をしてる。齢ねえ。火事が多いと空気も悪いのかもしれない。新鮮な空気だけが取り得のこの山中の茅屋で安静にしていればじき治まるでしょうよ。

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