0906-4 やんちゃな連中
思わず声のしたほうを見る。車二台分の幅の道だったから、彼らの姿はすぐ見えた。俺たちが向かっていく方向。斜め前。若い男性と女性が二人ずつ、背の低い車に寄りかかったり、股を開いてしゃがんだりしている。見るからにやんちゃな格好で、ピアスを下唇やら鼻やらへそやらにばちばちに着けていた。ダグラスさんを指さし、嘲笑を続ける。
「マジで無い。引くわー」
「笑えねぇくらいキモいな」
「どういう気分で着てんだろ。ウケる」
ダグラスさんがちらりと俺を見て、小さく言った。
「気にするもんじゃないっす。さっさと行きましょう」
「……はい」
大人だ、と思った。当然なのかもしれないけどさ。ダグラスさんの声と表情は傷ついた様子もなく、至極淡々としていた。そのまま、何事もなかったかのように俺の前を行き、連中とすれ違う。ああ、耳が目や口のように開閉式だったら良かったのに。そうすればあのざらざらしたくすくす笑いを聞かずに済むのだが。せめて目だけはそいつらでこれ以上汚れないよう、ダグラスさんの尻尾を見ていた。ゆらゆらと揺れる犬の尾。
「あっ、っべー!」
白々しい声を聞いて、思わず振り向く。と、男が腕を振り下ろしたところだった。宙を真っ直ぐに飛んでくるのはレンガだ。殺意はないけれど、へばりつくような悪意の塊が、回転しながらダグラスさんの側頭部に向かっていく。真後ろからではないけれど、でもはっきり見える位置ではないし、反応できる速度でもない。俺はもはや声も出せない。
当たるっ! と確信したその瞬間、俺は目を疑った。
ダグラスさんがするりと片手をあげて、振り返りもしないでレンガをキャッチしたのだ。
「手が滑っ――た、あ?」
直撃を確信していた男が戸惑った声を上げた。正直、俺も同じ気持ちだった。あのタイミングで手を上げて間に合うんだ、とか、声が先だったから投げられたことには気付けたとしても何も見ないで受け止められるものなのか、とか、いろいろな疑問がいっぺんに浮かんだ。
が、尋ねる隙はなさそうだった。
「そっかー、キャッチボールしたかったんだー」
わざとらしい声でそう言って、ダグラスさんはスクーターのスタンドを立てた。振り返ると、笑顔。ダグラスさんの口元はにっこりと笑っていた。口元だけは。
俺の背中がぞくりと粟立った。この感覚には覚えがある――そう、そうだ、チェスターさんに初めて会ったときと同じ感じ。絶対にこの人を敵に回してはいけない、と本能が警鐘を鳴らしている。
ダグラスさんが腕を軽く振りかぶり、鋭い風切り音が鳴った。
弾丸のように射出されたレンガがどこかに激突して破壊的な音を立てた。振り返ると、先に投げてきた相手らしい男がへなへなと座り込むところだった。その背後の壁にひびが入っている。レンガの姿はない。まさか、砕け散ったのだろうか……?
「あ、ごめーん。俺コントロール悪くってさー。ちゃんと返せなかったわー」
白々しく言いながら、ダグラスさんが一歩前に出た。
引きつった悲鳴を上げて、連中が車に乗り込む。いや、乗り込もうとした。
瞬きの間に俺が聞いたのは二つの音。ダンッ、ダンッと立て続けに響いた鈍重な音。それらが、ダグラスさんが地面を蹴った音と、自動車の屋根に着地した音だったということにはあとから気が付いた。
連中の車までざっと五メートル。それを、連中が車の扉を開けるより先に、一足で跳び越えてみせるなんて。
彼らはすっかり怯えきって、まともに立っているヤツは一人としていなかった。座り込んでいるか、へっぴり腰で後退っているか、どちらかだ。
ダグラスさんは自動車の上にどっかと座り、彼らを見下ろした。フードが外れていて、俺は初めて彼の顔を正面から見る。どちらかというと面長で、長方形に近い顔。精悍な、という形容がよく似合う。これまでは着ぐるみのせいで目元と口元しか見られなかったから気が付かなかったけれど、彼もまたモデルでやっていけそうな顔立ちだった。さっき会ったアルタイルさんを王子様系爽やかイケメンとしたら、ダグラスさんは堅物職人系ハンサムといったところ。無造作に伸ばした黒髪をこれまた無造作に縛ってあるところなど、自然な貫禄を感じさせる。
優しげな黒い瞳の奥に、重圧。
「知らないようだから教えといてやるよ。この町で無駄な喧嘩はしないほうがいい。俺らはまだマシなほうなんだぜ。悪いことは言わないから、大人しく観光だけして帰んな」
じゃ、と彼は車から飛び降りた。フードを被り直しながらこちらに戻ってくる。
連中の自動車の屋根、彼の立っていた辺りがわずかにへこんでいるように見えたが、まぁきっと目の錯覚だろう。何にせよ、ちょっとへこむくらいがちょうどいいに違いない、自動車も連中も。
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